がん細胞


強い放射線を照射し、多くの遺伝子変異を誘発してもがん化しない
しかし、人工環境で細胞培養すると簡単にがん化する

<遺伝子変異の場合>
・右の写真は、放射線によって人工的
 に遺伝子の突然変異を誘発する施設
 である放射線育種場の写真である。
 作物や園芸植物の品種改良および突
 然変異の研究が行われている。
・植物にも「がん」はあり、ある種の
 バクテリアやウイルスによってでき
 る「虫こぶ」はその典型例である。
・しかし、強い放射線を浴びせられて
 も「がん」で死んでいく個体は無い。
・死ぬ場合のほとんどは重要な遺伝子
 に損傷が起きたことによる代謝異常
 による死である。
・遺伝子変異と発がんの間には、かな
 りの隔たりのあることが判る。

独立行政法人 農業生物資源研究 放射線育種場
<細胞培養の場合>
・右の写真は植物であるタバコの培養細胞の例である。
 本来、がん化しにくいはずの植物細胞は、植物のホル
 モンであるオーキシンやサイトカイニンを適度に与え
 て人工培養すると、いとも簡単に無限増殖する不定形
 の細胞群(カルス;動物の分野ではこれは「がん」に
 相当する)が形成される。
・放射線で染色体異常を起こしてもがん化しなかった細
 胞が、人工環境では簡単にがん化する。
・培地中の植物ホルモン量を調節してやると、また元の
 植物体が生じてくる。

タバコの培養細胞
・脱分化した培養細胞は染色体異常を起こしやすいが、染色体異常を起こしたから脱分化したわけでは
 ない。
・年月が経過したがんに見られる染色体異常は、それが発がんの原因になったのではなくて、結果なの
 である。

「がん」は遺伝子の変異や異常で発生するのではない
過酷な環境に曝されたときに細胞が生き延びるための一手段である
いわば正常な反応なのである

・常識のようになってしまっている「がん」の
 発生メカニズムや、「がん」に対する解釈を
 改めないといけないであろう。
・無限とも思えるほどの生命現象の設計図が
 書かれている遺伝子が変異した場合、その
 DNAの部分が現在の活動にとって必須のも
 のであれば細胞は生存できずに死んでゆく。
 がん化とは関係ない。
・がんの発生率が高い臓器は外界の異物や
 毒物と接する機会の多い肺、胃や腸などの
 消化管、異物を処理する肝臓や、その廃液
 が流れる胆管系、そして過剰なホルモンや
 分泌物を浴びる生殖器官である。
・細胞ががん化するのは、そういった過酷な
 環境の中を生き延びるためである。
・過酷な環境とは、細胞の周りや細胞内が毒
 物で汚染されることの他にも、細胞自身の
 代謝産物や分泌物が周りに停滞したり、代
 謝の過程で排出した二酸化炭素(→炭酸)、
 乳酸(ケトン体)、リン酸、硫酸などの酸に
 よってpHが低下したり等がある。
・その他、周囲の細胞とのコミュニケーショ
 ンが健全に行われることも大きな原因とな
 る。
・細胞内外の環境が適切に保たれていれば
 細胞はがん化する必要はない。
・細胞内外の環境を改善しないままがん治療
 を行っても「がん」は治らない。細胞内外の
 環境が正常化すれば、末期がんでも自然退
 縮することがある。

細胞内外環境が悪くなり、通常細胞の状態では
生存が苦しくなってくると、細胞はがん化して生き
長らえようとする。
・下手な抗がん剤治療はがん細胞に更なる悪環境を与えることになり、転移を促進し、個体全体に激しい
 疼痛などの苦痛を与えることになる。
 (自然を破壊して人間にとって都合の良い環境に変える、鹿や猪を「害獣」と呼んで銃で射殺する、
 そういった思考パターンで現代の医療も出来上がっていることを知らなければならない。)


