今日も、免疫のお話の続きをします。「○○を飲めばNK細胞が増えますよ!!」などという情報が沢山出回っています。NK(ナチュラルキラー)細胞は、いわゆる〝自然免疫〟に相当する仕組みの中で最も代表的だと言える免疫細胞です。なお、その概略につきましては、先にupしております『〝免疫力〟って何? 高めればよい?』に記しておりますので、必要に応じて読み返していただければと思います。一言で言うならば、ウイルスや病原菌に感染した細胞や、がん細胞などのように、異常が生じた細胞を見つけ出し、見つけたならばその細胞を自滅させる(アポトーシスさせる)役割を担っている免疫細胞です。これが体内に居てくれるお陰で、体内でウイルスや病原菌が増え難くなり、また、がん細胞が生じたとしても死滅させられていくことになります。そして、獲得免疫の場合のような事前の学習が不必要であるため、生まれながらにして自然に備わる有難い免疫力だということになります。
「そんなに良い細胞なら、どんどん増やそうじゃありませんか!!」ということになりやすい細胞なのですが、これが必要以上に増えることについては手放しで喜べない事情がある…、ということなのです。
何はともあれ、掲載した図(高画質PDFはこちら)を見て頂くことにしましょう(スマホでお読みの方は、後でも結構です)。図の左端は「若者の脳」の場合が描かれていて、脳の〝歯状回(しじょうかい)〟という部位に、必要最小限のNK細胞が存在しています。なお、歯状回という部位は、海馬の入り口に位置する神経回路で、記憶の保持に重要な役割を果たしています。
一方、その右側に描かれている「高齢者の脳」の歯状回には、多数のNK細胞が存在しています。「…ということは、脳がしっかり守られている??」と一瞬思うかもしれませんが、なんと、死滅させなくてもよさそうな細胞、即ち〝神経芽細胞;Neuroblasts〟が死滅させられているのです。その結果どうなるのかと言うと、普通ならば、その部位のニューロンが損傷すれば補填されるのですが、その元となる神経芽細胞がどんどんと自滅させられていってますから、補填されないまま数を減らしていきます。その結果、海馬に入るべき信号が充分に入らなくなり、海馬が担っている短期記憶の保持や整理に支障が出てくることになります。
「…ということは、歳を取ってきて物覚えが悪くなっていく場合、歯状回にNK細胞が増えてくるから?!」ということになります。記憶力低下の何割が、このNK細胞のせいなのかを言い切ることは難しいのですが、併せて起こりやすい海馬の体積縮小が、歯状回から海馬への入力不足が原因になっている可能性がありますので、やはりNK細胞が歯状回の神経芽細胞を死滅させることが大きな原因になりうると考えられるわけです。
よく似たことが他でも起こります。掲載した図の右上に「アルツハイマー病」の例が示されているのですが、NK細胞の〝細胞毒性〟や〝活性〟が、脳の全域にわたって高まっていることが確認されています。〝細胞毒性〟と言いますのは、普通ならば死滅させられない細胞が死滅させられてしまうことを意味しており、〝活性〟と言いますのは、その働きの強さを意味します。
NK細胞の数が増えなくても、その働き具合が悪い方向に変化すると、それによって問題を生じていない神経細胞までが死滅させられてしまい、アルツハイマー病に見られる委縮した脳へと変化することになります。
このことを確かめるために、実験動物として高齢マウスを用い、意図的にNK細胞を無くしてみました。すると、アルツハイマー病の症状が改善に向かい、即ち、神経炎症が緩和され、神経新生が促進され、認知機能が改善されました。「なるほど、NK細胞が無ければアルツハイマー病に罹らずに済んだのに…」ということです。
そうかと思えば、「パーキンソン病」の場合は、その逆であることが判りました。掲載した図の真ん中付近に図があるのですが、中脳の一部分である〝黒質(こくしつ)〟にNK細胞が居なくなっている、ということです。
黒質において、NK細胞はα-シヌクレインという不要なタンパク質を除去することが出来るのですが、NK細胞がいないことによってα-シヌクレインが増加し、ドーパミン作動性神経細胞が変性したり脱落したりすることなどによって運動障害が起きる、ということです。
或いは、図の右下に描かれている「虚血性脳卒中」の場合は、脳内のNK細胞の数や活性は高まるのですが、末梢組織のNK細胞の数や活性が低下するため、脳卒中後感染症が増える、という旨が描かれています。
以上のように、免疫細胞は、数が多ければ良いとか、増えれば良い、という単純なものではないことが解ります。そしてまた、同じ体内であっても、組織によってはNKが集積していたリ、逆に枯渇していたりすることがあるということです。更には、種類としてはNK細胞なのですが、その細胞表面に在る受容体の種類や数が色々と変化することによって、働き方も大きく変化することです。もう一つは、その働き方の強度(活性)も時と場合によって変化することです。
これから言えることは、血液中におけるNK細胞の存在量を調べても、あまり意味は無いということになります。また、「○○を飲めば…、○○を打てば、NK細胞が増えますよ!!」などという宣伝も、手放しに喜べるものではないことが解ります。