今回は〝腸内細菌〟を主テーマとしたものの第5話目となります。これまでには、特に酪酸産生菌と食物繊維の重要性や、幼い頃に消化管に入ってきた細菌が自己のものとして登録されることを強調してきました。そして今回は、〝腸内細菌叢〟という、細菌社会全体の成り立ちに関する極めて重要な視点について見ていきたいと思います。
細菌の仲間は、この地球上に現れた最初の生命体であると捉えて間違いありません。激変してきた地球環境に見事に適応し続け、深海から高山にまで分布しています。また、北極や南極の極寒地域には氷雪微生物と呼ばれるものが分布しています。或いは、海底にある熱水噴出孔と呼ばれる火山性の高温ガスを噴出している構造物の周辺には、80℃以上の環境を好む超好熱細菌が存在しています。更には、人間にとっては猛毒である物質に囲まれていても繁殖できたり、人間の技術では分解できない物質を分解できる細菌も存在しています。細菌にとって不可能という文字は無いのではないかと思わされます。そして、私たちの体内にも、そのような計り知れない脳力をもった細菌を宿すことが出来る、ということなのです。
今日のキーワードの、もう一つは〝多様性〟です。生物多様性という語は広く使われるようになっていますが、それは一区画における生物の種類が多いほど生物多様性が高いということになります。
その典型例として熱帯雨林を挙げることが出来ます。熱帯雨林における〝生命信号〟については既に紹介しましたが、莫大な種類の生物種が相互に関係し、活発にコミュニケーションをとりながら生命活動を営んでいます。一方、物質レベルに視点を移すならば、空から降ってきた各種の有害物質は、それを分解して無難な物質へと変換することを得意とする細菌によって無毒化され、他の生物が暮らしやすい環境を作ってくれています。或いは、紫外線が苦手な生物種にとっては、大きく育って空中に葉を広げている植物によって遮られるため、地表には暮らしやすい環境が提供されています。或いは、植物体の一部が寿命を迎えて地上に倒れたならば、それを様々に分解する生物種がいるからこそ、その分解物を利用する生物種が生きられることになります。また、いわゆる食物連鎖によって肉食動物をも養うことも可能になっています。
このように、熱帯雨林全体は生物多様性によって相互扶助の関係が出来上がっていますので、何らかの人為的介入によって生物多様性が低下すると、そのような相互扶助の関係性が崩れ、たとえば倒木が分解されずに何年も残り、人間が手入れをしなければ荒れた山林へと変貌する…などということになります。私たちの心身と腸内細菌叢との関係も、これと全く同じ原理で動いています。従いまして、腸内細菌の多様性が低下するほど、心身の機能も低下する、ということになるわけです。
では、私たちの腸内細菌は一体どこからやって来るのでしょうか…? それは紛れもなく、環境中からです。従いまして、出来るだけ多くの種類の細菌を、環境中から腸管内へと取り込むことが有効だということになります。併せて、何億年という期間を通して私たちの祖先を人類という姿の生物種にまで導いてくれた環境中の細菌、即ち森林の土壌に棲む細菌を、体内に宿すことです。間違っても人工改変された一部の細菌種を取り込むことではありません。
先見の明のある保育所や幼稚園では、子どもたちに〝どろんこ遊び〟をさせているところがありますが、これは都市部に住む子どもたちにとっては、せめてもの救いになっていることと思われます。理想的には、できるだけ生物多様性の高い広葉樹林の林床から採取してきた土を、子どもたちに与えていただければ思います。
こういう話をすると、「汚染されているのでは…」と言われる方が何割か出てきますが、汚染物質を無毒化できるのも土壌細菌たちです。表層の土のみを取り除けば、その下層における汚染物質の量は比較的少ないでしょう。また、土壌細菌を腸管内に取り込めば、腸管内でも解毒してくれることになります。酪酸などの短鎖脂肪酸を作ってくれる細菌と、有害物質を解毒してくれる細菌種は異なっていると考えるのが妥当ですので、とにかく、出来る限り多くの細菌種を取り込むことが有効になってきます。
最悪であると考えられる例は、掲載した図(高画質PDFはこちら)の上段に挙げた生活様式です。即ち、子どもが触れるものは全て消毒し、清潔そうに保たれた部屋にて人工的なおもちゃで遊ばせ、追い打ちをかけるように動物性食品を多く与える。消毒については、企業が宣伝を繰り返すことによる〝除菌ブーム〟が、若いお母さんたちを洗脳してしまっていますので、違和感を持たないのでしょう。そのような生活の場合、消毒で生き残った質の悪い一部の細菌のみが腸管内に定着することになり、多くの子どもたちに悪影響が広がるわけです。即ち、子どもたちの発達遅延、虚弱体質、様々なアレルギーや炎症の頻発、将来的には短命、ということになります。
私の記事を読んでいただいている方々は意識が高いですが、このような情報には興味が無く、他の娯楽的なものばかりを追い求めている若い世代のお母さんを見かけたならば、ぜひ指導してあげて頂ければと思うところです。どうぞ、宜しくお願い致します。