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老化はどこから始まるのか ──細胞の“情報変質”

老化はどこから始まるのか ──細胞の“情報変質”

◆ はじめに
 神は、ヒトという多細胞生物に“寿命”を与えることによって、世代を通じて進化していけるようにしました。ただ、心身が不健康な状態になってから寿命を迎えるよりも、健康な心身を保ったまま寿命を迎えることのほうが理想的でしょう。前者で起こっているのが「老化」であり、後者は「単なる加齢」であって「ピンピンコロリ」はこの場合に実現できることです。
 老化は様々な病気の最大原因であり、老化そのものが病気であると捉えることもできます。そして私は、老化は避けられない現象だ…、という概念を覆したいわけです。
 これまで、当ブログでは「抗老化-アンチエイジング」のカテゴリに属する記事を46件書いてきましたが、従来とは少し違った観点で「老化」を捉えることによって、抗老化対策(アンチエイジング対策)を補強をするつもりでいます。その“違った観点”と言いますのが、これから述べていく“情報変質”という捉え方です。

◆ 細胞にとっての“情報”とは
 細胞が利用している、或いは持っている“情報”として、多くの人が思い浮かべるのが“遺伝情報”でしょう。これは、基本的にはDNAの塩基配列によって記された情報を指していて、その情報のみでは細胞は殆ど活動できないと言っても結構です。実際には、その遺伝情報以外の他の多くの情報を活用しながら細胞は活動しているわけです。
 因みに、DNA損傷や、その損傷の修復ミスが老化に関わるのではないかという点につきましては、それがヒトという個体の老化につながるケースは非常に少ない(1~5%)と考えられます。何故なら、持っている全DNAのうち、実際にアミノ酸配列へと翻訳されるのはごく一部だけですし、また、DNA塩基配列が損傷を受けると、その多くは修復されて元通りに戻るか、修復しきれなかった場合は細胞そのものがアポトーシス(積極的な細胞死)を起こすからです。
 では、細胞が利用している遺伝情報以外の“情報”とは何なのか、具体的に見ていこうと思います。

① 使い方の情報としての「エピゲノム」
 長いDNA分子の何割かの部分には、実際に“遺伝情報”が乗っていて、その部分は“設計図”だと言われることもあります。ただ、そこに書かれている情報を、どのように使うのかは別問題です。例えば、どの遺伝子を発現させるのか、発現させるタイミングや発現量をどうするのか、どの遺伝子を封じるのか、 などを決めている機構を 「エピゲノム」と呼びます。具体的には、DNAの特定の部分にメチル基などを付加する(DNAへの化学修飾)、DNAが巻き付いているタンパク質の粒子(ヒストン)にメチル基やアセチル基を付加する(ヒストンへの化学修飾)、クロマチン(DNAがタンパク質に巻き付いた構造体)の構造を変化させることなどによって、DNAの塩基配列そのものは変えずに遺伝子のオン・オフ状態を制御する機構だということです。そして、その機構に問題が生じれば、使い方の情報が乱れて老化の原因の一つになり得るということです。

② 振る舞いの情報としての「反応プログラム」
 細胞は、外界からどのような刺激を受けたときに、どのような反応を起こすのかを決める仕組みを持っています。例えば、DNAに傷が入れば修復を始め、炎症シグナル(炎症を知らせる分子メッセージ)を受け取れば炎症を制御するための遺伝子群を読み始める、栄養素が不足すれば代謝を切り替え、危険が大きければアポトーシス(積極的自滅)を選ぶ、などです。そして、そのような振る舞いを方向づけている諸々の仕組みの総称が「反応プログラム」です。
 この“反応プログラム”は、DNAの塩基配列そのものに書かれているわけではなく、上述のエピゲノムやクロマチン構造の他、細胞内のシグナル伝達経路のつながり方、タンパク質の配置と量、細胞内部の状態など、複数の要素が重なり合って形成されるものです。
そして、この反応プログラムが本来のものからズレてくると、同じ刺激を受けても正しい反応ができなくなり、それが老化の原因の一つになり得るということです。

◆ “情報の変質”が老化の始まりである
 細胞は、主に上述した“情報(エピゲノムや反応プログラム)”に基づいて日々の活動をします。しかし、その情報が本来のものから変質したものになると、細胞の活動も本来とは異なったものになります。そして、「老化」という現象の初期は、その情報の変質によって生じるものだと解釈することができるわけです。そこで、情報変質の大本(おおもと)の原因を挙げていくことにします。

1. 修復ミスの蓄積
 細胞は毎日、壊れた部分の修復を行っています。しかし、修復がいつも“完全に元通り”になるとは限りません。むしろ、完全に元通りにならない場合(修復ミス)があるからこそ、それが生物進化の原動力にもなってきたわけです。
 修復ミスの具体例としましては、DNAレベルの修復ミス(塩基が別の塩基に置き換わる(点突然変異)、数塩基の欠失・挿入が起こる、二本鎖切断の末端処理が不完全になる
など)、ヒストン修飾レベルの修復ミス(ヒストンのメチル化・アセチル化の“元の配置”が再現されない、修飾の量がわずかに変わるなど)、クロマチン構造レベルの修復ミス(DNAの折りたたみ方(3D構造)が元と少し違う形で戻る、エンハンサーと遺伝子の距離が微妙に変わるなど)、タンパク質レベルの修復ミス(酸化損傷を受けたタンパク質が完全には元の立体構造に戻らない、部分的に変性したタンパク質が“ほぼ正常”として残るなど)があります。
 上記のように、細胞は誠実に修復を試みるのであすが、完全に元通りにはならない場合があるわけで、それが“修復ミス”だということです。そして、そのような小さな修復ミスの積み重ね が、細胞が参照する情報を少しずつ歪めていくことになるわけです。