がんが発生する部位の血流は悪い
だから余計に細胞外環境が悪化する
・細胞外環境の悪化は血流不足、或いはリンパ
 の流れが停滞することによっても起こる。
・がんが発生している部位はもともと血流が悪
 いことが多い。だからこそ、その部位の細胞
 外環境は特に悪化している。
・人間に多くのストレスがかかっているときに
 発がんリスクが上がる理由は、ストレスによ
 って交感神経優位になって血管が収縮し、血
 流が悪くなるためであり、その状態が継続的
 に長期間続くと細胞外環境は急速に悪化する。
・血流が悪くなると酸素濃度も低下し、ミトコ
 ンドリアは酸素による呼吸ができなくなる。
 がん細胞中のミトコンドリアの数は少ない。
・がん細胞が解糖系の機能を高める必要があ
 るのはこのためでもあり、副産物として多く
 の乳酸が発生する。乳酸は組織のpH低下の
 原因となる。
・二酸化炭素の滞留も多くなることと相まって、
 がん細胞の周りのpHはさらに低下すること
 になる。
・多くの医薬品は概して交感神経を高ぶらせる。
 異物が入ってきたため、全身が戦闘モードに
 入る。


いよいよ苦しくなると、がん細胞のミトコンドリアは「フマル酸呼吸」をする
・酸素不足になったからといって、細胞にとって重要な細胞内小器官であるミトコンドリアを失うわけに
 はいかない。またミトコンドリアも何とか生き残ろうと努力する。その対策の一つが「フマル酸呼吸」
 である。
・この呼吸様式は、酸素のほとんど無い腸管内に生息する回虫などの寄生虫の細胞にあるミトコンドリア
 が採用している呼吸法である。
・「がん細胞は多くのグルコースを消費するため体のエネルギーを奪われる」などという話をよく耳に
 する。しかし、実際にはがん細胞はグルコースを節約するために「フマル酸呼吸」を行うのである。
・人間の細胞といえども、それまでの生物の長い歴史上では嫌気的な状況に追い込まれたこともあった
 であろう。それを乗り越えるときに獲得した遺伝子を、今も温存している。人間の至らなさによって
 生じた酸素不足状態を乗り越えるため、眠らせていたその遺伝子を復活させるのである。
・通常の好気呼吸では、細胞内に取り込まれたグルコースは、解糖系によってピルビン酸にまで代謝され
 る。ピルビン酸はミトコンドリア内に取り込まれ、クエン酸回路、および電子伝達系を経てATPの生成
 に用いられる。この時、電子伝達系の稼働のために酸素が使われる。
・一方、フマル酸呼吸は、グルコースをホスホエノールピルビン酸にするまでの解糖系は同じであるが、
 フマル酸呼吸では比較的高濃度に存在する二酸化炭素を用いて細胞質内でオキサロ酢酸を作る。そして、
 リンゴ酸にまで変換してからトコンドリア内に取り込み、そこでフマル酸に変換する。
・フマル酸は、電子伝達系における電子の最終受容体として酸素分子の代わりに働く。従って、酸素は不
 用となる。この過程でフマル酸はコハク酸に変換され、細胞外に排泄される。
・またミトコンドリア内に取り込まれたリンゴ酸の一部は、ピルビン酸に変換されるときに二酸化炭素を
 放出すると共にNADHを生成し、フマル酸と共に電子伝達系の駆動に使われる。生じたピルビン酸はアセ
 チルCoAの生成など、多用途に使われる。
・フマル酸呼吸の方法は、通常の好気呼吸に比べてエネルギー効率は悪いが、解糖系のみによる呼吸より
 も効率が良い。なによりも、ミトコンドリアが酸素不足の状態でも生き永らえることができる。そして、
 少ないながらもATPを細胞に供給することができる。
・フマル酸呼吸は、寄生虫やがん細胞以外には、ある種の二枚貝のミトコンドリアがフマル酸呼吸を利用
 しており、嫌気性の微生物にも同様の代謝経路が存在している。
・ヒトの細胞ががん化するとは、フマル酸呼吸のスイッチをオンにすることでもある。


(図:東京大学大学院医学系研究科の北潔教授の作図による)

