うつ病(うつびょう、鬱病、欝病)とは ・気分障害の一種であり、抑うつ気分、精神活動の低下など(後述)を特徴とする精神疾患である。 ・生涯において一度は大うつ病(重症のうつ病、単極性うつ病)に罹患する割合は、全人口の7~15% 程度であるとされる。 ・男女差があり、女性の方が男性の2倍うつ病になりやすい。 ・その他の気分障害には、うつと躁の状態を反復する双極性障害(躁うつ病)があり、全人口の1~数% 程度に見られる。 ・うつの基本症状としては、 a. ネガティブな感情(不安、恐れ、孤独感、罪悪感、無価値感、敵意、イライラなど)が増える。 b. ポジティブな感情(歓び、幸福感、自信、関心、意欲、熱意など)が減る。 c. 行動の不活発、行動機能障害、記憶力・判断力低下が見られる。 d. 身体的症状(睡眠・食欲・便通などの異常、だるさ、痛み(頭痛、顔面痛、胸痛、腰痛など)が 現れる。
双極性・・・・躁とうつの両方の状態が見られるもの。 大うつ・・・・症状が客観的なもの(第三者が見てわかる)。 小うつ・・・・主観的なもの(本人は感じるが、第三者にはあまりわからない)。 (1)単極性うつ病(抑うつ性障害)の特徴 ◆定型うつ病(メランコリー型うつ病) ・昔から知られる典型的なうつ病。 ・精神運動障害(認知機能障害及び行動機能障害。すなわち、頭も体も動きが鈍り、円滑に働かない 状態)がみられる。 ・反応性が低下したり欠如したりし、無表情になる。 ・精神病性うつ病はこれに加えて、幻覚、妄想、昏迷などの精神症状を伴い、重傷度は高い。 ◆非定型うつ病 ・過眠、過食、体重増加など、メランコリー型とは異なった徴候を示す。 ・反応性はある程度保たれている。 ・双極性障害が潜んでいる可能性もある。 ◆季節性うつ病 ・ある季節にだけ鬱状態が見られる。 ◆ディスチミア(気分変調症) ・小うつが慢性的に続く。 ◆適応障害 ・環境的ストレスが原因で起きる小うつである。 (2)双極性障害(躁うつ病)の特徴 ◆双極性Ⅰ型障害 ・躁と大うつが見られる。 ◆双極性Ⅱ型障害 ・軽躁と大うつが見られる。 ◆気分循環性障害 ・軽躁と小うつのみが見られる。 うつ病を引き起こす原因 ◆遺伝的素因 ①セロトニン・トランスポーター(SERT)遺伝子 ・脳の神経軸索末端から放出されたセロトニンはセロトニン・トランスポーター(SERT)によって再取り 込みされるが、SERTを作る能力が遺伝的に低いグループがある。 ・この場合、一時的に多くのセロトニンが放出されると、シナプス間隙にセロトニンが残ったままに なり、セロトニン受容体の脱感作 → ダウン・レギュレーションが起こる。 (脱感作とは、受容体の感受性が低下するものであり、一過性である。) (ダウン・レギュレーションとは、受容体の数自体が減少するものであり、回復しにくい。) ②自己受容体の機能 ・セロトニンやノルアドレナリンが放出されると、それを受け取り、放出にブレーキをかける機能が ある。これは自己受容体(例:セロトニン1A自己受容体)と言われ、軸索の端末ではなく、細胞体 周囲の樹状突起に多く存在している。 ・この受容体の数が少ないと、伝達物質の放出にブレーキがかかりにくい。そして、受容体(例:セロ トニン2A)の脱感作 → ダウン・レギュレーションが起こる。 ◆過労やストレス <モノアミン受容体仮説> ①ストレスによって伝達物質(セロトニン、ノルアドレナリンなど)が多量に放出し続ける状態。 ↓ ②自己受容体(例:セロトニン1A自己受容体)の脱感作、ダウン・レギュレーションが起こり、伝達物質 の放出にブレーキがかからなくなる。 ↓ ③受容体(例:セロトニン2A受容体)の脱感作、ダウン・レギュレーションが起こる。 ↓ ④ストレスが減り、伝達物質が通常の放出量に戻った場合、受容体のダウン・レギュレーションが起きて いるために、うつ状態が発生する。 ↓ ⑤それでも信号を伝えようとするため伝達物質の放出量は増え、やがては枯渇し、うつ状態が激しくなる。 ↓ ⑥少ない伝達物質を受け取ろうと、受容体の増加が見られる(アップ・レギュレーション。自殺にまで追い 込まれた人はこの段階であることが多い)。 <神経細胞の萎縮> ・ストレスによって分泌され続ける副腎皮質ホルモンは神経新生を抑える。 (その他、神経新生にマイナスに働く要素は、睡眠不足や生活リズムの乱れ、栄養素の偏り、 運動不足など。) ・ストレスを受けると脳由来神経栄養因子(BDNF)遺伝子が抑制され、神経細胞の萎縮が生じる。 (抗うつ薬の継続的投与で神経新生が促進され、回復に向かう。例:前帯状皮質(前部帯状回:情動の 座である大脳辺縁系と、理性・判断の座である前頭。) ・うつ病患者では脳の部分的な萎縮や機能異常が起こっている。 ・ストレスに対する過敏性が高いと多くのストレスを受けてしまうことになる。あるストレッサーに対して ネガティブな回想をする割合が高いほど負のストレスを受ける。性格的には何かに縛られたり、囚われ たりしやすい人。 ◆日照不足や体内時計の狂い
