今回は、前回の記事(『痛いところに手を当てる理由』)の続きになります。なお、その記事中に「遠赤外線は、種々の受容体を介した生体反応によって、損傷した組織の治癒を促進させます」と書きましたが、今回はそのお話になります。
ヒトの体からも遠赤外線が放射されていて、もちろん手の平からも放射されていますので、それを皮膚に当てると、皮下へと遠赤外線が進行することになり、様々な効果が現れることになります。また、皮膚に手の平をくっ付けていると、皮膚表面からの放熱が手によって妨げられますので、その部位の温度は何十秒~数分後にはもう少し高まることになり、治癒効果が高まることになります。
では、もっと多量の遠赤外線を皮膚に当てる方法はないのかと言えば、それは例えば遠赤外線を放射する医療機器を使う方法があります。医療機関に置いてある遠赤外線治療器は、可視光線は発しないようになっていますから発熱体の部分は赤く光りませんが、遠赤外線が確実に放射されていますから、それに当たると温かさを感じることになります。
もっと手軽な物はないのかと言えば、家庭で使われる暖房器具のうち、発熱する部分が外部に露出している暖房器具、例えばストーブや遠赤外線ヒーターなどと呼ばれるものがその典型例となります。昔であれば、囲炉裏や火鉢(炭火)、焚火などが典型例になります。
一方、遠赤外線を直接的に放射しないのはエアコンやファンヒーターの類であって、発熱する部分が機器内部にあって、そこに空気を当てて温風を吹き出す仕組みになっているものです。これらの普及は、現代人から怪我や病気の治療手段の一つを奪ってしまうことになりました。
では、遠赤外線の治療効果の一つとして、どのようなメカニズムで損傷した組織の治癒を促進させるのかについて見ていくことにしましょう。〝損傷〟と呼ばれるものには様々なものがありますが、遠赤外線を直接的に照射することが可能なものとして、皮膚の損傷を挙げることができます。それは即ち〝創傷(そうしょう)〟であり、日常的に起こしやすいものとしては、〝擦り傷〟や〝切り傷〟が典型例でしょう。ただ、ヒトに創傷を負わせて実験することは許されませんので、ラットに犠牲になって頂いて行われた実験の結果がありますので、それを紹介することにします。
掲載した図(高画質PDFはこちら)の左上にイメージ図を載せましたが、このようにラットの皮膚に人為的に創傷を作り、遠赤外線を照射した群と、対照として一般的な光を照射した群とで、治癒していく速さ(治癒までの早さ)が比較されました。その結果が、図の右上のグラフに示されています。
グラフを見て明らかなように、創傷治癒の早さは、遠赤外線を照射した群において有意に早くなりました。例えば、遠赤外線を照射しなかった場合(一般的な光を照射した場合)、創傷部分の面積が0.3平方センチメートルになるまでに7日掛かっていますが、遠赤外線を照射した場合には同様の面積まで縮小するのに4日しか掛かっていません。これは、かなりの治癒促進効果であると言ってよいのではないでしょうか。
そこで、同研究において、治癒が促進されるメカニズムについて様々な観点から追及されました。その結果として、途中経過や詳細は割愛しますが、左下の図に描かれているような結論が得られました。即ち、遠赤外線は、Notch1 というシグナル伝達経路を刺激することによって、ケラチノサイトの移動と増殖を促し、その結果として創傷治療が促進される、ということです。なお、ケラチノサイトとは、皮膚の表皮層を構成する細胞のことです。
この研究結果が有意義である理由は、損傷した組織を遠赤外線が加温することによって治癒が促される…、という機序ではなくて、温度に関係の無い機序によっても治癒が促進されることが確認できたことです。言い方を変えるならば、遠赤外線が治癒を促進するメカニズムには、組織の加温による治癒促進効果はもちろん存在するでしょうが、それ以外にも、細胞に備わっている受容体に遠赤外線が直接的に働きかけることによって治癒が促進される、というメカニズムも存在していることです。
以上のことは、次のことを意味しているわけです。それは、私たちが日常的に使用する暖房器具として、エアコンやファンヒーターのように温風が出て部屋を暖める暖房器具では、上記のメカニズムの恩恵が得られないことです。何故なら、遠赤外線が直接的に放射されない暖房器具だからです。もちろん、温度の有るものからはそれなりの遠赤外線が放射されているわけですが、炭火やストーブから放射される遠赤外線の強度に較べると桁違いに弱いわけです。従いまして、赤外線ヒーターやストーブに当たっていれば治っていたものが、エアコンを使っていたためになかなか治らない…、ということが現実に起こっているわけです。
太古から、人類は昼間に怪我をしたとしても、夜は焚火をして強い遠赤外線を浴びていました。だからこそ、また次の日もまた元気で活動が出来たのでしょう。上記の他にも、温度(体温)上昇による治癒促進メカニズムもありますし、近赤外線や赤色光の治癒促進メカニズムも合わさり、相乗効果が生まれます。それらの詳細につきましては、稿を改めて紹介させていただきます。