細胞外環境が悪化すると、細胞内も汚れる
がん化することでオートファジー機能を高める
・細胞がルーチンワークを犠牲にしてまでがん化したからには、最も大きな問題点の解消からスタートする。
・がん化する直前の細胞の細胞内には、不用なタンパク質、異常なタンパク質、機能低下したミトコンドリ
 ア、或いは外部から潜り込んだ細菌やウイルスなどがあふれている。これらをオートファジー(Autophagy)
 という仕組みによって処理する。
・オートファジーとは細胞内に生じた不要物(主にタンパク質)を分解して再利用する仕組みであり、この
 働きを極限まで高めるためには、がん化する必要がある。
・一般細胞ががん細胞に変化する意味は、所属している臓器の定例活動を手放すことであり、生き延びること
 を最優先するためである。
 これがすなわち「がん化」である。
・細胞外環境が悪化すると、細胞は健全な活動が継続できなくなり、オートファジー機能も低下して細胞内に
 不用なタンパク質が蓄積する。
・これは、代謝に必要な栄養素や酵素が不足しても同様のことが起こる。


がん細胞は毒物や薬物を排出する能力が高い
がん化することで細胞内の浄化能力を上げる

・がん細胞は毒物や薬物を細胞外
 に排出する能力も高い。
 (一般細胞に較べて抗がん剤が
 効きにくい)
・がん細胞内には毒物や薬物など
 の化学物質を抱合して(結合して)
 細胞外に排出する役割を果たし
 ているグルタチオンというトリペ
 プチド(グルタミン酸、システイ
 ン、グリシンからなる)の濃度が
 高い。
・薬物や毒物を抱合したグルタチ
 オン(=グルタチオン抱合物)
 は細胞膜にある専用のポンプ
 (多剤耐性タンパク質;薬物排
 出ポンプとも呼ばれる)によって
 細胞外に排出され、やがて薬物
 や毒物は切り離されて胆汁中や
 尿中に排泄される。


グルタチオン
 ・また、グルタチオンは自らのチオール基を用いて過酸化物や活性酸素種を還元して消去する役割もある。
(ちなみに、細胞内でグルタチオン合成に関わる酵素であるグルタチオン転移酵素はがんのマーカーとして
 利用されている。)


がん細胞は他の細胞の協力によって成り立っている
・がん細胞の周りには一般的に
 「がんニッチ」と呼ばれる一般
 細胞による隔壁のようなものが
 生じる。これによって、がん細
 胞は守られながら増殖する。
・がんニッチを構成する細胞は
 線維芽細胞や単球であること
 が確認されている。
・がんニッチの存在は、がん細
 胞の抗がん剤耐性を高める
 秘訣の一つになっている。
・それは、あたかも神経細胞が
 グリア細胞に栄養されるがご
 とく、がん細胞ががんニッチ
 に栄養される状態が作られる。
・抗がん剤が投与されると、多く
 のがん細胞が死滅するが、特に
 「がん幹細胞」と呼ばれるがん
 の元になる細胞は、がんニッチ
 に守られて生き残る。

 (図:九州大学医学部より引用)
・がん幹細胞は、抗がん剤が降り注ぐような環境になると活動を休止する。そのときの僅かな栄養素や代謝
 産物の交換は、がんニッチの細胞を通じて行われる。
・抗がん剤の多くは、細胞分裂に伴うDNA 複製や、そのときに活発になる代謝を標的にしているものが多い
 ため、細胞の活動が休止状態になると効かなくなる。やがて抗がん剤から解放されると、がん細胞は再び
 増殖を始める。
・この現象を見て、がんは恐ろしいものだと思うのではなくて、周囲の一般細胞にとっては期待の細胞だと
 いうことである。周囲の悪環境は、がん細胞が全力で浄化してくれるからである。環境を汚しているのは
 人間である。


「がん」発生時、私たちの免疫細胞はがん細胞の味方をする
レギュラトリーTリンパ球(制御性T細胞)はがんを取り囲んで守る

・細胞ががん化して生き長らえることが
 必要になった時、各免疫細胞は、がん
 細胞を守り、「がん」が成長しやすい
 ように振る舞う。
リンパ球の一種であるレギュラトリー
 Tリンパ球(レギュラトリーT細胞 ;
 制御性T細胞 ;Treg)はがん細胞の
 周りを取り囲み、たとえNK細胞(ナチ
 ュラルキラー細胞)が近寄ってきても
 攻撃させないようにし、また攻撃しな
 いように指令を出す。
・一般的にはがん患者の末梢血中のNK
 細胞の割合はかなり減少している。
 これは「がん」を増殖させるための生
 体の正常な反応である。
・もし、免疫細胞が「がん」を撃退しよ
 うとしているのならば、免疫力を上げ
 るために体温は上がる、すなわち熱が
 出るはずであるが、「がん」が発生し
 ても一般的には熱は出ない。
・微細な「がん」の検出とそれに続く
 「がん」の告知は過大なストレッサー
 となり、リンパ球の数を更に減らすこ
 とになり、免疫力は更に低下する。

