◆ はじめに
健全な皮膚の表面には、皮脂や汗から成る層が存在していますが、その層の内部には莫大な数の常在細菌の他、常在真菌や常在ウイルスも存在しています。これらによって形成される層は「皮膚表層生態系(skin surface ecosystem)」とでも呼ぶべき、極めて精巧かつ重要な層なのです。それにも拘らず、現代人は、それを洗剤で洗い流そうとしたり、殺菌剤などで微生物群を駆除しようとします。そのせいで、バリア機能が維持できなくなったり、炎症が抑制できなくなったり、病原体を排除できなくなったりしています。要するに、良かれと思って使っている石鹸、化粧料、殺菌剤、消毒薬などが、多くの皮膚トラブルを招いているわけです。
そこで今回は、皮膚表層生態系が不健全になったときに起こりやすい皮膚トラブルを整理し、その背景にある仕組みを見ていきたいと思います。
なお、用語の整理をしておきますが、巷で一般的に使われている「皮膚常在細菌叢(スキン・マイクロバイオーム)」は“細菌”だけに着目した語ですし、「皮脂膜」「ケミカル・バリア」は“物質”に着目した語です。今回の記事では、“各種の微生物”と“物質”の双方によって成り立っている層を扱いますので、それを“皮膚表層生態系”という語で表すことにします。
では、タイトルに示しましたように、皮膚表層生態系の不健全さが原因で起こりやすい皮膚トラブル・ベスト10を紹介していくことにします。
◆ 1位:乾燥肌(ドライスキン)
皮膚表層生態系が不健全な状態になった時に、最も早く表れるのが乾燥肌(ドライスキン)です。では、乾燥肌になるまでの経過を具体的に見ていくことにしましょう。
そもそも、皮膚常在菌(特に表皮ブドウ球菌Staphylococcus epidermidis)は、自ら「天然の保湿クリーム」を作り出す役割を担っています。そのステップとしましては、先ず、皮膚常在菌が肌の表面にある皮脂や汗の成分をエサとして食べます。次に、皮脂を分解する過程で、強力な保湿成分となる“グリセリン”と“脂肪酸”を排出します。このグリセリンが肌の水分を抱え込んで保湿の役割を果たし、脂肪酸が肌を弱酸性に保つことによって有害細菌の繁殖が防がれているわけです。言い換えるならば、皮膚表層生態系が健全な状態であれば、保湿クリームも殺菌剤も要らないわけです。
また、例えば表皮ブドウ球菌が適切な数になるまで増えるためには、皮脂や、汗に含まれる成分(乳酸やミネラルなど)だけでなく、角質細胞由来の各種アミノ酸や、他の種類の常在細菌によって排出される各種のビタミンも必要です。従いまして、健全な皮膚表層生態系が形成されるためには、皮膚表面に、皮脂、汗、古くなった角質細胞(いわゆる“垢”)、多くの種類の皮膚常在微生物や、それらの代謝産物も必要だということです。
しかし、石鹸や殺菌剤の使用、洗いすぎ、垢すりなどによって、皮膚表層生態系が乱されたり剝がされたりすると、次のようなことが起こります。それは即ち、皮膚表面のpH上昇、グリセリンなどの保湿因子(NMF)を作る細菌の減少、角質層の水分保持力の低下が起こり、乾燥肌(ドライスキン)になってしまう、ということです。
◆ 2位:かゆみ(皮膚の知覚過敏)
皮膚表層生態系が乱れると、角質層の構造が不安定になり、外界からの刺激物が容易に侵入するようになります。その結果、皮膚表面に張り巡らされている知覚神経が刺激されやすくなり、わずかな刺激でも「かゆみ」として感じられるようになります。
また、皮膚常在菌の一部が減少すると、黄色ブドウ球菌などの有害細菌が増殖しやすくなり、それらが産生する物質が神経を刺激して、かゆみを更に悪化させます。洗いすぎや殺菌剤の使用が多い方に、特に多く見られる症状です。
◆ 3位:湿疹・皮膚炎(特に手湿疹)
