食事によって必ず摂らなければならない油脂が〝必須脂肪酸〟です。もし、これを摂らなければ、決して生きていくことは出来ません。また、複数の種類の必須脂肪酸がありますが、それらの摂取比率が好ましくなければ、人はアレルギーや過剰な炎症を頻発するようになり、脳を含めた全身の健康を損ない、やがて病気に罹ります。このように必須脂肪酸は、同じく〝油脂〟という分類に入る飽和脂肪酸に比べると、その摂取意義は極めて重大なものになります。では、何故そのような事態に陥ってしまったのかについて簡単に見ていくことにしましょう。
必須脂肪酸を体外から摂取することが〝必須〟になってしまった根本的な原因は、それを自分で合成するための酵素を失ってしまったことです。即ち、自分の体内で、その重要な脂質を作れなくなってしまったわけです。そのため、それを体外から補うことが必須になってしまった、ということです。
もう一つ、その必須脂肪酸が欠くべからざる役割を担っているからこそ、摂ることが必須だということです。仮に、その必須脂肪酸が単にエネルギー源としての役割しかないのであれば、それは糖などの他の物質で代用できるわけですから〝必須〟にはなりません。しかし、必須だということは、他の物質では代用できない極めて重要な役割を担っているということです。その役割とは、私たちの細胞がコミュニケーションの媒体として日常的に使っている〝脂質メディエーター(生理活性脂質)〟を作る際の中間産生物になっていることです。
では、掲載した図(高画質PDFはこちら)に沿って、少しだけ具体的に見ていくことにしましょう。なお、スマートフォンなどをご利用の場合は、同時に図を見ることが難しいと思われますので、その場合は後から見てもらえば結構です。
私たちは体内で、糖質などを原材料にして飽和脂肪酸を合成することが出来ます。最初は分子が短くても、2炭素単位で炭素鎖を伸長させていき、炭素数が16のパルミチン酸や、18のステアリン酸にまで伸ばすことが出来ます。また、炭素数が16の時や18の時に二重結合を1個入れる酵素は健在ですので、それぞれパルミトレイン酸とオレイン酸という一価不飽和脂肪酸を作ることが出来ます。
そして問題が起こったのは、その次の工程を担当する酵素(Δ(デルタ)12-脂肪酸デサチュラーゼ)です。この酵素は、オレイン酸に、もう1個の二重結合を追加してリノール酸に変える酵素なのですが、これを失ってしまったのです。なお、この酵素が追加する二重結合の位置は、カルボキシ基側から数えて12番目の炭素であり、逆から(末端側、ω(オメガ)端側から)数えて6番目の炭素になりますので、そこに二重結合を持った不飽和脂肪酸は〝ω6〟と呼ばれたり〝n-6〟とよばれたりします。話を戻しますが、要するに、オレイン酸をリノール酸へと変化させる酵素を失ってしまったため、リノール酸は食事によって摂らなければならない〝必須脂肪酸〟になった、ということです。
もう一つ、リノール酸をα-リノレン酸へと変化させる酵素(Δ15-脂肪酸デサチュラーゼ)も失いました。なお、この酵素が追加する二重結合の位置は、カルボキシ基側から数えて15番目の炭素であり、逆から(末端側、ω端側から)数えて3番目の炭素になりますので、そこに二重結合を持った不飽和脂肪酸は〝ω3〟と呼ばれたり〝n-3〟とよばれたりします。要するに、リノール酸をα-リノレン酸へと変化させる酵素を失ってしまったため、α-リノレン酸も、食事によって摂らなければない〝必須脂肪酸〟になった、ということです。
極めて重要な事柄を続けます。私たちの細胞が目的としているのは〝脂質メディエーター(生理活性脂質)〟を得ることであり、それは具体的に、プロスタグランジン、トロンボキサン、ロイコトリエン、レゾルビンE、HETE(ヒドロキシエイコサテトラエン酸)などです。個々のものの紹介につきましては機会を改めますが、これらの脂質を使って細胞は種々のコミュニケーションを取っています。これらの脂質は炭素鎖が更に長く、二重結合の数も多いのですが、この場合の二重結合は既存の二重結合のカルボキシ基側に新設されていったもので、その作業を担当している酵素は健在です。
ただし、問題と言えることがあります。それは、各種の脂質メディエーターをリノール酸から作っていく場合と、α-リノレン酸から作っていく場合とで、全く共通の酵素が担当していることです。前者はω6系の脂質メディエーターを作ることになりますし、後者はω3系の脂質メディエーターを作ることになります。そして、前者は主に炎症を起こすための指示を伝える物質として使われており、後者は主に炎症を鎮めるための指示を伝える物質として使われています。従いまして、リノール酸過多の食事をしていると、一体どのような結果を招くことになるでしょうか?
現代人が平均的な食事をしている場合、リノール酸が圧倒的に多く、α-リノレン酸は極めて微量になります。仮に、Δ15-脂肪酸デサチュラーゼが健在なのであれば、入ってきたリノール酸の何割かがα-リノレン酸へと変換されるため問題にならないのですが、この重要な酵素を欠いてしまっているのです。従いまして、口に放り込む段階で、それこそ人為的にリノール酸とα-リノレン酸の比率を適正にしてやることが必須になります。「そんな面倒くさいことやってられないです…」という声が聞こえてきそうですが、こればっかりはどうしようもありません。これを意識しない人の場合、アレルギー、過剰な炎症反応、慢性炎症と各種臓器の機能低下、脳機能の低下、老化促進、などが見られるようになります。
α-リノレン酸の含有率が50%を超える油脂は〝エゴマ油〟と〝亜麻仁油〟ぐらいしかありませんので、どちらかを1日に2~3グラム程度摂取するのが良いと考えられます。それに加えて、成分比率が不明な油を使っている市販の揚げ物などは、出来るだけ食べないことが賢明です。業務用の油の話をしていると長くなりますので割愛しますが、お客様の健康を考えるよりも、お客様に美味しく食べてもらいながらも安価に済ませることができる、リノール酸高含有量の油が使用されていることが多いですので要注意です。
また、α-リノレン酸からDHAへの変換率は決して高くありませんので、魚油やプランクトンなどから搾取されているDHA/EPAのサプリメントも欠かさないようにすることが大切だと考えられます。