がん細胞(中央)と、それに接着する4個のTリンパ球
(biosingularity.comより引用)
 ・「がん」を発生させたくないのならば、細胞内外の環境を適正化することである。

卵巣がんがケモカインCCL22を放出するとレギュラトリーTリンパ球(CD4 + CD25 +)は
それにつられて集まり、他のリンパ球の攻撃から「がん」を守る。


がん細胞の小胞体からは、頻繁な「Ca2+スパイク」、が出されている
 がん細胞は活発に活動するために、多くのカルシウムを要求する
だから、全身の一般細胞は自分のカルシウムをがん細胞に捧げる
・細胞は様々な活動のスイッチング(活動の制
 御)にカルシウムイオンを使っている。
・小胞体から細胞質へのカルシウムの出入りは
 たいへん小刻みであり、これは「Ca2+スパイ
 ク」、及びその連続したものは「Ca2+振動」
 と呼ばれている。
・「Ca2+振動」の周期は、細胞外からの刺激の
 種類や程度によって変化し、これはデジタル
 信号として特定の活動命令を安定して伝える
 手段になっている。
・がん細胞は、細胞分裂や物質生産などをはじ
 めとした様々な活動を短時間で行っている。
 そのために、活動内容を伝えるためのCa2+
 スパイクの頻度はかなり高い状態になってい
 る。すなわち、細胞質に流入しているカル
 シウムイオンの量は多くなっている

・がん細胞以外の一般細胞は、小胞体内に備蓄
 していたカルシウムを細胞質を介して細胞外
 に放出し、自らのカルシウム使用を抑えるよ
 うにする。
 (カルシウムは細胞が嫌う大変危険な元素で
 あり、一般細胞は生命の危機を感じて危険な
 カルシウムを手放す行動のようにも思える。
 一方、がん細胞はこれから活躍しないといけ
 ないため、大量のカルシウムの備蓄を開始す
 る。結果的に、一般細胞はがん細胞のために
 カルシウムを提供するというシステムができ
 あがっているように思える。)


がん細胞は胎児のように上皮小体ホルモン関連ペプチドを放出
・また、がん細胞は上皮小体ホルモン(パラソルモン;PTH)に似た上皮小体ホルモン関連ペプチド(PTH-
 related protein;PTHrP)を放出する。
・これによって破骨細胞は骨吸収を促進し、腎臓はカルシウムの再吸収を促進し、腸管はカルシウムの吸収
 を促進するため、結果として高カルシウム血症となる。
・PTHrPはPTHと違って胎生期の様々な組織で産生されていることが確認されており、胎児の発育に深く関
 わる物質であると考えられる。
 (PTHrPは、乳がんなどのがんに併発する高 カルシウム血症の原因因子として1987年に発見された。141
 個のアミノ酸からなるが、アミノ末端側の13残基中の6残基が上皮小体ホルモンと一致することと、その
 生理作用が上皮小体ホルモンと類似するために命名された。血中カルシウム上昇作用の他、胎盤を介しての
 胎児へのカルシウム輸送、母乳へのカルシウム輸送、胎児の骨形成(軟骨細胞増殖)などを促進するとさ
 れている。)
・パラソルモンと拮抗的に働くカルシトニンを投与すると、がん細胞の活動亢進につながる可能性あり。
・末期がんの場合、ベッドから起きあがって運動ができないため骨吸収はさらに加速される。
・そして大幅な高カルシウム血症が生じると、全身のあらゆる細胞が活動できなくなり、特に活動量の多い
 脳細胞は影響を受けやすく、やがて昏睡状態となり、次いで他の細胞も活動を停止する。
 (末期がんでは、敢えて病院で治療しなければ、このように眠るように静かに息を引き取ることになる。)