・また、体内時計が狂うことも、うつ病の原因になる。 ◆ある種の栄養素の不足 ・セロトニンの原料であるトリプトファンの不足。 ・ω3系脂肪酸(DHA、EPA、αリノレン酸)の不足。 (これについては既に多くの実証データが集まっている。) ◆女性ホルモンの変動 ・女性は男性のおよそ2倍、うつになりやすいが、これは女性ホルモンの変動が大きな要因であり、逆に 男性ホルモンは抗うつ的な作用があると言われている。 ◆さまざまな薬剤 ・ステロイド、インターフェロン、レセルピン(シナプス小胞へのカテコールアミンやセロトニンの取り込み 抑制剤)、アルコール、覚醒剤、麻薬など。 ◆身体疾患 ・甲状腺機能異常、脳血管障害、パーキンソン病など、多くある。 ◆社会的孤立 うつ病の治療 ①まず原因を取り除くこと。 ・上述したような、過労やストレス、日照不足や体内時計の狂い、栄養不足などがあれば、まずそれを解決 することである。 ②焦らず、充分な休養を取ること(ただし、これは一般論であり、障害のタイプによってはこの限りでは ない)。 ③ω3系脂肪酸投与 ・EPA:DHA=2:1(1日に1000mg:500mg)を投与する。 ④ナイアシン投与 ・ナイアシン(ニコチン酸、旧名:ビタミンB3)を投与する。ナイアシンはトリプトファンから生合成される がうつ病の場合にはトリプトファン不足からナイアシン不足になっている可能性がある。海外ではうつ病の 治療によく用いられている。 ⑤薬物療法 <抗うつ薬について> ・軽症の場合は必ずしも必要ではない。環境やストレスを調整することの方が重要な場合も多い。 ・多くの人が期待しているほど簡単に効果が得られるものではない。薬剤の選択や組合せ、用量の決定 には試行錯誤が必要。 ・26歳~64歳では安全かつ効果が上がるが、それ以外の年齢層ではリスクが高まる。 (リスク:特に12歳以下では自殺の危険が増える) ・薬の効果は3~4日以降になる(自己受容体のダウン・レギュレーションや神経新生に時間がかかる) ⑥その他、電気けいれん療法、認知療法、行動療法、対人関係療法、運動療法など。 代表的な抗うつ薬 (あくまで参考;このようなもので改善されるほど脳は単純ではない) ◆SSRI(Selective Serotonin Reuptake Inhibitors、選択的セロトニン再取り込み阻害薬) ・セロトニン・トランスポーター(SERT)を選択的に阻害することで、樹状突起でのセロトニン濃度を上げ、 この領域に多く存在するセロトニン自己受容体のダウン・レギュレーションを起こす。 ・その結果、ブレーキが外され、セロトニンの放出が促進される。 ・日本では、フルボキサミン、パロキセチン、セルトラリンが承認済み。 ◆SNRI(Serotonin & Norepinephrine Reuptake Inhibitors、セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み 阻害薬) ・ノルアドレナリン・トランスポーター(NET)(ドーパミンの再取り込みも行っている)をも阻害する。SSRIの 次の世代の抗うつ薬と言われ、更にノルアドレナリンの再吸収を阻害することによって、興奮神経を刺激し、 やる気や気分を向上させる効果を発揮する。 ・日本ではミルナシプランとデュロキセチンが承認済み。 ◆三環系抗うつ薬 ・SERTおよびNETの阻害作用が強力であるが、副作用も強い。 ・第1世代の抗うつ薬といわれる。アミトリプチリン、イミプラミン、クロミプラミンなどがある。 ◆その他、四環系抗うつ薬、NaSSA、漢方薬などがある。 <関連リンク> ◆ストレスとは ◆必須脂肪酸 ◆副腎皮質ホルモン |