カルシウムは昔も今も細胞にとって非常に危険な元素

カルシウムは昔も今も細胞にとって非常に危険な元素

 前回のお話は〝カリウム〟を主テーマにしたものでしたが、今回は〝カルシウム(calcium)〟へと話を進めて行きます。
 「カルシウムは大切だからしっかり摂りましょう」というフレーズは、けっして間違っているとは言えないのですが、これだけを鵜呑みにして頑張って摂ってしまうと、血管の石灰化・動脈硬化:、引き続き起こる心疾患や脳血管障害、泌尿器系結石、腎機能障害、他のミネラルの吸収阻害、高カルシウム血症など、とんでもない事態に陥ってしまいます。巷に流れている栄養情報には充分にご注意ください。特に、2価の陽イオンでありカルシウムと拮抗する関係にある〝マグネシウム〟の摂取不足の上にカルシウムを余分に摂ってしまったり(牛乳を沢山飲む行為も該当する)、或いは、体内の組織中でリン酸カルシウムの不溶物を作ってしまう相手である〝リン(リン酸)〟の多い食餌(食品添加物にリン酸化合物が多い)を摂ってしまうと、余分に摂ったカルシウムの上記弊害が、てきめんに現れてきますので、くれぐれもご注意ください。
 悲劇が起こる根本的な原因は、巷の栄養学がカルシウムの危険性を教えてこなかったことでしょう。また、その危険性というのは、私たちの祖先が40億年前にどのような葛藤をしてきたのかを知らなければ、その危険性を「何にでも反対する人がいるからなぁ~」とか、「そんなのはデマだろう」などと、受け入れずに聞き流してしまう人が大半となってくるわけです。それが、日本の現状でもあります。「カルシウム神話」がどのように作られてきたかなどの経緯を話すことは今日の目的ではありませんので、そのような機会があった時に別にご紹介します。それよりも、今日は、私たちの祖先がカルシウムにどのように苦しめられ、それをどのように解決しようとしてきたかについて、生命誕生の頃からのドラマを掻い摘んで見ていくことにしたいと思います。

 約40億年前に原始的な生命体が誕生しようとしていた頃、とりあえず必要であったことは、周囲との境界となる膜(細胞膜)を作ること、獲得した生きる方法を次に伝える遺伝の方法を獲得すること、生きるための代謝に用いるエネルギーを次々と生み出して利用する方法を獲得すること、などでした。
 このうち、遺伝の方法につきましては、今で言う〝RNA〟を用いようとしていました。また、エネルギーを次々と生み出し、それを様々な用途に使う方法として〝ATP(アデノシン三リン酸)〟を使う準備を進めていました。なお、ATPは、人間社会で言えば通貨に相当するもので、例えば原始生命体が無機物を利用する化学合成(硫化水素などの酸化、など)によってエネルギーを得た場合に、そのエネルギーをATP分子における〝リン酸の結合エネルギー〟の形で保存しておけば、そのATPに蓄えられたエネルギーを種々の生化学的反応の際のエネルギー源として使うことができるわけです。

 ここで、添付しました図(高画質PDFはこちら)の左上の〝RNA〟の構造を見ていただきたいのですが(スマホなど、1画面で読んでいただいている場合は後でも結構です)、オレンジ色の枠で囲んだ部分は〝リン酸〟になっていて、そのリン酸がヌクレオシドという単位を結び付けている、という構造になっています。このことは、RNAという分子を構築するためにはリン酸が大いに役立ったことを意味しています。
 また、その右側にATPの構造式を引用しましたが、リン酸基が3個つながっている様子を確認することができます。
 結局、私たちの祖先にあたる原始生命体が存続し、進化して私たちに繋がった背景には、当時の海水中には微量にしかなかった〝リン酸(リン酸イオン)〟に目を付け、それを有効利用したことが成功に繋がったのだと解釈できるわけです。なお、海底に在る熱水噴出孔を取り巻く構造物(チムニー)の微小孔内では、リン酸イオンの濃度が少し高まっていたであろうことが推測できますので、そのことが有利に働いたのであろうと考えられます。

 さて、問題は次のことです。それは、リン酸(PO₄)という分子は、カルシウムが存在すると、互いに結合して不溶性の沈殿物を生じてしまうことです。なお、添付しました図の左側の下方に、リン酸カルシウム(Ca₃(PO₄)₂)の構造モデルを示しておきましたが、膜で包まれた原始的細胞の内部にリン酸とカルシウムが共存した場合、このような不溶性の沈殿物を生じてしまうのです。
 因みに、現代のヒトでよく見られるのは〝異所石灰化〟です。例えば、動脈の壁の中層で異所石灰化が起こると、いわゆる中膜硬化となり、動脈そのものが本当に硬くなってしまう動脈硬化となります。その他にも、肺(肺胞壁)、腎臓、胃粘膜などの間質組織、関節周囲の軟部組織(腱・靱帯)、心臓(弁膜・心筋)、皮膚などでも異所石灰化が起こりやすく、腎不全の(透析に至る)リスクを高めることにもなります。要するに、摂ったカルシウムが、多くの人が期待するような骨の材料になるのではなく、上述のような組織で石灰化を起こしてしまうのです。
 更に、カルシウム濃度が高まることによって次のような問題も生じます。それは、カルシウムという元素はタンパク質の負電荷部位に強く結合しやすい性質があって、タンパク質の凝集や変性を起こしてしまうことです。なお、細胞ではなくて組織のレベルでのお話は、またの機会にさせて頂き、今日は細胞レベルのお話にします。