がん細胞のほうが抗がん剤に強い
一般的な抗がん剤によるダメージは一般細胞に大きい

・抗がん剤が投与された場合、がん細胞がそれにうち勝つ方法は多くある。
 ◇抗がん剤を細胞外に放り出す。
 ◇休眠型になって抗がん剤をなるべく取り込まない。
 ◇抗がん剤が関与する代謝系を自ら変更してしまう。
 ◇抗がん剤そのものを化学的に変化させてしまう。
 ◇DNAを壊されたならばそれを修復する能力を上げる。
 ◇アポトーシス(自滅)のシステムにスイッチが入らないように変更する。
 ◇がん細胞を集めた組織を作って内部のがん細胞にまで抗がん剤が届かないように血管などの循環系を
  制限する。
 ◇細胞分裂時に、その嬢細胞の染色体異常や遺伝子変異を積極的に誘発し、新規能力の獲得を目指す。
  など。
・多量の抗がん剤が継続的に投与されると、がん細胞は活動を抑制し、休眠状態に入り、抗がん剤が除かれ
 るとまた活動を始める。
・休眠状態のがん細胞は『がん幹細胞』と呼ばれることがある。
・休眠状態のがん細胞は抗がん剤にも放射線にも強い。(=DNAの複製を行わないため。)
・がん幹細胞は、やがて様々な変異を誘発しながら、いろいろなタイプのがん細胞に変身することがある。
・実際には、がん細胞はこれらのメカニズムの複数を駆使して種々の抗がん剤や毒物にうち勝つ。


がんはなぜ転移するのか?
 生物は意味の無い活動はしない
 がん細胞が移動するのはその場所に居づらいからである
・生物は意味の無い活動はしない。単細胞生物も、多細胞生物も、多細胞生物を構成している一つ一つの
 細胞も、長い進化の過程でたとえ無意味な活動が生じたことがあったとしても、それはすぐさま淘汰され
 てきた。現在に見られる生物、あるいは細胞の活動一つ一つにはそれぞれ意味がある。
 (生物というものは人間の想像を遥かに超えて巧妙にできており、その活動には無駄なものは見当たらな
 い。様々な生物の様々な活動を知れば知るほどそのことを思い知らされるものである。がん細胞の転移を
 遺伝子が壊れているからなどと解釈しているうちは、まだ何も分かっていないということである。)
・がん細胞が移動するのはその場所の環境が良くないから、その場所に居づらいからである。遺伝子が壊れ
 てデタラメな活動をしているわけではない。
・抗がん剤などの投与はがん細胞にとっては更なる悪環境を作ることになり、転移が促進されることになる。


転移の巧妙なメカニズム
・転移(がん細胞が移動)するために最も便利
 なのは血管、次にはリンパ管であり、腹腔や
 胸腔の体液中に出る方法もあるが、その場合
 の移動先は限られる。
・これらはそれぞれ「血行性転移」、「リンパ
 行性転移」そして「体腔内転移」と呼ばれて
 いる。
・傾向として、上皮性のがん(癌腫)はリンパ
 行性転移、非上皮性のがん(肉腫)は血行性
 転移を起こすことが多いと言われている。
・がん細胞がある程度増殖すると(平均的には
 直径が5mm以上)、既存の血管から新たな
 血管が新生する。
・その血管の構造は内皮細胞が分厚いがん専用
 の血管となり、「腫瘍血管」と呼ばれる。
・血管新生の元になる血管内皮細胞は、がんの
 局所の血管内皮細胞以外に、骨髄から新
 たに供給されることがある(特に放射線治療
 などによって局所の血管内皮細胞の働き
 が阻害された場合)。
・血管新生に次いでリンパ管の新生も行われる。
・これらのために、がん細胞は種々の物質(血
 管内皮細胞増殖因子(VEGF)など)を産生・放
 出する。
・移動先に到着するとコラゲナーゼなどの酵素を分泌して血管や組織を崩し、定着する。
 (胎生2週目頃に卵黄嚢の周りに原始の血球と血管内皮細胞が生じるが、血球はやがてAGM領域に移動
 し、胎児の肝臓が出来上がったら肝臓に移動し、出生の頃には骨髄に移動する。がん細胞の転移は原始の
 造血幹細胞を彷彿させる。)


