これまで、玄米を主テーマにした記事には『米の命を守る外皮は人の命をも守る』や『冷えた玄米ご飯のメリットは絶大である』があり、玄米に関連する記事としては『ビタミンEのうちトコトリエノールは優れた抗がん作用を示す』があります。また、精白米に相当する胚乳部分を扱った記事には『米に含まれるレジスタントプロテインの役割』があります。いずれも、「玄米」や「米」の素晴らしい点に着目したものです。また、それらは米の〝機能性〟に着目したものです。そして今回は、米の〝栄養源〟としての側面を見てみたいと思うわけです。
大抵のものには、大変素晴らしい一面と、そうではない面が同居していることが多いと言えます。ただ、食べ物の中には「スーパーフード」と呼ばれるものもあって、それだけを食べていれば他に何も食べなくて良いような、ヒトにとって殆どの栄養素が過不足なく含まれているような食材も中には存在します。そして、そのようなものを主食としている民族や地域の人には、百歳を遥かに超えても元気な人が沢山います。そこで、日本において主食にされてきた米はどうなのか…という視点で見てみたいと思うわけです。
歴史的には、米を容易に精米する技術が無かった時代には、自ずと玄米、または限りなく玄米に近いものが主食として食べられていました。しかし、平安時代には天皇をはじめとした位が高いとされる人々から白米食が広まると共に、脚気(かっけ)が流行するようになり、若くして亡くなる人が出てきたそうです。
更に、江戸時代では一般の武士や町人にも白米食が普及すると共に脚気が流行し、死亡者が増加したそうです。明治時代に入ってからも、白米を食べている人たちの間で脚気の流行が続き、第二次世界大戦後にビタミン剤が普及したり栄養改善が行われるまでは、脚気による死亡者が減ることは無かったようです。
一方で、大丈夫だった人たちもいます。戦時中の庶民におきましては、白米が手に入らない場合には、玄米または玄米に近い米に、麦や雑穀を混ぜたり、芋類や豆類、カボチャなどを混ぜて増量して食べていました。そのお陰で脚気を免れ、比較的元気に過ごせていたようです。
結局、白米にせずに玄米のまま食べていれば、脚気にならずに済んだわけであり、若くして亡くなることも無かったということです。因みに、脚気はビタミンB1の欠乏によって生じるものですが、他のビタミンの欠乏も同時に起こっていたと推測されます。
時代が進むに連れて平均寿命が延長してきたわけですが、昔の人の平均寿命が短かった原因の一つは、やはり栄養状態が良くなかったことを挙げることが出来ます。もし、玄米がスーパーフードであったならば、昔の日本人は世界の長寿村の人のように、100歳超の人の割合がもっと多かったと考えられます。では、実際に米に含まれている各種の栄養素を見てみたいと思います。
掲載しました図(高画質PDFはこちら)の左側に表を載せました。数値の部分の左から3列目までの元データは、文部科学省が公表している「食品成分データベース」によるものなのですが、重要な項目と数値だけをピックアップして新規に表を作成しました。左から順に、「玄米ご飯」、「七分づき米のご飯」、「精白米のご飯」の順になっています。なお、各栄養素の数値は、ご飯100g中のものです。
その右側の列(数値の部分の左から4列目)は、厚生労働省による「摂取推奨量または目安量」を示しています。
その右側の2列(数値の列の右から2列分)は、「玄米ご飯1kgを食べた場合」と「精白米ご飯1kgを食べた場合」に得られる各栄養素の量を示しています。そして、その数値が「摂取推奨量または目安量」を満たしている場合は[緑色]、半分程度満たしている場合は[水色]、完全に不足している場合は[紫色]の背景にて示しました。
なぜ、ご飯を1kgにて比較したのかと言いますと、宮沢賢治の「雨ニモマケズ」に登場する「一日ニ玄米四合ト、味噌ト少シノ野菜ヲタベ」という中の「玄米4合」を炊いてご飯にすると約1.3kgになるのですが、計算しやすいように1kgにしたということです。従いまして、食品成分表の100gあたりの数値を10倍しただけの数値になっています。
なお、玄米ご飯1.3kgの見た目の量は、図の右上の写真のような量になりますので、それよりも少し少ない1kgを朝・昼・晩と3回に分けて食べるのは、めちゃくちゃ多い量ではないと言えるでしょう。
また、写真には「味噌汁と少しの野菜」が添えられていますが、今回のお話は、それらの副菜が無い場合、即ち〝ご飯だけ〟のお話です。これを知ることによって、ご飯に何が足りないかが判り、「玄米ご飯と言えども、○○を必ず一緒に食べないといけないなぁ」ということを再確認することが出来るようになります。
では、重要ポイントのみを簡潔に紹介していくことにします。
