かつて、世界には「ブルーゾーン(Blue Zone)」と呼ばれる“長寿地域”が存在しました(過去形です!)。例えば、フンザ、沖縄、巴馬(バーマ)、サルデーニャ島、イカリア島、ニコヤ半島、ロマリンダ、などがそうです。それらの地域には、100歳を超えても元気に暮らす人々が多く暮らしていて、長寿研究の中心として世界中から注目されてきました。即ち、“人類はどのように生きれば長寿になれるのか”を示す、いわば“生きたモデル”だったのです。しかし、それは、もはや過去のものとなってしまいました。
当時、その長寿を支えていた理由は、医療でも検査でもなく、生活そのものにありました。自然環境が豊かで、日常的に身体を使う生活をし、いわゆる伝統食を食べ、コミュニティが強く、精神的なストレスが少ない生活をしていました。そして、そのような“文明化されていない生活”こそが、ブルーゾーンの人々を長寿へと導いていました。しかし、今や、それらの地域は現代文明の影響によって変化し、長寿の特徴が急速に失われつつあります。
なお、現代文明とは具体的に、加工食品の流入、砂糖や精製炭水化物の急増、伝統食の消失、水質の変化、車社会化による歩行量の激減、観光化によるストレスの増加、睡眠の質の低下、宗教や文化的規律の弱体化、医療依存の増加などを指しています。これらはどれも文明がもたらした変化であり、ブルーゾーンの根幹を確実に蝕んでいきました。
また、若者の都市への流出も、長寿地域を崩壊させる理由として挙げることができます。一見すると、若者が減ることで長寿地域の特徴が保たれるようにも思えますが、実際には、若者がいなくなることで共同作業が成り立たなくなり、伝統食の生産量が低下して外部からの加工食品に頼りがちになり、高齢者の孤立やストレスも増え、医療依存も高まるからです。
では次に、地域別に変遷を見てみることにしましょう。
◆ 世界のブルーゾーンの地域別衰退データ
① フンザ(パキスタン)
20世紀には「奇跡の長寿村」と呼ばれましたが、道路整備と観光化で加工食品が流入し、伝統食が消失しました。また、車社会化で歩行量が激減し、コミュニティが弱体化し、医療依存が増え、長寿の特徴はほぼ消滅したとされています。
② 沖縄(日本)
かつて世界一の長寿地域として知られた沖縄は、米軍統治後に加工食品が大量に流入し、食文化が激変しました。歩行量は車社会化で激減し、肥満率は全国でも上位になりました。
また、若者の都市流出によってコミュニティが弱まり、“長寿県”から“短命化”が進む県へと転落しました。沖縄は、ブルーゾーンの崩壊例として最も象徴的です。
③ 巴馬(バーマ:中国)
「中国の長寿村」として世界的に注目されましたが、観光地化によって加工食品が流入し、伝統食が崩壊し、観光業への従事者が増えて歩行量が激減し、地域独特のコミュニティが弱まり、医療依存が増加しました。今では「ブルーゾーンだった場所」と呼ぶほうが正確になりました。
④ サルデーニャ島(イタリア)
「男性の長寿」で世界的に有名でしたが、観光産業の拡大により生活リズムが乱れ、車社会化への変化で歩行量が減少しました。また、若者が都市へ移住し、伝統的なコミュニティが弱体化しました。
⑤ イカリア島(ギリシャ)
「昼寝文化」や「ゆっくりした生活」で知られていた地域ですが、観光化によってストレスが増加し、加工食品が流入して伝統食が消失しました。また、若者の流出でコミュニティが崩れ、長寿の特徴が急速に薄れた地域となりました。
⑥ ニコヤ半島(コスタリカ)
ブルーゾーンの中では比較的、今も特徴が残っているほうですが、若者が都市へ移住するようになり、この地域も徐々に都市化が進み、加工食品の普及で伝統食が弱まり、歩行量も減少しました。
⑦ ロマリンダ(アメリカ)
ここは特殊で、セブンスデー・アドベンチストという宗教的コミュニティが生活習慣を守っているため、部分的にブルーゾーン的特徴が残存しています。ただし、地域全体ではなく“コミュニティ限定”であり、文明化の影響は確実に広がっています。
◆ 日本は文明化の悪影響を最も強く受けている