その他、がん細胞の特徴
 がん細胞は、自然の摂理が作り出した、たいへん高性能な細胞である
・がん細胞は過酷な条件で生き残るために活発な活動をしながらも、酸素消費量を減らすために、主に解糖
 系及びフマル酸呼吸ををフル稼動して呼吸する。特に血管から離れた場所に位置する細胞は「低酸素がん
 細胞」と呼ばれることがある。(正常な赤血球もミトコンドリアを捨て、自らが酸素を消費しないことに
 徹している。)
・がん細胞はポリアミンを多く産生・分泌する。ポリアミンは第一級アミノ基が3つ以上結合した直鎖脂肪族
 炭化水素の総称である。細胞分裂、蛋白合成、乳児の成長促進などに関与している成長因子である。
 母乳中には出産後10日から2週間前後に特に多くなる。
・エクソソームと呼ばれる小胞を多く排出する。エクソソームは細胞膜と同じようにリン脂質二重層からなる
 膜でできており、膜には何種類ものタンパク質を備えている。内部にはRNAが存在することが確認されて
 いる。がん細胞はエクソソームをも通じて血管内皮細胞や、その他の細胞と連絡を取り合っていると予想
 される。


『がん遺伝子』は、がん化が必要とされる状況になると働く
『がん抑制遺伝子』は、がん化が必要なときにはスイッチオフにされる
・『がん遺伝子』などといったものがどうして存在するのかであるが、「がんは悪者である」と解釈している
 限りはその存在意義は理解できないであろう。細胞が生き延びる手段のひとつとしてがん遺伝子が存在する
 のである。
・従来から言われている『がん遺伝子』の定義や同定された遺伝子をここに列挙することはやめておく。
 なぜなら、「その遺伝子が壊れた場合にはがん化を促進する方向に働く」遺伝子を『がん遺伝子』と呼んで
 いるため、これは本当のがん遺伝子ではないからである。
・細胞にとって苦しい期間が長期間継続すると(短時間のストレスは好ましいことの方が多い)、細胞は生き
 残りを懸けて『がん遺伝子』のスイッチをオンにする。
・抗生物質や放射線を与えるとバクテリアは激しく変異し始めるのと同じように、がん細胞も激しく染色体や
 遺伝子レベルの変異を誘導する。(これを観察した人は、「がん」は遺伝子変異によって起こるのであると
 間違った解釈をした。)
・『がん抑制遺伝子』としてp53などは有名であるが、細胞ががん化するときにはこの遺伝子は働かないよう
 に処理されている。この遺伝子が変異するから「がん」が発生するのではなく、がん化する必要があるから
 この遺伝子が封印されるわけである。


NK細胞や細胞傷害性Tリンパ球の存在意義は?
細胞内外環境が適正化すれば、「がん」を抑えて個体全体を生存させる
・体に「がん」が発生するとき、免疫系の細胞はがん細胞の育成に
 協力することは上述の通りである。
・しかし、がん細胞を増殖させると、個体全体としての生存が危う
 くなることを体は知っている。したがって、全身の個々の細胞が
 健全に生きられる細胞内外環境が整いさえすれば、がん細胞は
 NK細胞や細胞傷害性Tリンパ球(細胞傷害性T細胞;cyto-toxic T
  lymphocyte; TcまたはCTL)からグランザイムを注入され、自ら
 アポトーシス(細胞の自滅)してゆく。
 (右の写真は、NK細胞(右下)によって自滅させられていく腫瘍
 細胞の姿。)


正常ながん細胞の自滅装置は壊れていない
 だからこそ、必要でなくなれば自滅できる

・がん細胞は、自滅装置の遺伝子が変異したために無限増殖能を手
 に入れ、すなわちがん化したのだといった説明をする人もいるが、
 変異したのであればNK細胞もCTLも手が出せない。

図:Conkwest.comより引用
 ・『正常ながん細胞』であれば、上述のようにNK細胞やCTLの協力を得て自滅装置の起動によって自滅可能
 である。
・「がん」が自然退縮してゆく現象が見られるのは、この理由からである。
細胞内外環境が整えば、がん細胞は静かに身をひいてゆく。


<関連リンク>
 がんを治す方法  リンパ球  細胞  染色体  生物とは

2013年4月作成  2024年1月最終更新   stnv基礎医学研究室・清水隆文