2. エピゲノムのズレ(使い方の情報の変質)
 エピゲノムは、上述しましたように、一言で言えば“遺伝子のオン・オフを制御する機構”なのですが、加齢やストレス、炎症などによって、不本意に変化することがあります。それは例えば、DNAにおけるメチル化の位置が変わったり、ヒストンにおけるメチル化やアセチル化による修飾が不適切に起きたり、クロマチンの構造が変化して遺伝子の読み取りやすさが変化したりなどのことが生じます。これは、壊れた部分の修復ではありませんので、上述しました“修復ミス”ではありません。従いまして、“エピゲノムのズレ”という表現にしました。
 このことによりまして、設計図(DNAの塩基配列)は変わらなくても、“使い方の情報が変わる”ことになるわけです。

3. 遺伝子発現の揺らぎ
 上述の、“エピゲノムのズレ”が生じると、遺伝子が“読みやすい状態”か“読みづらい状態”かが微妙に変わります。例えば、本来は開いているべきDNA領域が開きにくくなったり、逆に、普段は閉じているDNA領域がわずかに開いてしまうこともあります。このような変化は、転写因子が遺伝子にアクセスしやすいかどうかを左右し、その結果として、mRNA やタンパク質の産生量が安定しなくなります。このことを、“遺伝子発現の揺らぎ”と表現しています。

4. 反応プログラムの変質
 細胞は、刺激に対してどう反応するかを決める“反応プログラム”を持っていることは上述の通りです。また、反応プログラムは、エピゲノムやクロマチン構造の他、細胞内のシグナル伝達経路のつながり方、タンパク質の配置と量、細胞内部の状態など、複数の要素が重なり合って形成されるものであることも既に述べました。そして、それらが少しでも変化すると、反応プログラムが変化したことになります。
 反応プログラムが変化すると、例えば、炎症を止めるべき場面で上手く止められない、修復を優先すべき場面で別の反応が起こる、ストレス応答が過剰になる、アポトーシスの判断が変わる、などという変化が結果として起こります。言い換えるならば、細胞は誤っているのではなく、参照する情報が変わったために、“正しい反応が出来ない”ことになってしまうわけです。

 以上をまとめますと、細胞自体は正しく反応しているにもかかわらず、参照している情報が変質するために、結果として本来あるべき反応が出来ない状態となり、それが「老化」という現象の始まりなのだ、ということになります。

◆ 情報変質が起こると何が起きるのか
 では、情報の変質(情報変質)の結果として起こりやすい現象の具体例を挙げてみることにします。
 1つ目として、炎症の制御が変わります。若い細胞では、炎症は必要なときに起こり、不要になれば速やかに収束します。ところが、情報が変質してくると、炎症を止めるべきタイミングが遅れたり、弱い刺激でも炎症が起きやすくなったり、反応が過剰になったりします。このような変化が積み重なると、慢性的な炎症が背景に居座るようになり、老化の進行を後押しします。
 2つ目として、修復の精度と速度が揺らぎます。細胞は本来、損傷を受けると適切な修復プログラムを起動して回復しますが、情報が変質すると、修復の開始が遅れたり、修復の質がわずかに低下したり、修復よりも別の反応が優先されてしまうことがあります。その結果、傷が治りにくくなる、疲れが残りやすくなるといった日常的な変化として現れます。
 3つ目として、老化細胞が増えやすくなります。細胞は危険が大きいと判断すればアポトーシスを選びますが、情報が変質するとその判断が鈍り、危険な状態でも生き残ってしまうことがあります。そして、その細胞は正常な働きを十分に果たせないため、周囲の細胞の働きを乱し、炎症を促し、老化の進行を加速させます。
 4つ目として、代謝のバランスも影響を受けます。細胞は栄養状態に応じて代謝のモードを切り替えていますが、情報が変質するとエネルギーの使い方が非効率になり、脂質や糖の処理が不安定になり、ミトコンドリアの働きも揺らぎやすくなります。これは、疲れやすさや体温調節の低下、生活習慣病のリスク上昇などにつながります。
 4つ目として、細胞同士の協調が乱れます。細胞は単独で生きているわけではなく、周囲の細胞と情報をやり取りしながら組織としての働きを保っています。しかし、情報が変質すると、シグナルの受け取り方や出し方が変わり、周囲との連携がわずかに乱れます。そして、この小さな乱れが積み重なることによって、組織全体の機能が低下し、臓器としての働きにも影響が及びます。

◆ まとめ
 細胞は、常に誠実に働いています。刺激を受ければ然るべき反応を起こし、傷つけば修復し、危険が大きければ身を引きます。がん(癌)細胞でも同様であって、それは狂った細胞でも、老化した細胞でもありません。人が加齢しても、個々の細胞は、得られる情報に対して誠実に反応します。ただ、得られる情報が少しずつ本来の姿から変わっていくと、変わってしまった情報に対しても誠実に反応することになります。人間の社会も同じでしょう。誤情報をもとに正しく判断して行動すれば、社会はすぐに崩壊してしまいます。
 修復ミスの積み重ね、エピゲノムのズレ、遺伝子発現の揺らぎ、反応プログラムの変質などは、細胞が参照する情報を静かに変えていくことになり、多細胞動物であるヒトの体では、内部の協調性が乱れていくことになります。そして、このことが、私たちが「老化」と呼んでいる現象の始まりだということです。
 老化を“避けられない運命”として受け入れるのではなく、“情報の変質”という視点から見直すことで、老化を遅らせ、健康な時間を延ばすための新しい道筋が見えてきます。次の記事では、その具体的な道筋を探っていくことにします。

 
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