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肺にも免疫系によって選ばれた微生物が居て健康を支えている

肺にも免疫系によって選ばれた微生物が居て健康を支えている

◆ はじめに
 これまでの記事におきまして、私たちは腸内細菌叢や皮膚表層の生態系について見てきました。これらの微生物生態系は、単に“そこにいる”のではなく、免疫や代謝、炎症の制御など、健康の基盤を静かに支えていることを確認したわけです。
 そして今回取り上げるのは、肺の微生物叢(肺のマイクロバイオーム)です。かつては「無菌」と考えられていた肺にも、実は微量ながら多様な微生物が存在し、免疫と対話しながら肺の恒常性を保っていることが分かってきました。
 では、腸や皮膚とは異なる、“低密度で動的な生態系”としての肺を見ていくことにしましょう。

◆ かつて、肺は「無菌の臓器」と考えられていた
 肺は長い間、「無菌の臓器」と信じられてきました。これは、当時の研究手法では肺から微生物を検出できなかったことに加え、肺そのものが“微生物の定着を許さない構造”を持っていると考えられてきたからです。もちろん、私たちは呼吸のたびに空気中の細菌やウイルスなどを吸い込んでいるのですが、それらが肺胞に定着する前に、通常は複数の防御機構によってほぼ完全に排除されます。
 なお、複数の防御機構とは次のようなものです。鼻腔では粘液と鼻毛が外界の微生物を捕捉し、咽頭では粘液に絡め取られた微生物が唾液とともに飲み込まれます。更に、気管や気管支では線毛運動が常に働き、侵入した微生物を上方へ押し戻し、肺の奥へ進ませないようにしています。咳反射もまた、異物を強制的に排出する強力な仕組みです。それでもごく一部の微生物は、線毛の無い呼吸細気管支や肺胞に到達しますが、そこには“肺胞マクロファージ”が待ち構えていて、侵入した微生物を迅速に貪食します。その他にも、肺胞上皮細胞から抗菌ペプチドや、抗菌作用を持つタンパク質(SP-A, SP-D)が分泌されます。このような多層的な防御によって、肺は微生物が“定着”しにくい環境になっているのです。
 しかし近年、培養を必要としない遺伝子解析技術が進歩したことによって、肺にも微量ながら細菌・ウイルス・真菌が存在し、免疫と相互作用しながら肺の恒常性を支えていることが明らかになってきました。

◆ 肺にはどのような微生物が棲んでいるのか
 肺に存在する微生物は、大きく分けて次の3つのグループに分類されます。
【1】細菌(bacteria)
 肺で検出される細菌の多くは、StreptococcusPrevotellaVeillonella など、もともと口腔に多い細菌です。これは、肺の微生物が“肺独自の細菌”ではなく、口腔・咽頭から流れ込んだ細菌が中心であることを示しています。
 そもそも肺は、腸のように微生物が大いに増殖できる環境ではありません。その理由は、肺の中は酸素濃度が高い、栄養条件が整っていない、比較的乾燥し易い、マクロファージが常に巡回している、増え過ぎれば抗菌ペプチドや抗菌作用を持つタンパク質が分泌される、という条件だからです。ただ、低密度で存在することは可能であって、その場合、存在できる細菌の種類は、免疫寛容によって限定されたもののみになるのが基本となっています。
 因みに、上記は健全な肺の場合ですが、不健全な肺では細菌の種類や数が許容範囲を超えて増える場合があり、結果として免疫反応が亢進されて、肺が“炎症”を起こすことになります。いわゆる“細菌性肺炎”になるわけですが、全肺炎のうちの15~30%ぐらいが、この細菌性肺炎であると見積もられています。この炎症も、細菌の過剰増殖を抑えるメカニズムの一つですので、問題が解消すれば、免疫に許された細菌だけが低密度で存在する状態に戻ることになります。

【2】ウイルス(virome)
 肺には、多くの場合、アデノウイルス、パルボウイルス、ヘルペスウイルスなど、いわゆる“常在ウイルス”が微量に存在します。これらは免疫系に“常在”として認識されているため、攻撃されることなく、むしろ免疫の恒常性維持に関わっている可能性が指摘されています。
 ウイルス叢(virome)は、呼吸器の免疫反応を調整する重要な要素であり、近年特に注目されている領域です。

【3】真菌(fungi)
 CandidaAspergillus などの真菌が、肺に微量に存在することもあります。これらもまた、免疫系によって厳密に制御されており、過剰に増殖しない限り、肺の恒常性を乱すことはありません。

 以上、これらの微生物は、肺胞に“定住”しているというより、外界・口腔・鼻腔から流入し、免疫によって選別されながら存在していると考えるほうが正確です。肺は、微生物が繁殖する場所ではなく、微生物が常に出入りしながら、免疫と静かに対話する“通過型の生態系”だということです。

◆ 肺の微生物はどのように健康を支えているのか
 肺に存在する微生物は、単に“そこにいるだけ”の存在ではありません。むしろ、肺の健康を保つために、免疫系と絶えず対話しながら働いています。肺は微生物が繁殖しにくい環境でありながら、微量の細菌・ウイルス・真菌が存在することによって、免疫のバランスが整えられています。そこで、肺の微生物が果たしている3つの主要な役割について見ていくことにします。

① 免疫の過剰反応を抑える(免疫の“教育”)
 肺に存在する常在微生物は、免疫系に対して「これは攻撃しなくてよい」という情報を与えています。これは、腸内細菌が腸の免疫を教育しているのと同じ仕組みで、肺でも同様の“免疫寛容”が働いています。
 この仕組みがうまく働かなくなると、免疫が本来攻撃しなくてよい刺激にまで反応してしまい、次のような過剰炎症、即ち、喘息、COPD(慢性閉塞性肺疾患)、アレルギー、過剰な炎症反応などが起こってしまいます。
 要するに、肺の常在微生物は、免疫の暴走を防ぐ“静かな調整役”として働いている、ということになります。

② 病原体の侵入を防ぐ(競合排除)
 肺に微量の常在微生物が存在することによって、外部から侵入した病原体が増殖し難くなります。これは、腸や皮膚と同じく、“生態系としての防御”が働いているためです。常在微生物が占めている場所には、病原体が入り込み難く、また、常在微生物が産生する代謝物や免疫刺激によって、病原体の増殖が抑えられます。
 肺は低密度の生態系ではありますが、その“わずかな存在”が、病原体の侵入を防ぐ重要なバリアになっているということです。

③ 肺の恒常性を維持する
 肺は呼吸器ですので、呼吸によって常に外界と接していることになります。そのような部位にて免疫が過剰に反応してしまうと、呼吸機能そのものが損なわれてしまいます。そこで、肺の常在微生物は免疫の“過不足”を調整し、炎症が必要以上に高まらないように働いています。特に、ヘルペスウイルスなどの常在ウイルスは、免疫系の基礎的な活性を保つ役割を担っている可能性が指摘されており、肺の恒常性維持に関わっていると考えられます。

◆ まとめ
 肺は無菌ではありません。口腔・鼻腔・自然環境という三つのルートから流入する微生物によって、肺のマイクロバイオームが形づくられています。これらの微生物は、肺の内部で大いに増殖するわけではなく、外界から絶えず供給されながら、免疫系と静かに対話し、免疫寛容によって許された微生物が主として残り、肺の健康を支えています。
 免疫系に選ばれて存在している細菌・ウイルス・真菌は、免疫の過剰反応を抑え、病原体の侵入を防ぎ、炎症レベルを適切に保つという、重要な役割を果たしています。

 
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