文明化の影響は、欧米よりも日本のほうが強く現れています。欧米は文明化が早かった分、そのデメリットにも早く気づき、食事・運動・睡眠・コミュニティといった生活習慣の改善に向けた対策を既に進めています。例えば、加工食品の規制、砂糖税、歩行量を増やす都市設計、睡眠教育、メンタルヘルス対策など、文明化の負の側面を抑える取り組みが社会全体で行われています。
しかし日本では、文明化が急速に進んだにもかかわらず、その影響を十分に認識できていません。加工食品の普及、砂糖や精製炭水化物の多い食生活、車社会化による歩行量の減少、コミュニティの弱体化、睡眠の質の低下などが顕著です。そして、前回の記事『健康診断は「任意」なのが世界標準――健康診断より健康教育が重要』で象徴されますように、「生活習慣より検査の数値が大事」という文化を改めることなく、生活習慣に対する教育も十分に行われていません。
言い換えるならば、ブルーゾーンが崩壊していった道筋を、今の日本全体が、そのまま辿っている最中だということです。
◆ 文明化の影響を受けない生活とは何か
では、文明化の影響を受けない生活とは、どのようなものなのでしょうか。それは決して「昔の生活に戻ること」ではありません。ブルーゾーンが示したのは、文明化によって失われた“健康の土台”を、現代の生活の中でどれだけ再現できるかという視点です。
現代の都市生活は便利で効率的なのですが、その一方で、自然環境・伝統食・身体活動・コミュニティといった“健康の土台”が不足しがちです。そして、文明化の影響を受けない生活とは、田舎に移住することだけではなくて、都会生活であっても不足している要素に気づき、それを意識的に補うことに他なりません。
例えば、自然環境が不足する都会では、植物が出すフィトンチッドや土壌細菌が不足するわけですが、休日には野山へハイキングに行ったり、部屋の中に自然の土を使った鉢植えを幾つか置くことで、ある程度は補うことができるでしょう。現代的な食事では、食物繊維、苦味成分であることが多いファイトケミカル・ビタミン・ミネラルなどが大いに不足しますが、食べる野菜の種類を増やすと共に、私がこれまでに沢山の記事にしていますような食材・野草・サプリメントを活用することで補えるでしょう。都会では生命信号(昆虫や鳥や哺乳類が発する音声、それに含まれる超高周波音のうち、何らかの意味を内包する信号成分)も不足するわけですが、公園や緑地を活用することで、ある程度の恩恵は受けることができるでしょう。日光が不足する生活では、意識的に太陽光を浴びる習慣をつけることが必要です。運動が不足する生活では、筋力トレーニングや歩行量を増やすだけでも身体活動の多くを取り戻すことができます。
一方で、現代において過剰になっているものも沢山あります。飲食物では、単純糖質、飽和脂肪、ω6系脂肪酸、リンやナトリウムなどの特定のミネラル、各種の食品添加物などがそれに当たります。食べ物に「美味しさ」を求めると、どうしてもこれらが過剰になり、上述したような必要な栄養素が不足してしまいます。
そうかと言って、例えば日本の昔の農村の食事にも足りないものが沢山ありますので、その人たちが比較的短命であった理由の一つがそれです。ですから、繰り返しますが、昔に戻るということではありません。現代に恩恵を受けている部分はそのまま維持し、不足しているものを補うことで理想的な暮らしになりますし、それを教えるための健康教育が必要なのです。
◆ おわりに
ブルーゾーンの衰退は、文明化が健康の土台を静かに奪っていく過程を示す“警告の記録”でした。そして、その道筋を今まさに辿っているのが日本です。
文明化そのものを否定する必要はありません。便利さや効率性は、現代の生活に欠かせない恩恵です。しかし、文明化によって不足したものを放置すれば、健康は自然には保たれません。
健康は、医療や検査によって与えられるものではありません。私たちがすべきことは、上述しましたように、文明化によって削られた“健康の要素”を知り、意識的に生活の中へ取り戻すことです。そして、そのことが周知徹底されるような、本当の健康教育をしていくことだと思います。
