大腸の粘膜細胞は腸内細菌がくれた酪酸をエネルギー源にしている

 前回はグルタミンと小腸の話でしたが、今日は大腸の話に移ろうと思います。大腸の内壁を構成している粘膜細胞(粘膜上皮細胞)も、グルコースではないものをエネルギー源にしています。そして、それは具体的には、腸内に棲息している酪酸菌(酪酸産生菌)が与えてくれた酪酸(Butyrate;酪酸塩)を主とした短鎖脂肪酸(酢酸、酪酸、プロピオン酸など)をエネルギー源にしている、ということです。

 何故そのようなことになっているのでしょうか…? それは小腸の場合と同様に、グルコースを使うよりも、その部位に多く存在している物質をエネルギー源として使ったほうが、生存にとって有利だったからです。
 そもそもグルコース(ブドウ糖)という物質は、脳内のニューロンをはじめとした、体を構成している多くの細胞が主要なエネルギー源にしている物質です。例えば、低血糖になった場合、脳内のニューロンがエネルギー不足に陥り、ふらついたり、更には意識が無くなったりします。そのような大切な物質は、節約できることなら大いに節約したいところです。また、小腸内壁の粘膜上皮細胞と同様、そのすぐ近くにまで血管を延ばすことは出血の可能性が高くなるため、出来るならば避けたいところです。また、消化の過程で生じたグルコースは小腸にて殆どが吸収されてしまうため、大腸まで到達しません。大腸粘膜細胞にとって、そのような物質に期待していたのでは、命が幾つあっても足りないということになります。

 因みに、「それならば、前回のお話で登場した小腸内壁の粘膜上皮細胞は、グルコースを使えるではないか…??」と思われるところでしょうが、私たちのような多細胞生物は、全細胞が助け合いを重視する社会を作っていて、自分たちが提供する物質については自分で使ってしまわないことを原則としています。例えば、赤血球は酸素を運ぶ細胞ですから、自らは酸素を使わずに生きるようにしています。私たちの家庭において、お金を稼ぐ立場の人は、自らはあまり使わないようにしているのと同じことです。

 話を戻しますが、大腸内壁の粘膜上皮細胞は、血中の大切なグルコースを消費するよりも、周囲に在る酪酸などの短鎖脂肪酸をエネルギー源として利用すれば、他の細胞たちのためにも役立つ、ということになります。そのため、大腸内壁に存在している幹細胞から生み出された生まれたての粘膜細胞は、分化の過程においてエネルギー代謝に関わる遺伝子群の発現スイッチを切り替え、酪酸などの短鎖脂肪酸を主要エネルギー源として使う設定へと変更されます。

 さて、そのような仕組みになっていますから、私たちは酪酸を供給してくれる腸内細菌をしっかりと育成しなければ、大腸を壊すことになってしまいます。ではどうすれば良いのかといえば、一つは酪酸産生菌と呼ばれる種類の腸内細菌を多く宿し、それをしっかりと育成することです。
 もう一つは、酪酸産生菌を養うための食物繊維をしっかりと摂ることです。食物繊維の詳しいお話は別の機会にすることになると思いますが、概して言えば、最近では「発酵性食物繊維」と呼ばれるものが特に有効だと思われますが、セルロースなどを含めた、いわゆる「難消化性」と呼ばれるものも、長期的には有効になってきます。とにかく、野菜や果物や穀物などを、できるだけ丸ごと、そして、低加工にて食べることだと言えます。「そんなの消化に悪いよ…」という言葉が聞こえてきそうですが、あなたのために食べるのではなく、腸内細菌のために食べるのです。これを怠ると、大腸がんのリスクを大幅に上げることになります。

 
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