麻薬


麻薬成分は、ケシの実から採れる液に
 多く含まれるものである

・ケシ(学名:Papaver somniferum)は、ケシ科ケシ属に属す
 る一年草の植物である。
・麻薬成分を含むケシ類は、他にアツミゲシ(P.setigerum)、
 ハカマオニゲシ(P.bracteatum)などの同属他種、およびこれ
 らの交配種がある。
・花の色は紅、白、紫が基本色となる。
・まだ未熟な時期の果実の表面に浅い傷をつけると、そこから
 白色~淡紅色の乳液が滲出する。
・この液を集めて乾燥させたものがアヘン(阿片)である。現在
 では収穫したケシ果を溶媒に浸して麻薬成分を溶出・精製して
 作られることが多い。
・アヘンは英語ではopium、中国語でアーピエン(阿片)、これ
 が日本の発音で「アヘン」となった。

アヘンには多種類の薬効成分が含まれる
・アヘンに含まれる様々な薬効成分、すなわちアヘンアルカロイ
 ド(アルカロイドとは窒素原子を含み、塩基性を示す天然由来
 の有機化合物の総称)の含有量は、モルヒネが7~17%、ノス
 カピンが3~8%、コデインが0.7~2.5%、パパベリン0.5~3
 %などである。
・このうち、ノスカピン(noscapine)は、延髄の咳中枢を抑制
 することによって鎮咳作用を示す。
・コデイン( codeine;またはメチルモルヒネ)は、生体内でそ
 のおよそ10%がモルヒネに変換されるが、主作用は局所麻酔、
 鎮咳、下痢止めである。弱いながらも依存性(習慣性)を示す。
・パパベリン(papaverine)は、平滑筋を弛緩させるため、鎮痙
 薬として、例えば腹痛の緩和や血流の改善などに利用される。

麻薬の本体はモルヒネである
・アヘンに最も多く含まれる薬効成分はモルヒネであるが、これが麻薬の作用を現す本体である。
・モルヒネの少量投与(成人で5~10mg;皮下注射、経口投与)で選択的に痛覚の感受性を低下させ、あら
 ゆる疼痛に有効な鎮痛薬となる。
・投与量を増やすと、鎮静、催眠、抗不安、陶酔効果が現れ、更に大量(成人30mg以上)投与すると、昏睡
 と延髄の呼吸中枢の麻痺によって死に至る。
・乱用することによって強い精神的・肉体的依存性が生じ、日本においては「麻薬及び向精神薬取締法」に
 おいて麻薬に指定されている。

疼痛がある場合には精神依存は起こりにくい

・体のどこかに痛みがある場合には、多幸感を生み出すドーパミン神経が抑えられており、またμ受容体(後
 述する)の機能も低下しているため、麻薬による陶酔効果は得られないため、精神依存は起こりにくいと
 されている。
・医療に使われる剤形は錠剤、散剤、液剤、坐剤、注射剤などである。


モルヒネは偶然にも体内のオピオイド
 受容体に作用する天然物質である

・生体内には、β-エンドルフィンやエンケファリンなどの
 俗に言われる「脳内麻薬」が存在し、ストレス時などに
 放出されて、苦痛を緩和するメカニズムが備わってい
 る。
・これらが作用する受容体はオピオイド受容体(Opioid
 Receptor)と呼ばれる。オピオイドとはアヘン様物質
 (=モルヒネ様物質)のことである。
・オピオイド受容体は、脳や脊髄の神経細胞の細胞表面
 に存在するタンパク質でできた受容体であり、μ受容
 体(ミュー受容体:主にβエンドルフィンやエンケファ
 リンが作用する)、δ受容体(デルタ受容体:主にエン
 ケファリンが作用する、κ受容体(カッパー受容体:主
 にダイノルフィンが作用する)などが知られている。

モルヒネ
(5α,6α)-7,8-didehydro-4,5-epoxy-
17-methylmorphinan-3,6-diol
・μ受容体を介しての鎮痛作用は次のように説明される。すなわち、μ受容体は、侵害受容線維であるC線維や
 Aδ線維のシナプス末端部に存在し、リガンド(特定のレセプターに特異的に結合する物質)が結合する
 ことによって、cAMP の産生抑制、K+チャネルの開口促進、Ca+チャネルの開口抑制、疼痛伝達物質(サブ
 スタンスPなど)の放出抑制などによって鎮痛効果を現わす(痛みが伝わらなくなる)。
・μ受容体はさらに種類分けされており、μ1受容体は鎮痛や多幸感などに関与し、μ2受容体は呼吸抑制や掻痒
 感、鎮静、依存性形成などに関与すると言われている。


