〝カルニチン(L-カルニチン)〟という物質は、各種のサプリメントをご愛用の方や、栄養学系または医学系の方などには知られていますが、それ以外の多くの方にとっては馴染みが薄いことと思われます。その最大の理由は、少なくとも高等学校までの教科書には出てこないからだと言えるでしょう。しかし、場合によっては不足する可能性があることと、不足していなくても充分量を摂取することによって特定の生理的効果が得られることが確認されていますので、その全貌を知っておくことが必要だと言えます。
上述の「場合によっては不足する」の「場合」とは、日常的に植物性の食品のみを摂っている人がその典型例になります。なぜかと言いますと、カルニチンという物質は、草食動物の肉に多く含まれていますが、植物には極微量にしか含まれていないからです。
では、食材100g中に含まれているカルニチンの量を見てみることにしましょう。最も多く含まれているのは上述のように草食動物の赤身の肉で、ヤギ肉:約220mg、ラム肉(子羊肉):約190mg、鹿肉:約120mg、牛肉:約120mgといったところです。非草食動物では含有量は少なくなり、豚肉:約27mg、鶏肉:8mgです。魚類ではマグロ:3.4mg、鮭:3.1mgとかなり少なくなり、植物では極微量となります。
次に、私たちの体はどれぐらいの量のカルニチンを必要としているかですが、厚生労働省によりますと、1日におけるカルニチンの必要摂取量(栄養素として経口摂取するべき量)は200mgであり、摂取目安量は1,000mg(=1g)とされています。要するに、200mg/日~1,000mg/日の範囲内にあれば問題は生じないと言えるでしょう。それは即ち、200mg/日を下回るとカルニチン不足となり、種々の悪影響が出てくるということです。
従いまして、いわゆる最低限の量である「必要摂取量200mg/日」を摂るためには、牛肉ならば1日に200g程度を食べる必要があるということになります。そのため、菜食主義者の方々ではカルニチンが不足することになりますから、不足分はサプリメントによって補い続けなければならないことになります。因みに、市販されているサプリメントは1錠中に500mg配合されているものが主流になっていますので、ベジタリアンの方であれば、その1錠を毎日飲めば良いということになります。
次に、たとえ200mg/日を摂っていたとしても、それでは不足してしまう場合がありますので、それについて見てみましょう。
一つは、特に運動強度が高いほど尿中へのカルニチンの排泄量が増加しますので、その分だけ余分に摂らなければならないことになります。アスリートであれば、カルニチンのサプリメントは必須だと考えて結構です。
もう一つは、体内でアミノ酸のリジンとメチオニンからカルニチンが生合成されるのですが、それに関わる酵素において、ビタミンC、鉄、ビタミンB6、ナイアシンが必要になります。従いまして、それらの栄養素が不足していると、カルニチンの生合成量が減少することになります。ただ、カルニチンの生合成量は多くても20mg/日程度であるとされていますので、もちろんそれだけに頼ることは出来ませんので、食事やサプリメントによって補給することが必須だということになります。
或いは、ファスティング(断食)をする場合も、その期間には食事によるカルニチンの補給が無くなるわけですから(牛肉などは食べませんから)、サプリメントとしてカルニチンを摂らない限り、貯蔵脂肪の利用が進まないことになります。
この話を発展させるために、カルニチンの働き方を大雑把に見てみることにしましょう。掲載した図(高画質PDFはこちら)の右上に、カルニチンがどのように働くのかの図があります。要点だけを簡単に言いますと、カルニチンは、体が(細胞が、ミトコンドリアが)長鎖脂肪酸をエネルギー源として用いる時(例えばファスティング時に体の貯蔵脂肪が用いられるとき)、その中間代謝産物である脂肪酸アシルCoAをミトコンドリア内に運び込む時に必須となるのがカルニチンだということです。
もっと具体的に言うならば、それは図に示されている通りなのですが、脂肪酸アシルCoAに結合している大きな分子であるS-CoAが外れ、代わりにカルニチン分子が結合され、その状態でミトコンドリア膜を通過して内部に入る、ということです。
その後、ミトコンドリア膜を通過した脂肪酸アシルカルニチンは、再び脂肪酸アシルCoAに戻され、脂肪酸アシルCoAはβ酸化によってアセチルCoAに変換され、ATP生成に用いられることになります。
従いまして、ファスティング時には平常時よりも多くのカルニチンを補給しなければ、ファスティング時に大量に遊離してくる長鎖脂肪酸を満足にエネルギー源として利用できない、ということになります。もし摂らなければ、血中脂肪酸濃度がどんどん高まっていくことになり、体はエネルギー不足気味で気分が悪くなったり、目的とするファスティングの効果を得ることが難しくなります。
なお、この件を含めたファスティング時の注意点につきましては、『リスクを回避しながら断食(ファスティング)を行う方法』や、『痩せるためにファスティングを行う場合の注意点と戦略』などをご覧ください。
その他、冒頭に書きました「不足していなくても充分量を摂取することによって特定の生理的効果が得られること」についてですが、カルニチンにはアルツハイマー病の初期症状を改善させたり、高齢者の気分変調や抑うつ症状を軽減させたり、認知機能や記憶力を改善させる効果も報告されています。
その機序は、体内に存在するカルニチン(約20g)のうちの約1割は、アセチル-L-カルニチンの状態で存在しています。そして、アセチル-L-カルニチンは血液脳関門を通過して脳内に到達し、アセチルコリンの量を増加させる、というものです。もう一つは、カルニチンは、ミトコンドリアの膜を安定化させて、過剰なアポトーシス(細胞死)を抑制することです。
高齢者の場合、平均的には肉の摂取量が少なくなっていることや、サプリメントを利用している人が少ないことも、カルニチン不足による脳の機能低下を加速させていると考えられます。だからこそ、高齢になるほど、カルニチンの摂取量が適正範囲を下回らないように充分に注意すべきだということになります。