やはり、最大の問題はビタミンの不足であり、玄米ご飯であっても含まれず、更には腸内細菌などによっても供給される見込みの無いものとして、ビタミンA(レチノールやカロテノイド)、ビタミンB2、ビタミンB12、ビタミンCを挙げることが出来ます。このことは即ち、玄米ご飯はスーパーフードなどではなく、これだけを食べ続けていると健康を維持できず、やがて病気に罹ってしまうことを意味しています。従いまして、玄米ご飯であっても、必ず別に、ビタミンA、ビタミンB2、ビタミンB12、ビタミンCを含む食材を一緒に摂る必要がある、ということが判ります。
そして、精白米を食べたとすると、更にビタミンE、ビタミンB1、ビタミンB6も不足することになります。昔に脚気が流行したのは、玄米ご飯を食べていれば推奨量を超える1.6mgのビタミンB1を摂ることが出来ていたのに、白米ご飯に変えたために0.2mgしか摂ることが出来なくなった、ということになります。ビタミンE、ビタミンB6についても同様のことが言えて、玄米ご飯を食べていれば推奨量を超えていたのに、白米ご飯に変えたために不足に転じた、ということになります。
その他、ビタミンE(トコフェロール類)、ナイアシン、葉酸、パントテン酸、ビオチンも、精白米ご飯に変えることで、大幅に減少することになります。
昔に生じた脚気の件は、ビタミンB1欠乏による脚気だけでなく、他の色々なビタミンの欠乏による重度の体調不良が重なり、多くの死亡者を出すことになったのだと思われます。
続けて見ていきますが、次に問題なのは必須脂肪酸の不足であり、特にn-3系(ω3系)の不足は大変深刻だと言えます。これは、玄米ご飯を食べたとしても全然足りません。
n-3系の脂肪酸はエゴマ油や亜麻仁油に多いですし、EPAやDHAは植物には無いため魚介類から得なくてはなりませんので、副菜を添えるにしても高含有率のものを選ばなければなりません。「味噌と少しの野菜」を添えるだけでは絶対に無理だと言えます。脳や神経系の発達、循環器系の健全性、炎症反応の収束などをn-3系が担っていますので、それが働かないことは大変怖いことです。
次に問題なのは、ミネラルの不足です。因みに、玄米ご飯1kgならば満たされるミネラルもあり、マグネシウムやリンがそれに当たります。また、精白米ご飯であっても、銅、マンガン、モリブデンなどは満たされます。
しかし、玄米ご飯であっても、ナトリウム、カルシウム、ヨウ素、クロムが不足することになります。また、精白米のご飯では、更にカリウム、マグネシウム、鉄も不足することになります。
玄米ご飯のおにぎりは、ナトリウムとヨウ素の多い塩昆布と、カルシウムの多い〝しらす〟を中に入れ、ヨウ素の多いアオノリで巻けば、ミネラル的には大いに改善されることになるでしょう。
その次に問題なのは、必須アミノ酸の不足です。本来、米のご飯にアミノ酸やタンパク質の補給を期待することは無いでしょうが、これに「味噌と少しの野菜」を添えたところで、殆ど解決にはなりません。
非必須アミノ酸は体内で合成可能ですが、必須アミノ酸(バリン、ロイシン、イソロイシン、トレオニン、リジン、メチオニン、フェニルアラニン、ヒスチジン、トリプトファン)は食餌から摂取する必要があります。従いまして、米のご飯だけを継続的に摂取していると筋肉が痩せるだけでなく、免疫力をはじめとした様々な機能が弱まっていき、健康の維持は不可能になります。
その次に問題なのは、特に精白米においては食物繊維が不足することです。表の一番右の列に、腸内細菌による栄養素の供給の有無を付記しておきましたが、〇を付けたビタミンが腸内細菌によって供給可能なビタミンです。
しかし、大腸まで届く腸内細菌の餌は食物繊維ですので、その餌が充分でない精白米ご飯を食べると、元々不足していたビタミンを腸内細菌で補うことも不可能になります。
今回は、多種類の機能性成分を含んだ米のご飯について、栄養的な側面から眺めてみました。今の時代、米の価格も高くなったこともあり、多量のご飯に少量の副菜という組み合わせは少なくなったと思われますが、米の栄養素の特徴を知っておくことは、副菜を選ぶときの注意点になります。
玄米か白米かという場合、農薬を気にする人も一定数いらっしゃいますが、機能性成分や栄養素の話とは分けて考えなければなりません。そして玄米が特に有効なのは〝米ぬか〟に含まれる多種類の機能性成分と栄養素が含まれていることです。『米の命を守る外皮は人の命をも守る』で紹介しました機能性成分、即ちγ-オリザノール、γ-トコトリエノール、トリシン、モミラクトンB、フィチン酸、フェルラ酸、γ-アミノ酪酸(GABA)、アラビノキシラン、イノシトール、アブシシン酸などは、その殆どが外皮に含まれるものであり、精白米では完全に失われてしまっています。
そして、玄米ご飯をベースにした食餌の場合、今回見てきました玄米でも不足する栄養素を補給できるように、副菜の種類と量を適切に選んで食卓のメニューとしていただければ結構だと思います。