ブドウ糖を絶てばがん細胞は死滅する?

ブドウ糖を絶てば がん細胞は死滅する?

 今日は、リクエストを頂いたテーマでのお話しになります。がん(癌)を治す方法に関することなのですが、「がん細胞の餌(エサ)はブドウ糖であるから、ブドウ糖を絶てば、がん細胞が死滅する(がんが消滅する)」というフレーズが根強く浸透していて、「そのため糖質制限や、ケトン食と呼ばれる食事をするのが良い」と思っている人が多いという現状があるようなのですが、実際にそれはどうなのでしょうか…?というテーマです。

 では、一緒に考えていただけるように、順を追って見ていくことにしましょう。先ず、がんの餌がブドウ糖であるという件についてですが、今日のところは詳細を割愛しますが、がん細胞は私たちの祖先にあたる細胞であって、非常事態を生き延びるために過去に培って封印していた遺伝子を解放させる細胞です。従いまして、もう何でも有りです。少なくとも、現代の私たちの各組織の細胞が使っているエネルギー源は全て利用することができます。
 たとえば、ブドウ糖(グルコース)をはじめとした糖、ピルビン酸や乳酸などのカルボン酸、各種の脂肪酸(短鎖・中鎖・長鎖)、グルタミンをはじめとしたアミノ酸、空腹や断食中に増えてくるケトン体などは、ごく当たり前に使います。更に、エンドサイトーシスと呼ばれる、アメーバなどが細胞膜を陥没させて餌を飲み込む行動によって、高分子のタンパク質や炭水化物をも細胞内に取り込んで消化し、エネルギー源にすることもできます。要するに、何でも有りなわけで、私たちの細胞は、それほど優れた能力を秘めているということです。
 結局、がん細胞はブドウ糖を餌にしているという件はどうなのかと言えば、それは大正解なのですが、ブドウ糖だけではないということです。がん細胞がブドウ糖を使っている理由は、そこにブドウ糖が在るからであって、無ければ別のものを使うだけです。因みに、ブドウ糖を使うメリットは、酸素濃度が低い悪環境になっても、いわゆる無酸素呼吸によるATP産生が可能である解糖系をフル活用できるからです。そして、ブドウ糖が無くなってくれば、上述した種々の物質、例えば脂肪酸やアミノ酸などの利用比率を増やすのみです。また、ファスティング(断食)してケトン体が増えてくれば、ケトン体の利用率を増やすのみです。こんな子供じみた栄養戦略でがんを治すことはできません。
 余談ではありますが、PETと呼ばれる装置にてがん細胞の有無をチェックするときに、放射性元素を組み込んだブドウ糖を取り込ませてがん細胞の存在を確認しますが、全てのがんがブドウ糖の取り込みを亢進させているわけではないので、PETで見えないがん細胞が存在します。掲載しました図(高画質PDFはこちら)の左上の図は、PETの原理を説明するときに使われているイラストで、「がん細胞はブドウ糖を多く取り込みますよ~」というアピールです。また、がん細胞を生み出している〝がん幹細胞〟は、通常は他の幹細胞と同様に平常を保っていますから、この方法で見分けることは困難でしょう。

 では、架空の話をします。即ち「がん細胞はブドウ糖しか利用できない」と仮定して、話を続けることにします。ブドウ糖は、血中に80mg/dL以上の濃度にて存在しています。もし、この濃度を下回りますと、図の右下に示した「低血糖の症状」が出てくることになります。従いまして、人が普通に活動できている場合は、血糖値が80mg/dL以上に保たれていることになります。そして、体内にがん細胞が在る場合は、この血糖が使われることになります。
 では、がん細胞を死滅させるためにブドウ糖を絶とうとする場合、どうすれば良いのでしょうか…?空腹を続ける?糖質制限食を続ける? もしそれをやったら、血糖値はゼロに近付きますか? ご存じのように、健常人であれば、そう簡単には基準値を下回らない仕組みになっています。しかし、ゼロにしなければ、ブドウ糖を絶つことにならないでしょう?!
 因みに、血糖値が基準範囲よりも少し下がっただけで、例えば70mg/dL以下になると、強い空腹感、冷や汗、動機、手の震え、脱力感、顔面蒼白、不安感、頭痛などが生じ、50mg/dL以下になると平常を保てないようになり、30mg/dL以下になると生命の危険に晒されるようになります。

 ブドウ糖を絶って、がん細胞を兵糧攻めにしたいという場合でも、上述の通り、血糖値を下げるわけにはいきません。また、低血糖で昏睡状態になってしまったとしても、血糖値は30mg/dL程度は在るわけであって、がん細胞はその血糖を利用できることになります。
 掲載した図に採り上げた著書の著者は、元原稿としては、おそらく「がん細胞をピンポイントで兵糧攻め…」と明言しているわけで、それはがん組織の部分のみ、ブドウ糖を絶つことができれば良い…という内容だったと思われます。そうすれば、全身が低血糖にならずにがん細胞だけを死滅させることが出来るかも知れません、ということです。ただし、実際には、がん細胞はブドウ糖以外を利用しますので、ブドウ糖を絶つだけでは死滅しませんが…。
 この手の本は何種類も存在していますが、本というのは出版社の利益を目論むものですから、事実をそのまま書くことは稀です。多かれ少なかれ、買わせるためのバイアスが掛かっていますので、そのようなものを読んで信用してはいけません。くれぐれもご注意ください。

 更に本の質を悪くさせているのは「中鎖脂肪ケトン食」を載せていることです。もし、そうではなくて、がん組織に向かう血管を手術によって縛ってしまうことでブドウ糖が行かないようにするのであれば、それは実際に兵糧攻めになるかもしれません。ところが、食べ物で兵糧攻めができそうなことを匂わせてしまうからこそ、とんでもない誤解を与えてしまっているのです。
 がん細胞は、脂肪酸をも好んで利用しますし、ケトン体をも利用することは上述の通りです。ケトン食というものは、糖質の摂取を極力減らすとともに中鎖脂肪酸を多く摂取することによって体内にケトン体を多く作らせる食事になるのですが、これによって体は、アミノ酸からの糖新生を活発化させるため筋肉が痩せ、余剰になるアミノ基の処理によってアンモニア濃度が高まります。更に、血中脂質濃度も高まるため、循環器系疾患のリスクが高まることになります。更には、なかなか上がらない血糖値を全力でもって上げようとするため、コルチゾールを分泌する副腎が疲弊したり、エネルギー産生量を増やすための甲状腺ホルモンを分泌する甲状腺が疲弊して機能低下を起こしやすくなる可能性があります。
 
 結局、がんを消滅させようとするのであれば、ブドウ糖を絶っている場合ではありません。先ずは、組織液を奇麗にし、全身を健全な状態にしなければなりません。そのためには7大栄養素、即ち、<1>ファイトケミカルや機能性物質(タウリンも含む)、<2>食物繊維(水溶性および不溶性)、<3>ミネラル(特にMg,Zn)、<4>ビタミン、<5>タンパク質、<6>糖質、<7>脂質(特にω3系)の全てを不足することなく摂取することが大切だということです。「○○制限」などという話はあり得ません。

 
執筆者
清水隆文

( stnv基礎医学研究室,当サイトの keymaster )
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