一般的に次のような疑問をお持ちの方が多いのではないでしょうか。例えば、ヨーグルトに使われている各種の人工改変乳酸菌を摂取した場合、それは腸管内にてどのように作用するのか…? 或いは、様々な発酵食品を食べることによって生きたままの微生物を取り込んだ場合、それは腸管内でどのように作用するのか…? 或いは、赤ちゃんを育てる場合、どのような細菌に触れさせるべきなのか、またはしっかり消毒してしまうべきなのか…?という疑問をお持ちの方がいらっしゃるかもしれません。そこで、それらを考える場合の基本的なメカニズムを紹介したいと思います。
私たちの腸管内には、常在して私たちを助けてくれている細菌が居ます。そうかと思えば、私たちにとって表向きには好ましくない影響を与える細菌も棲んでいるかもしれません。このような構図は、森林の生態系も同じです。もっと広くは、海も含めた地球全体の生態系も同様です。一見、好ましくない影響を与えるものも、それが居るからこそ、私たちを助けてくれるものが生きられるのです。栄養連鎖的に、全細菌種が繋がっているということになります。
例えば、私たちの食料になったり服を作ったり家を建てる材料になるものは、私たちを助けてくれる生物だと言えるでしょう。一方、それ以外の生物は、私たちが暮らすうえで邪魔になると考えられました。そのため、邪魔になるものは徹底的に排除され、都市空間が造られたわけです。その結果、地球のいたるところが壊滅的なダメージを負い、異常気象を誘発したり、ゴミや有毒物質が溢れ返り、有害生物と呼ばれるものが増加してしまったわけです。因みに、ネズミやゴキブリやシロアリは、本来は自然林の中に多くの種類が棲んでおり、健全な生態系を支える役割を果たしている重要な生物種です。彼らを敵に回してしまったのは、人類が身勝手な活動を繰り返してきたことが原因だということになります。
同様に、現代人は、自分たちにとって都合の良い特定の細菌を導入しようとしたり、その細菌の遺伝子を改変して使うことを覚えました。併せて、良くないと思われる腸内細菌を駆除しようとしたりもします。しかしそのような行為は、あまりにも短絡的であり、決して良い結果を生みません。やはり理想は、100歳超の人が多く住む長寿村に見られるように、自然界に普通に棲んでいる莫大な種類の細菌を取り込み、それらが腸管内で維持されるように加工度の少ない自然な食餌を摂ることです。
掲載した図(高画質PDFはこちら)に絡む話を簡単にしておきますが、私たちの腸管内に棲む細菌の種類や割合、即ち、腸内細菌叢は、私たちの乳児期から幼児期において免疫系が発達していく過程で、その大半が決定されます。言い換えると、その時期に腸管内に居る細菌は、自分の体の一部、即ち「味方」として免疫系に登録されることになります。この仕組みは「免疫寛容」とも呼ばれます。だからこそ、出産時にお母さんから乳酸菌をもらい、授乳によって皮膚常在菌ももらい、その後は様々な物を舐め回すことによって自然界にいる土壌細菌を含めた莫大な種類の細菌を腸管内に取り込むことになります。
取り込まれた莫大な種類の細菌は、発達中の免疫系にて「味方」として登録されていきます。その後、登録が完了した有用細菌に、出来たばかりの免疫グロブリンA(IgA)が結合すると、その細菌が意図的に粘液層内に引っ張り込まれるようになります。また、必要に応じて粘膜細胞と結合が促されます。この一連の動作によって、腸内細菌と赤ちゃんとの共生が開始されることになります。この乳児期~幼児期は、自然界の莫大な種類の細菌を腸管内に宿し、免疫系に登録させるための極めて重要な時期だということになります。
では、成人になってから人工改変された乳酸菌を摂った場合、それはどのように処理されることになるのでしょうか。その場合、そのような細菌は免疫系に未登録ですから、IgAが「敵」であると判断して、それなりの活動に転じます。そして、図の上部に描かれているように、IgAが結合して細菌の動きを封じたり、細菌同士を凝集させたり、特定の遺伝子発現を調節したり、菌種によってはバイオフィルムの形成を防いだりなど、あくまで「敵」としての対応をすることになります。いわゆる「通過菌」と呼ばれる処理をされることになり、そのまま排出されて終わりになります。
私たちは、商業ベースに載せられるのではなく、自然の摂理に基づいた行動を取ることによって、腸管内の余計な混乱を避けることが出来るのではないかと思います。