・私たちには「痛み」があるので、体の損傷や変調に気づくことができる。 ・痛みは、「生体の警告系」として重要な役割を果たす。 痛みを感じない疾患がある。 先天性無痛無汗症(4型;HSAN4)・・・全身の温痛覚消失、発汗の低下または消失 先天性無痛症(5型;HSAN5) ・・・・四肢優位の(温)痛覚の消失 痛覚の消失により骨折、脱臼に気づかず、Charcot 関節(神経病性関節症)や反復性脱臼(股関節、 肩関節など)を生じやすい。その他、口唇、舌、角膜、歯などの損傷に気づかない。 痛みを起こす刺激の種類 ①外因性の刺激 ・物理的侵害刺激・・・針で刺す、メスで切る、強くつまむ、強く引き伸ばす、静電気を浴びるなど。 神経線維そのものが切断された場合には、細胞外のNa+ が一気に流入し、痛み 信号となる。 ・化学的侵害刺激・・・刺激性化学物質(カプサイシン、強酸、強アルカリなど) ②内因性の刺激 ・内因性発痛物質・・・組織損傷、炎症によって放出あるいは産生される化学物質 K+(細胞内から流出)、5HT(セロトニン:血小板から放出)、ブラジキニン、 カリジン、H+、ヒスタミン、アセチルコ リン、ATPなど。 ・発痛増強物質・・・プロスタグランジン(E2やI2) ・神経線維の変形・・・血管を取り巻いたり内臓粘膜に貼り付いている神経線維が変形(収縮あるいは 伸長)することによって機械的刺激作動型Na+ チャネルが開く。
痛みの分類 -その1- ・「生理的な痛み」と「炎症性の痛み」に分けることができる。 ①「生理的な痛み」とは ・組織損傷やそれを引き起こす可能性のある侵害刺激によって侵害受容器が興奮して生じる痛み。 ・あるいは血管や臓器の拡張または収縮に伴って神経線維が変形することによって生じる痛み。 ②「炎症性の痛み」とは ・生理的な痛みではないが、侵害受容器を介した、侵害受容性疼痛である。 ・これは主に内因性の刺激によって生じる。 組織破壊の結果、炎症部位で産生される内因性発痛物質や発痛増強物質により引き起こされる。 ・絶え間なく自発痛が発生し、さらに侵害受容器の過敏化により痛覚過敏が生じる。 痛みの分類 -その2- 痛み─┬─ 侵害受容性疼痛 ─┬── 体性痛 ─┬── 表在痛 ├─ 神経因性疼痛 └─ 内臓痛 └─ 深部痛 └─ 心因性疼痛 各痛みの特徴 (1)侵害受容性疼痛 ・健常な組織が傷害を受けた場合、あるいは傷害を受けそうな強い侵害刺激が加わった場合に生じるもの であり、侵害受容器を介した痛みである。 ・侵害受容器とは、痛み刺激を受容する部分であり、構造的には「自由神経終末」と呼ばれ、生理的には、 機械的刺激に反応する「機械受容器」と、機械的刺激以外にも化学的刺激や熱刺激などにも反応する 「ポリモーダル受容器」に分類されているが、皮膚以外の部位では様々な発達段階の受容器が存在する ようである。 (1-1)体性痛 ・体性痛は表在痛と深部痛に分けることができる。 ①表在痛 ・皮膚や粘膜(外胚葉由来)に起こる痛みであり、外因性の刺激によって生じる。 速い痛み・・・・侵害受容器からAδ線維を通じて伝わる。 刺すような痛みで、鋭く、局在が明確である。 刺激を止めると直ちに消失する。 遅い痛み・・・・主にポリモーダル受容器からC線維を通じて伝わる。 灼けつくような痛みで、鈍く、局在がはっきりせず、刺激を止めた後も続く。 ②深部痛 ・骨膜、靱帯、関節包、腱、骨格筋、筋膜など(中胚葉由来)の痛み。 ・外因性あるいは内因性の刺激によって生じる。 ・速い痛みと遅い痛みの区別は明確ではなく、疼くような痛み。 ・骨の痛みというのは骨膜の痛みである(骨には侵害受容神経が分布していないため、骨に侵害刺激 が加わっても痛まない) ・腹膜、腸管膜、横隔膜の痛み、血管の痛みもここに分類される。これらの臓器は中胚葉由来であって、 内臓の周辺に存在するが、後述する内臓痛ではなくて、体性痛である。 (1-2)内臓痛 ・各種内臓器官(内胚葉由来)の痛み(例:胃潰瘍、十二指腸潰瘍、急性胃炎、慢性胃炎、胃癌、大腸癌、 胆嚢炎、尿管結石など) ・内臓からの侵害受容線維は、大部分がC線維である。 ・速い痛みと遅い痛みの区別や痛みの部位が明確でなく、締めつけられるような痛み、特有な不快感を 伴う痛みが多い。 ・痛む部位をさすったり(Aβ線維(触覚、圧覚)刺激)、他のことを考えること(心理的刺激)で軽快した りする修飾効果があれば内臓痛であると考えればよい。 ・内臓における痛覚受容器は非常にまばらにしか分布しておらず、肝臓実質や肺胞などはほとんど痛みを 感じないし、胃や腸は切られても焼かれても痛みを感じない。 ・しかし、臓器全体の痛覚受容器が広範囲に刺激された場合や、急激な収縮や伸展では重度の痛みを生じ る。 ・痛みの原因は、平滑筋の痙縮や中空臓器の膨満による虚血であり、虚血によって組織液の酸性化(H+ の増加)、K+の増加、発痛物質の発生・貯留が発生する。 ・内臓の粘膜に充血や炎症があるときには弱い機械刺激や、酸、アルカリの希釈溶液によっても痛みが 起こる。 ・内臓に異常があるとき、その反応が関連する神経を介して特定の体表面に知覚過敏や圧痛として現れる ことがあり(内臓-体性反射)、これは「関連痛」と呼ばれる。 ・悪心や冷感などの自律神経反射が誘発される。 (2)神経因性疼痛 ・末梢あるいは中枢神経系そのものの機能異常による病的な痛みである。 ・侵害受容器が侵害刺激を受けていないにもかかわらず、末梢神経あるいは痛みの伝導路ニューロンの興奮 が引き金となって生じる痛みである。 ・末梢性のものには神経線維自体の損傷や帯状疱疹後神経痛などが含まれ、中枢性のものには脊髄損傷、 脳卒中後痛、多発性硬化症(有髄神経の髄鞘が障害される)などが含まれる。 (3)心因性疼痛 ・体の異常によるものでなく、心理的な原因に由来する痛みである。 (一時的に体に異常が起こって痛みを感じたが、体はすぐに治った。しかし、その痛みの記憶が消えない 状態。原因は、ストレスなどによって、痛み記憶を消す回路に支障をきたしている。) 痛みの分類 -その3- 「急性痛」と「慢性痛」 ①「急性痛」とは ・4~6週間以内で治まる。 ・上記の体性痛や内臓痛は、一般的には急性痛である。 ・すなわち、急性痛は侵害受容性疼痛である。 ・生体警告系という重要な役割を演じる。 ・痛み刺激の解除や損傷の治癒とともに、痛みは解除される。 ・症状は、交感神経系の活動が優位となる。 心機能亢進(心拍数や心拍出量の増加)、血圧上昇、瞳孔散大、手掌発汗、過換気などがみられる。 急な痛み情報が脳に到達すると、脳は緊急事態だと判断し、交感神経系に指令を出す(緊急反応)。 ・組織損傷後や炎症時には痛覚過敏が生じる。 短期的(数分から数十分)に生じる過敏化機構である。 損傷あるいは炎症を起こした部位に浸潤した白血球(顆粒球、リンパ球、単球)、マクロファージ、 肥満細胞などから放出される炎症メディエーター(IL-1、IL-6、PGE2など)や、pH低下によって侵害 受容器が過敏化する。 炎症局所の温度上昇によってブラジキニンやヒスタミンに対する侵害受容器の反応性が増大する。 炎症が長引くと(数時間から数日)侵害受容器上にブラジキニンB1受容体が新生する。 ブラジキニンB2受容体発現量が増大してブラジキニン感受性が亢進する。 ・やがて慢性痛に移行することもある。 ②「慢性痛」とは ・4~6週間以上続く痛み。 ・急性痛とは症状が異なり、睡眠障害、神経過敏、食欲不振、便秘、イライラ、運動減退、抑うつ状態など、 自律神経失調の様相を示す。 ・慢性痛の多くは、生体警告系の役割を果たさずに、患者のQOLを著しく損なうだけのものなので、除痛が 重要である。 ・慢性痛には、「侵害受容性」疼痛の場合と、「神経因性」疼痛、「心因性」疼痛がある。 a.「侵害受容性」慢性疼痛の場合のメカニズム ・組織に酸素欠乏が起きると、ブラジキニンなどの発痛物質が生成され、それがポリモーダル受容 器に取り込まれ、痛みの電気信号が出続ける。 b.「神経因性疼痛」のメカニズム ・まず、自発性と誘発性に分類することができる。 ・前者は、末梢及び中枢神経系神経自体の損傷によって痛み信号が出続けるものであり、損傷を受 けた神経細胞からは、多種多様のサイトカインやケモカイン類が放出される。 ・後者は、外部からの刺激によって誘発されるもので、軽微な触圧覚や一般的な冷熱刺激といった 末梢自然刺激に対する明らかな異痛症や日常の疼痛刺激に対する過剰な反応である痛覚過敏が主 な症状である。 c.「心因性疼痛」のメカニズム ・中枢神経系に可塑的変化や心理学的機序による歪みによって痛みが発生する。 ・一般的には痛みの原因になる器質的疾患が見つからない場合、この痛みは心因性とされてきた。 ヒステリー、うつ病、分裂病、性格異常の部分症状であるとも考えられている。 ・より一般的には、同じ病状をもつ患者が本来経験するであろう痛みよりはるかに強い痛みがある 場合、心因性疼痛が考えられる。 天候と痛み ・慢性痛は、天候変化(気圧低下)により、増強する。 ・気圧が低下すると、交感神経が緊張し、副腎髄質からのアドレナリン分泌が亢進し、末梢血管(細動脈) が収縮、組織内の血行が低下(虚血)、酸素(O2)濃度が低下、組織のpHが低下(乳酸の蓄積など)し、 発痛物質の産生や蓄積によって痛みが増強すると考えられている。 <関連リンク> ◆鎮痛 ◆鎮痛薬 ◆神経線維 ◆捻挫 ◆脱臼 ◆骨折 |