真の熱中症対策は、発熱し難い体を作ることである

真の熱中症対策は、発熱し難い体を作ることである。

 既に6月から気温の高い日が多くなっていて、それに伴って日本では熱中症で病院に搬送される人が増えています。そして巷では「こまめな水分補給、塩分補給、エアコンを上手く使う」などの対策が口癖のように発信されています。一方、世界を見渡すと、一体どのような状況が目に入って来るでしょうか…。
 掲載した図(高画質PDFはこちら)の中央下に1枚の写真を引用しました。世界には、日中の気温が当たり前のように40℃を超え、日によっては50℃を更に超えていく場合もあるという地域が存在しています。そのような地域に住む人は、暑さをしのぐために衣服をまとっています。何故そんなことが可能なのでしょうか…?

 ヒトという生物種も、本来は広い温度範囲に適応できるようになっています。例えば、外気温が下がったせいで体温も下がり始めると、体温を上げる仕組みが働き始めます。先ずは、手足や皮膚に向かう血管の内径が狭められて血流が減らされ、血液を介した熱放散が抑制されます。また、震えることによって筋肉の収縮に伴う熱産生が促されるようになります。更に、ミトコンドリアの代謝が熱産生重視へと切り替えられて熱産生量が増やされます。これらによって、体温が維持されることになります。
 逆に、外気温が上がったせいで体温も上がり始めると、体温を下げる仕組みが働き始めます。先ずは発汗が促され、気化熱によって体温を下げる方法がとられます。また、手足や皮膚に向かう血管の内径が広げられて血流が増やされ、血液を介した熱放散が促されます。更に、ミトコンドリアの代謝において熱産生に繋がる代謝が抑えられ、出来る限り発熱しないような代謝へと変更されます。
 その他、ミトコンドリアではなく、細胞質における嫌気的なエネルギー代謝によっても熱が発生しますので、これはエネルギーを使っている間は常に熱も発生していることになります。

 では、上述のような適応的変化は何によってコントロールされているのでしょうか…?多くの生理的現象がそうであるように、自律神経系と内分泌系の2つによってコントロールされています。自律神経系は、いわば電気的な通信手段ですから、反応が非常に速いのですが、その信号を維持しておくためにはニューロンが常に信号を発し続けなけらばならず、決して省エネではありません。一方、内分泌系によってホルモンを産生して血中に流しておけば、しばらくの間は放っておいても指令が伝わり続けることになります。その場合、熱産生をコントロールするために用いられている主要なホルモンが〝甲状腺ホルモン〟だということになります。

 掲載した図の左上のグラフは、健常人の場合に、甲状腺ホルモン(T3およびT4)の血中濃度が1日のうちでどのように変化するのか、また、その産生量を指示している甲状腺刺激ホルモン(TSH)の血中濃度が1日のうちでどのように変化するのかを示したものです。
 概観するならば、それらは日中に低濃度になり、夜間に高濃度になる、ということです。言い換えれば、日中は気温が高くなりますから甲状腺ホルモンの濃度を低下させて熱産生を抑え、夜間は気温が低くなりますから甲状腺ホルモンの濃度を高めて熱産生を促そうとする仕組みだということになります。
 ただし、誰もがこのような明瞭な変化をするのかというと、なかには、変化が非常に少ない人もいらっしゃいます。その原因としては、先天的である場合と、生活習慣や医療行為などによる後天的な場合があると考えられますが、いずれにしても不利な状況に立たされることになります。即ち、日中の気温が高い時の熱産生を抑えることが難しくなるわけです。

 次に、年間を通して甲状腺刺激ホルモン(TSH)の血中濃度がどのように変化するのかが調べられた結果を、図の右上に示しました。これは、北京連合医科大学病院における20万人超の患者から得られたデータが解析されたもので、計3年間のデータが、それぞれ異なった色で示されています。そして、破線は気温、実線は甲状腺刺激ホルモンの血中濃度です。
 患者さんから得られたデータですので健常人の場合とは若干の違いがあるかも知れませんが、全体的に見ると、気温の低い冬場では甲状腺刺激ホルモンの血中濃度が高く、気温の高い夏場では甲状腺刺激ホルモンの血中濃度が低いことが確認できます。即ち、気温の低い冬場は甲状腺ホルモンの濃度を高めて熱産生を促し、気温の高い夏場は甲状腺ホルモンの濃度を低めて熱産生を抑えようとする仕組みのあることが分かります。
 患者さんの中には、季節変動が非常に明瞭な人がいるかと思えば、変動が殆ど見られない人もいると考えられます。そして後者の場合、夏の気温の高い時期にも甲状腺ホルモンの分泌量が低下しないため、熱産生量を抑えることが出来ず、熱中症になるリスクが高いと考えられます。

 冒頭に紹介しました、日中の気温が40℃以上になるのが当たり前の地域に住む人々は、暑くなる時期には甲状腺ホルモンのレベルが極限まで下がり、自ら発熱し難い体になるのだと考えられます。そのため、汗もあまりかかずに済むので、多量の水分補給も不要になります。これはいわゆる〝水中毒〟を防ぐためにも重要であり、私たちもそのような体になることが理想だと言えます。
 現代に生きる私たちが避けるべきことは、人工的に改変された環境において概日リズム(日周リズム)から外れた生活をしたり、冷暖房が完備された人工環境にて季節感の無い生活をすることです。それによって、本来のリズムを刻めない視床下部へと変化し、甲状腺ホルモンのリズム的変化も見られなくなり、熱中症リスクが高まることになります。
 従いまして、私たちが熱中症対策として心掛けるべき基本は、1日における諸々の環境変化、季節の変化に伴う諸々の環境変化をそのまましっかりと受けとめて、いわゆる概日リズムや概月リズムをしっかりと刻める視床下部および体を作り上げることだと言えるわけです。また、夏に向かう前に、しっかりと暑熱順化をしておくことも、現代の日本社会で生きる場合の重要な対策になります。

 
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