考えてもみてください。自然界には〝水平〟と呼べる場所は殆どありません。しいて言えば、流れていない水の水面や、波の無い水面ぐらいのものでしょう。まぁ、水でなくても、他の液体の上面も、これに該当するでしょう。それ以外の場所は、多かれ少なかれ、どちらかに傾いています。或いは、うねっています。
本来、人類は、傾いたり、うねったりしている地面を歩いたり走ったりすることによって、瞬時に全身の筋肉の収縮度合いを調節して、バランスを崩さないように前進できるという、極めた優れた能力を獲得していました。
整地していない地面を歩くと、地面の傾きの方向や角度が、一歩進むたびに変化することになります。そのような地面をバランスを崩すことなく歩くことが、いかに高度な情報処理の結果であるかは、ロボットにそのような地面を歩かせようとした場合に実感することが出来ます。即ち、二足歩行ロボットで不整地を歩かせることは至難の業なのです。ましてや、走らせることは、その何倍もの性能が要求されることになります。
そのようなロボットを実現しようとすると、想像を絶する種類と数の各種センサーを全身のいたるところに配置し、各関節を動かすための筋肉に相当する伸縮装置を多数配置しなければなりません。また、倒れそうになることを予め検出して、瞬時に逆方向に重心を移すコントロールも必要でしょう。また、それを実現するための膨大な種類の計算が瞬時にできなくてはなりません。
私たち人類は何気なくやっていることですが、この時に全身(足の裏から三半器官を含む頭部まで)に配置されている感覚器から脊髄や脳に莫大な種類と数の信号が送られ、それが瞬時に計算されて、今度は脳や脊髄から全身の莫大な数の筋肉へと、収縮すべき長さや力加減を指定するための信号が個々に送られます。このことは即ち、水平面ばかりを歩いている現代人は、不整地を歩く能力を退化させてしまい、それは即ち脳・神経系の廃用性退化を余儀なくされることにるわけです。
最近の子どもの運動能力は、個人差が非常に大きく、子どもによっては斜面を横や斜め方向に走ることが出来ない子もいます。また、高齢者においても、斜面を歩くことが出来ない人の割合が非常に高まってきています。私が頻繁に出す例ですが、世界の長寿村の百歳超の人々は、基本的には自然豊かな不整地を歩いて荷物を運んだりしてますので、その差は歴然としています。
子どもの学習能力や問題解決能力を含めた脳全体の能力を高めるためには、様々な種類の運動をさせることが必須であることからも判りますように、運動させることことは単に運動能力を高めるためだけでなく、脳のあらゆる機能を向上させるためにも必須だということです。
そして、運動場や体育館などの水平面だけで運動させるのではなく、斜面を横向きに、そして、斜め方向に走らせたり、時には後ずさりさせるなどして、様々な種類の刺激を脳に送ることが大切だということになります。
子どもだけでなく、大人も、高齢者も同じことです。使わなくなったニューロン同士の回路は、徐々にシナプスの部分の結合が弱くなり、やがて回路が途絶えます。これは、常に省エネルギーを目指している生物のやり方です。使い続けなければ、保つことも、高めることもできません。
そもそも、現代人が高性能な水準器を作って建物の水平を求めてきたのは建物のためであって、中に住む人間のためではないと言えるでしょう。いまさら家に斜面を作れないという人が多いことでしょうから、ハイキングや登山を含め、不整地に行って斜面を横や斜めに歩かれることをお勧めします。(図の高画質PDFはこちら)