息を吐いているときに血管が拡張して血流量増加

 私たちの命を支えている心拍と呼吸は、私たちが意識しなくても自動的に働き続けてくれています。しかし、両者には大きな違いがあります。それは、心臓の拍動は、意識的に止めようと思っても止めることができませんが、呼吸は、意識的に止めようと思えば止めることができます。この違いは一体何に由来するのでしょうか…。
 私たち人類は、魚類から両生類、更には爬虫類、哺乳類へと進化してきたことはほぼ間違いの無いことであり、永らくは水に潜ることが当たり前の生活をしていました。水に潜るとき、心臓を止める必要はありませんが、呼吸を止めなければ水を吸い込んでしまいますから、意識的に止められることが必須の能力でした。もし、息を意識的に(それが本能的であったとしても)止めることが出来ない個体が誕生していたのであれば、その個体は溺れ死んで子孫を繁栄できなかったことでしょう。
 更に、哺乳類へと進化したとき、声を発するという方法を生存戦略、或いはコミュニケーション手段として用い始めました。声を発するとき、息を吸いながら声を出すことが出来る能力を秘めている人がいるかもしれませんが、大抵は息を吐きながら声を出します。肺からの空気の流れを用いて声帯を震わせるわけですが、この時、それまで自動制御されていた呼吸を意識的な呼吸へと切り替え、さっと吸い込んでゆっくりと吐き出すときに声帯を震わせることになります。
 このように、意識していなければ勝手に稼働してくれている器官の中でも、呼吸器だけは、意識すれば自分の思うようにコントロールできる、貴重な器官であると言えます。

 本来、生理的機能として自動制御されているものを、敢えて意識的に変更すると、それに呼応して、今度は生理的機能も色々と変化してしまうことになります。言い換えれば、わざわざ薬などを用いて生理的機能を変化させなくても、呼吸方法を変えるだけで、薬を用いることよりも遥かに短時間にて目的の状態へと変化させることが可能だということになります。
 掲載した図(高画質PDFはこちら)に示されているギザギザの青い線は、呼吸に伴う内頸静脈(首の部分を通る太い静脈)の血流量変化です。また、青色に塗られた太い棒グラフは、0よりも上向きが静脈血管の容積拡大、下向きが容積減少です。そして、グラフの下段に示されている「IN」が「吸気時」、「EX」が「呼気時」です。
 これらを併せて見てみると、吸気時には静脈血管の容積が小さくなり、血流量も減少しています。逆に、呼気時には静脈血管の容積が大きくなり、血流量も増加しています。要するに、息を吐くときに血液が多く流れる、ということになります。

 では、何故このようなことが起こるのか…、という点ですが、私たちが息を吸った時に引き延ばされる部分(気管後壁や気管支の平滑筋)に伸展受容器が備わっていて、そこからの信号が延髄に入力され、そこから複数の必要ヵ所へと指令が送られることによる結果です。
 引き延ばされるときは吸気時ですから、その時には概して言うならば、交感神経系の活動が優位になり、血管が収縮し、心拍数が増加し、1回の心拍出量も増加し、それらによって血圧が上昇し、闘争or逃走モードに傾くことになります。
 逆に、呼気時は伸展受容器からの信号が減弱しますから、上述のあらゆることが逆になります。即ち、血管が拡張し、心拍数が減少し、1回の心拍出量も減少し、血圧が低下し、休息or充填モードへと切り替わることになります。
 呼吸の回数も大きく影響し、図に示されているのは、健康な被験者に普通に呼吸してもらった場合です。これよりも、呼気時間(息を吐いている時間)を長くすると、更なる血管拡張と血流量の増加が見込まれます。その理由は、血中の二酸化炭素濃度が高まるほど血管が拡張し、それに伴う一酸化窒素濃度の高まりも血管拡張に働きます。更には、血中の二酸化炭素濃度が高まるほど、ヘモグロビンから酸素が切り離される率が高まります。
 従って、ゆっくりと息を吐くことによって一度このような状態を作り、その後に速やかに酸素を取り込んでやれば、その酸素が直ぐに組織内へと供給されることになります。要するに、酸素を速やかに届けようと思うのなら、その前に血中や組織内の二酸化炭素濃度を高めておく必要があるということになります。
 
 心身が最もリラックスした状態を作ろうと思うならば、8秒かけてゆっくりと息を吐き、2秒かけて速やかに息を吸うことを、何回か繰り返すことです。副交感神経優位が8秒間、交感神経優位が2秒間の割合になりますから、全体として副交感神経優位へと傾くことになり、血管拡張、心拍数減少、血圧低下、過剰ストレスが緩和されることになります。因みに、今以上に血管拡張しては困る場合(片頭痛の場合など)は、息を吸う時間と吐く時間の割合を逆転させてください。
 このように、呼吸を意識的に変化させることで、極めて手軽に自律神経の働き具合を変化させることが出来ますので、ぜひご活用ください。

 
執筆者
清水隆文

( stnv基礎医学研究室,当サイトの keymaster )
世間一般では得られない、真に正しい健康/基礎医学情報を提供します。

stnv基礎医学研究室をフォローする
人体のメカニズム
スポンサーリンク
この記事をシェアする([コピー]はタイトルとURLのコピーになります)
stnv基礎医学研究室
タイトルとURLをコピーしました