~運動するのなら〝有酸素運動〟ではなく〝低酸素運動〟が良い~
夏休みになると、海や山に出かける機会が増えることでしょう。また、やがて訪れるであろう秋には、行楽として低山巡りをされる方も増えることでしょう。そのような時、意識しておくと良いと思われることがあります。それが、「酸素制限は健康寿命を延長する」ということです。また、サブタイトルとして掲げておきたいのが「運動するのなら〝有酸素運動〟ではなく〝低酸素運動〟が良い」ということです。
世間では一般に、酸素は健康維持にとって極めて大切なものである、と認識されていることでしょう。しかし、私たちが酸素を要求する場面は、たったの一つです。それは、ミトコンドリアにおいてATPが作られるとき、ATP合成酵素を回転させるためのプロトン(H+)が作り出されるわけですが、それまでプロトンの相手をしていた電子(e–)が余ってきますので、酸素はこれを処理するための電子受容体として使われるに過ぎません。
具体的に言いますと、ATP合成酵素を回転させながらミトコンドリア内膜の内側に流入してきたプロトンは、事前に分離されて電子伝達系を渡り歩いてきた電子と合体させることによって、元の電気的に安定な状態に戻される必要があります。それだけならば水素が生じるわけですが、この時に酸素を加えて水を作る、という仕組みが好気性細菌の誕生と共に構築されました。
水は、タンパク質をはじめとした様々な生体分子を溶け込ませたり、生化学反応を行うときの溶媒として用いなければなりませんから、ミトコンドリアや細胞が生命活動を行うために必須のものです。そのため、水素を作って終わりにするよりも、水にまでして終わった方が生きるために便利です。また、地球上に増えてきた有害な酸素を有効利用する方法としても、酸素を用いることが好都合だったわけです。
要するに、私たちがエネルギーを得ている方法は、酸素を使った燃焼ではありません。よく、「脂肪を燃焼させる」などというフレーズが使われたりしますが、燃焼などしません。もし、解り切ったように平気で「脂肪を燃焼させる」などと書いている文章を見たならば、それは素人さん(いわゆるライターさん)が書いてらっしゃると判断して間違いはありません。
酸素は、その程度のものであることに加えて、活性酸素種発生の元になりますので、あくまで最低限を体内に入れることが理想となります。あなたが100mメートルを全力疾走するときも、酸素は使いません。このような運動は「無酸素運動」なのですから…。
さて、本題に移りますが、掲載した図(高画質PDFはこちら)の左側に示しましたのは、男性で123歳まで生きられたカルメロ・フロレスさんと、その居住地であるボリビアのフラスキアという村の一風景です。この地の標高はおよそ4,000メートルで、酸素濃度は日本の平均の約6割しかありません。この低濃度酸素の環境が、この地域に住む人々の健康長寿の要因の一つだということです。
次に、図の右上のグラフを見ていただくことにしましょう。この実験には、速く老化して寿命の短い老化モデルマウス、即ち、Ercc1Δ/-マウスが用いられています。老化研究によく用いられていますので、他のデータも多くあって、解析や考察がしやすいわけです。そして、通常の酸素濃度である21%のケージ内で育てた場合と、標高5,000m相当する酸素濃度である11%を保ったケージ内で育てた場合が比較されました。その結果、11%で育てた場合には、寿命がおよそ50%延長されました。
結局、普通に酸素が在るだけでも寿命が短くなるわけですから、最悪なのは〝酸素カプセル〟などという高濃度酸素の環境に身を置くことです。また、普通の酸素濃度であっても、頑張って〝有酸素運動〟をすることが寿命を縮めることになるわけです。その最大の原因は、より多くの活性酸素種を作り出してしまうことです。
次に、右下の写真を見ていただきましょう。これは海女さんが海に潜っている場面なのですが、当然のことながら、潜っている間は酸素を吸えないわけですから、潜る時間が長くなるほど体内の酸素濃度が低下していきます。引き換えに、体内の二酸化炭素濃度が高まっていくことになります。そして、広く知られていますように、海女さんの平均的な血管年齢は、それ以外の職業の人に較べると10歳以上若いということです。魚介類摂取によってω3系脂肪酸やタウリンなどの摂取量が多いことも抗老化に働いていると考えられますが、低酸素の環境も抗老化に大いに効いていると考えられるわけです。
水の抵抗はかなり大きいですから、数メートル潜って獲物を摂ることは相当な運動になります。また、肺に一杯空気を入れたままだと素早く潜れませんから、ある程度息を吐く必要があります。コツとしては、心拍数を落として肺の残気中の酸素使用率を減らす必要がありますから、写真にも写っていますように、ゆっくりと息を吐きながら潜って副交感神経優位を導くようにします。
なお、水面に上がった時も、肺の残気中に溜まった二酸化炭素を急に吐き出さないように、小刻みに呼吸を再開していきます。このように二酸化炭素濃度を高めた状態で呼吸を再開することは、新たに入ってきた酸素を組織中においてヘモグロビンから切り離しやすくするためです。なお、二酸化炭素の重要性につきましては『細胞にとって二酸化炭素は極めて大切』にて述べていますので、必要に応じてご覧ください。
結局、この体力と時間を使う潜水は、決して〝有酸素運動〟ではありません。〝無酸素運動〟は言い過ぎですので〝低酸素運動〟と言うのが適切だと思われます。或いは〝低酸素持久運動〟とも言えるでしょう。
以上のように、〝酸素制限〟をすることは健康長寿を実現するための大きな秘訣だと言えます。日頃から、余分な酸素を摂り込まない習慣を身に付けたいところです。