前回に、何にでも「適度」というものがある、というお話をしましたが、その一つとして「運動の量や強度」を挙げておきました。そこで、その詳細について見てみたいと思います。
何はともあれ、掲載した図(高画質PDFはこちら)の左上のグラフを見て頂きたいと思います。
縦軸は「生物学的年齢の加速程度(指標:GrimAge)」と和訳して付記しておきましたが、要するに、値が大きいほど老化が速く進んでいることを示しています。なお、指標にされている「GrimAge」を詳しく説明しようとすると、結構な文字数が必要になってきますので今回は割愛しますが、大雑把に言うならば、老化の指標としてDNAのメチル化の程度を測定するもので、老化が進むほど、望まれないメチル化が増える、という生物的現象を利用したものです。そしてこれは、後天的に生じるDNAの修飾ですので、「エピジェネティックな年齢」とか「エピジェネティック・クロック」などと呼ばれています。
横軸は「1日の歩数の平均」が採られています。これは、各被験者を一定期間調査して、その人の〝平均的な1日の歩数〟を示すことになります。
多数プロットされている点の一つ一つは一人の被験者を示していて、合計3,567人(平均年齢は55.5歳、年齢の範囲は30〜94歳、女性の割合は54.8%)の結果が示されています。
直ぐに結果を見てみることにしますが、全体の平均を示すカーブが青色の線で描かれています。なだらかではありますが〝U字曲線〟になっています。これは、1日の歩数が増えるにつれて(1日の歩数が多い人ほど)、ある歩数までは老化が抑制されることになります。しかし、その傾向には限界があって、ある歩数から更に増えると逆効果となり、老化が促進されることになる、というものです。
どのあたりが限界点なのか…? U字曲線の場合、縦軸の値が最も小さくなる、いわばグラフの底の部分を見てしまうかもしれませんが、数学的には〝変曲点〟の部分を探し求めていくことになります。変曲点というのは、要するに、曲がり方が変わる点なのですが、なぜ変わるのかというと、老化が促進される人が目だって増え始めるからです。即ち、全体としてはグラフがまだ下降傾向を示しているのですが、上向きの要素が強く入り初めることによってグラフの下降に急ブレーキがかかり、やがて上向きへと曲がりを変えようとしている点に該当します。そして、その変曲点は〝11,247歩〟であった、ということです。
ごく普通の言い方をするならば、1日に11,247歩までは、歩数が増えるほど老化が抑制されるが、11,247歩を超えると逆効果となり、老化が促進されることになる、ということです。
現実問題として、当然のことながら個人差は大きいでしょうが、平均してみれば、そのような傾向が見られるということです。〝何にでも「適度」というものがある〟の一例となります。
万歩計(歩数計)を活用している人は、それにて1日の歩数を知ることができるでしょうが、他の指標に換算してみることにします。図の左下に種々の換算結果を示しておきましたが、男女合わせた代表者して身長が165cmの人を採り上げるならば、その人の普通歩きの場合の平均的な歩幅は61cmだという調査結果があります。その人が11,247歩歩くと、総距離は61cm×11,247=686,067cm(約6.8km)となります。そして、6.8kmを歩くのに必要な時間は、のんびり歩けば1時間50分、普通に歩けば1時間30分、速く歩けば1時間となります。従いまして、1日にこれ以上歩くと逆効果になるということになります。
次に、図の右上のグラフを見て頂けますでしょうか。縦軸は一緒なのですが、横軸には「1日の身体活動量(MET・時×24時間)の平均」が採られています。そして、老化を抑制するための最適な活動量は〝34.7MET・時〟だという結果になっています。
なお、METというのはmetabolic equivalent(代謝当量)の略で、複数形として「メッツ(METs)」と呼ばれているものです。これは、安静時における酸素摂取量を3.5ml/kg(体重)/分(時間)の値を〝1MET〟として計算するものなのですが、体重が60kgの人で34.7MET・時がどれぐらいのカロリーになるのかを計算しておきました。それは即ち、2,186.1kcalになります。
従いまして、体重が60kgの人の場合、1日に2,186.1kcalまでの活動は老化を抑制することになりますが、それ以上になると老化を速めることになる、ということです。感覚的に想像しにくいかも知れませんが、大雑把に言えば、グラフから受ける感じのとおりであって、活動量が平均レベルよりも少しだけ多い場合に老化抑制効果が最も高くなる、ということになります。因みに、アスリートは過活動になります。
次に、右下のグラフに移ります。縦軸は一緒ですが、横軸には「1日における中~高強度運動の%の平均」が採られています。そして、老化を抑制するために最適なのは、中~高強度運動が1日のうちの5.9%である場合だということです。
これは、ウォーキングとして普通に歩く場合は運動強度が低いですから該当しません。従いまして、何分間かは速く歩いてみたり、階段の昇り降りなどを入れてみたり、筋力トレーニングなどを入れてみたりすることによって、5.9%ほどにする必要があります。
巷では「1日に1万歩以上歩きましょう」などと言われていますが、上限が明示されることはめったにありません。上述しましたように、何事にも「適度」というものがあるわけであり、歩く場合の上限とも言える11,247歩は目前に迫っていますから、ご注意ください。