 前回記事のカリウムやナトリウムは1価の陽イオンになる元素ですが、カルシウムは2価の陽イオンになる元素です。カルシウムを細胞内から追い出してしまうと、2価の陽イオンが欲しい場合にどうするのかと言うと、それはマグネシウムを利用することです。従いまして、2価の陽イオンを必要とする代謝系を構築するのが良いと判断できる場合、カルシウムではなくて、マグネシウムを用いる方法を、原始の細胞は採用したということです。
 今日はマグネシウムについては深く触れませんが、マグネシウムの原子のサイズは、カルシウムのそれに比べて小さく、逆に、水和(水分子を周囲に集めて安定させる=溶けやすくなる)の半径が大きいため、リン酸と結合しても緩い結合に留まって沈殿せず、安定した可溶性複合体を形成できることが大きなメリットです。従いまして、原始の細胞から現代の私たちの細胞まで、ATPを使う場合には〝Mg-ATP複合体〟を作ることによってATPという分子を安定化させていますし、マグネシウムは非常に沢山の酵素の補因子として、および、多くの酵素反応において触媒としての機能を担うことになっています。これらすべて、私たちの祖先の原始細胞が構築してくれた生命の技(ワザ)だと言うことができます。

 その後の話になりますが、徹底的に追い出そう(排泄しよう)としたカルシウムですが、細胞内における濃度が薄まっていくほど、排泄効率が低下していきます。要するに、かなり薄めることは出来るのですが、完璧にゼロにすることは難しかったのです。その濃度は、添付しました表中にも表示していますように、細胞内のカルシウム濃度は0.0001mmol/L(100nM)という極低濃度に保たれるようになりました。そして、「どのような場合でも、何かに有効利用できないか?」と策を練るのが細胞の習性です。細胞は人間よりも相当賢いです。そこで、私たちの細胞もそうなのですが、超低濃度のカルシウム環境に、極僅かのカルシウムを流入させることによって、それを各種生命反応のスイッチとして使う技を編み出すことになりました。なお、この話は、機会があれば、そこで紹介することにします。

 では、今日の記事の、細胞レベルでのポイントを箇条書きにてまとめておきます。
◆原始の細胞は、生きる方法を後代に伝えるための遺伝情報分子としてRNAなどの核酸を使う準備や、エネルギー代謝を円滑に進めるためのエネルギー通貨としてATPを使う準備を進めていた。
◆RNA(およびDNA)やATPは、その構成分子として〝リン酸(PO₄)〟を使う必要があった。
その場合の問題は、リン酸はカルシウムと結合して不溶性の沈殿物を生じてしまうことであった。その代表であるリン酸カルシウム(Ca₃(PO₄)₂)は、条件によって、不定形の沈殿物を生じたり、結晶を生じたりする。
◆生命が誕生した約40億年前の海水には、1価の陽イオンになるナトリウムやカリウム、2価の陽イオンになるマグネシウムやカルシウムが、ほぼ同レベルで含まれていた。その中では、特にカルシウムが邪魔だったのである。
◆そこで細胞は、内部に侵入してきたカルシウムを、可能な限り、細胞外へと排泄することにした。(そのような方法を採った細胞だけが、生き残ることができた。)
◆細胞内のカルシウム濃度が高まることによって生じる他の問題は、カルシウムがタンパク質の負電荷部位に強く結合しやすく、凝集や変性を起こしてしまうことである。
◆細胞が、2価の陽イオンを必要とする代謝系は多いが、カルシウムではなくマグネシウムを用いる選択をしたため、多くのことが上手く行くようになった。
◆マグネシウムは、カルシウムに比べてサイズが小さく、逆に水和半径が大きいため、リン酸と結合しても沈殿せず、安定した可溶性複合体を形成できる。例:Mg-ATP複合体、酵素の補因子、酵素反応の触媒機能など。
◆細胞内のカルシウム濃度は0.0001mmol/L(100nM)という極低濃度に保たれ、瞬間的に流入させることによるスイッチングに使われるようになった。

 カルシウムの生命科学における基本は上述のようですので、安易な栄養情報に気をつけ、現代における平均的な食生活を送っている場合は、カルシウムの害を防ぐために、マグネシウムの補給を心掛け、逆に、リンの過剰摂取にご注意ください。

 
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執筆者
清水隆文

( stnv基礎医学研究室,当サイトの keymaster )
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