皮膚表層生態系が損なわれると、角質層の微小な傷からアレルゲンや刺激物が侵入しやすくなり、炎症性サイトカインが上昇します。その結果、赤み、湿疹、皮膚炎といった症状が現れます。
特に手指は、石鹸・洗剤・アルコール消毒に触れる機会が多いため、皮膚表層生態系が破壊されやすく、手湿疹が慢性化しやすい部位です。
◆ 4位:アトピー性皮膚炎の悪化
アトピー性皮膚炎では、皮膚表層生態系のバランスが大きく崩れ、表皮ブドウ球菌(Staphylococcus epidermidis)が減少し、黄色ブドウ球菌(S. aureus)が優位になります。
黄色ブドウ球菌は皮膚を弱アルカリ性に傾け、炎症を持続させる毒素を産生するため、症状が悪化しやすくなります。これには、皮膚表層生態系の“勢力図の書き換え”が背景にあるわけです。
◆ 5位:ニキビ(尋常性ざ瘡)の悪化
ニキビは「菌が多いから起こる」のではなく、「菌のバランスが崩れる」ことが原因です。Cutibacterium acnes(旧Propionibacterium acnes)は本来、皮脂を分解して弱酸性環境を保つ重要な常在菌ですが、皮膚表層生態系が乱れると、この菌の働きが不安定になり、炎症性ニキビが増えやすくなります。
洗いすぎや乾燥によって皮脂の質が変化することも、ニキビ悪化の一因です。
◆ 6位:赤み・ほてり(炎症性紅斑)
皮膚表層生態系が健全な状態では、常在菌が産生する抗炎症物質が皮膚を落ち着かせています。しかし、この生態系が乱れると、外界の刺激に対して皮膚が過敏に反応し、赤みやほてりが生じやすくなります。
いわゆる“敏感肌”と呼ばれる状態の多くは、皮膚表層生態系の不健全さが背景にあります。
◆ 7位:かぶれ・接触皮膚炎
皮膚表層生態系が損なわれると、化粧品、洗剤、金属、香料などの刺激物が直接角質層に触れやすくなり、炎症が起こりやすくなります。
“アレルギー体質だから”と誤解されがちですが、実際には皮膚表層生態系の破綻が原因であることが少なくありません。
◆ 8位:手荒れ(主婦湿疹)
石鹸やアルコール消毒によって皮脂膜が剥がれ、常在菌が消失すると、皮膚表層生態系が完全に崩壊します。その結果、角質層がむき出しになり、ひび割れ、赤み、痛みといった手荒れが生じます。
現代の“清潔習慣病”の代表例と言えるでしょう。
◆ 9位:傷が治りにくい
皮膚常在菌は、抗菌ペプチドの産生を促したり、皮膚再生のシグナルを整えたりする役割を担っています。皮膚表層生態系が乱れると、これらの働きが弱まり、傷の治癒が遅くなります。
常在菌は、皮膚の修復にも深く関わっているのです。
◆ 10位:病原体の付着・感染リスクの増加
皮膚表層生態系が健全な状態では、常在菌が病原体の付着や増殖を抑えています。しかし、この生態系が乱れると、黄色ブドウ球菌、A群レンサ球菌、各種ウイルスなどが皮膚に付着しやすくなり、感染リスクが高まります。
常在菌がいない皮膚は、病原体にとって“居心地の良い場所”になってしまうわけです。
◆ まとめ
皮膚表層生態系は、皮脂や汗といった物質的な層と、常在細菌・常在真菌・常在ウイルスといった微生物群が重なり合って形成される、極めて精巧な防御システムです。これらは単に皮膚の表面に付着しているだけの存在ではなく、皮膚バリアの維持、炎症の抑制、病原体の排除、さらには保湿機能の維持に至るまで、多層的な役割を担っています。
この生態系が損なわれたとき、皮膚は驚くほど脆弱になり、乾燥、かゆみ、湿疹、アトピーの悪化、手荒れ、感染リスクの上昇など、さまざまな皮膚トラブルが生じます。
皮膚を守るために必要なのは、過剰な清潔や強い洗浄ではなく、皮膚表層生態系という“生きた層”を乱さないという視点です。皮膚は物体ではなく、生態系としての連続性を持つ器官であることを、改めて意識していただければと思います。