モルヒネの誘導体である
 ヘロインは「麻薬」の極み

・ヘロイン (heroin, diamorphine) は、塩酸
 モルヒネを無水酢酸で処理すると生成され
 る半合成麻薬である。
・どの薬物よりも強烈な快楽や多幸感、およ
 び肉体的・精神的に重度の依存症を引き
 起こし、投与を中断すると激しい禁断症状
 をもたらすようになる。
・従って、日本においては医療用途としても
 用いられていない。
・中毒時の症状は、薬物が切れると不安感、
 倦怠感、無気力、全身衰弱、振戦、道徳感
 情の低下、パニック発作などである。
・連用により、肉体的も蝕まれ、特に肺の感
 染症や心不全を引き起こしやすい。
・禁断症状(離脱症状)は、神経機能の全領
 域において発生するため、非常に過酷なも
 のになる(自律神経の嵐、全身の例え難い
 激痛、七転八倒して薬を求める)。
・各国において厳しく規制されている薬物で
 ある。


医療用の合成麻薬 ①
 鎮痛効果が高いフェンタニル

・フェンタニルは医療現場で鎮痛薬、あるい
 は麻酔・鎮痛薬として使われているオピオ
 イド鎮痛薬(麻薬性鎮痛薬)である。
・その鎮痛効果はモルヒネの100~200倍ほ
 どと言われている。
・注射液やパッチ薬がある。
・呼吸抑制も強く、臨床使用量でも多くの場
 合には呼吸補助を必要とする。



ヘロイン
(5α,6α)-7,8-didehydro-4,5-epoxy-
17-methylmorphinan-3,6-diol diacetate

フェンタニル(fentanyl)
医療用の合成麻薬 ②
 オキシコドン
・オキシコドンはアヘンに少量含まれる成分
 であるテバインから合成される。
・モルヒネに較べてμ2受容体との親和性が
 低く、呼吸抑制や掻痒感、依存性形成など
 が低く抑えられ、便秘や吐き気などの副作
 用も少ないとの期待があって利用されてい
 る。

医療用の合成麻薬 ③
 ナロキソン
・ナロキソンは麻薬拮抗薬として使われる。
 (麻薬によって呼吸困難などを起こしてい
 る場合にナロキソンを静脈注射することで、
 呼吸を回復させることができる。)

オキシコドン
(oxycodone)

ナロキソン
(naloxone)
・作用メカニズムは、μ受容体、δ受容体、κ受容体の全ての受容体に対して「拮抗的に結合する」といった
 表現で説明されている。


「脳内麻薬」のβエンドルフィンやエンケファリンは、
 モルヒネとは似ても似つかない構造のものである
・オピオイド受容体に作用する生体内物質であるβエンドルフィンはペプチドであり、次のような構造である。
 Tyr-Gly-Gly-Phe-Met-Thr-Ser-Glu-Lys-Ser-Gln-Thr-Pro-Leu-Val-Thr-Leu-Phe-Lys-Asn-Ala
 -Ile-Ile-Lys-Asn-Ala-Tyr-Lys-Lys-Gly-GluOH
・主に下垂体前葉や中葉にあるホルモン産生細胞によって、アミノ酸が241残基の長いペプチドであるプロオ
 ピオメラノコルチン(POMC)が作られ、それがストレス時などに切り出され、副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)
 とβエンドルフィンが1:1の割合で放出される。
・βエンドルフィンの鎮痛作用はモルヒネの6.5倍程度とされる。また、中脳腹側被蓋野から出ているA10神経
 のドーパミン遊離を促進させ、多幸感をもたらす。
・エンケファリンはアミノ酸5残基からなる短いペプチドで、次のような2種類がある。
  メチオニン-エンケファリン (Met-enkephalin) Tyr-Gly-Gly-Phe-Met
  ロイシン-エンケファリン (Leu-enkephalin) Tyr-Gly-Gly-Phe-Leu
・エンケファリンは脳内に広く分布するほか、消化管や副腎髄質にも存在するとされる。μ受容体やδ受容体に
 麻酔・鎮痛作用を示す。
・依存性は無いとされている。


<関連リンク>
痛みとは  鎮痛  鎮痛薬  コカイン  覚醒剤  MDMA

2012年6月作成  2024年1月最終更新   stnv基礎医学研究室・清水隆文