掲載した図(高画質PDFはこちら)の左上の3つの図は、2019年に報告された、ある論文のまとめに使われているものなのですが、この研究は東京工業大学と米カリフォルニア工科大学との共同で行われたもので、ヒトは地磁気の影響を受けるのか、或いは、地磁気の変化を感受することが出来るのか、という観点で実験が行われたものです。
実験の方法は、カリフォルニア工科大学において、地磁気や周辺の磁場の影響を受けないように、壁・床・天井をアルミパネルで覆った暗室に、3軸のコイルを設置した実験室を作り、地元に在住する18歳から68歳までの男女34名を対象にして、地磁気と同等の強度で方向(磁力線の方向)が変化する磁気刺激を与えながら脳波を計測する、というものでした。
早速、その結果なのですが、磁力線が斜め下向きの場合において、その方角を変化させると、脳波にも変化が見られたということです。一方、磁力線が斜め上向きの場合、その方角の変化では脳波に変化は見られなかったということです。
このことは、北半球に住む被験者たちは、日常的に斜め下に向かう磁力線を浴びながら生活しているため、実験室でも斜め下に向かう磁力線の場合に、その方角変化を上手く感受できるのであろう、と考えられるわけです。
また、掲載した図の左下の図は、別の論文によるものなのですが、ヒトの脳において地磁気を感受する可能性の高い仕組みが描かれたものです。結論的に言うならば、ヒトが地磁気を感受する部位として可能性が高いのは、三叉神経脳幹核や前庭核などによって構成される仕組みだろうということです。
この図におきましても、地磁気の磁力線の向きが斜め下に描かれていますし、α波の放出も描かれています。
では、地磁気によってヒトはどのような影響を受けるのか、或いは、地磁気が無くなった時や乱されたとき、或いは人工的な強い磁場に曝されたときに、どのような影響を受けるのか…、ということが次に問題になってきます。
これには、磁場の強度や暴露時間が大きく影響します。磁場の強度(磁界の強度)につきましては、先にupしています『磁気ネックレスの生理的効果はどれぐらいなのか』に掲載しました図に、MRIなどの人工的な強磁場、地磁気による磁場、種々の電化製品や送電線によって作られる磁場などの強さを示しておきましたので、必要に応じてご覧ください。ここでは、生涯にわたって誰もが浴び続けるであろう地磁気による磁場(地磁気場)に限定して、その影響を見てみることにします。
掲載しました図の右端に、地磁気場などの磁場に対して特に敏感であると考えられる部位が示されています。即ち、脳、血管、心臓、肝臓、筋肉です。そして、それぞれについて磁場の影響を受け易い理由が示してあります。
脳の場合は「脳磁図」として測定可能なことからも、自らが磁場を作り出していることは明らかです。これは、ニューロンが電気的な活動をしていますので、荷電粒子が動いた場合は周囲に磁場が形成されるのが物理法則です。また、ニューロンの電気的な活動はその時々で大きく変化しますので、電磁場も形成されることになります。そして、磁場の中を荷電粒子が動くとローレンツ力が働いて荷電粒子の進路が歪められますので、磁場の有無や強度がニューロンの活動に影響を与えるであろうことは容易に想像できるわけです。
心臓の場合は「心電図」として測定可能なことからも、自らが電場を作っていることは明らかですし、電場が大きく波打ちますから、電磁場も形成されることになります。そして、電場や電磁場は、地磁気場などの外部の磁場の影響を受けることになります。筋肉の場合も「筋電図」を計測することが出来るように、電場が作られ、筋肉の活動によって電磁場が形成されることになりますので、同様に地磁気場の影響を受けることになると考えられています。
また、磁場があると鉄イオンは磁化し(電子のスピンの向きが揃い)、微小な磁石の性質を持つようになります。その結果、鉄を含んだタンパク質などは、磁力線の方向に対して分子の方向が変えられるなどの影響を受けることになります。そのタンパク質としては、ヘモグロビン、トランスフェリン、フェリチンなどが代表的なものになります。そして、これらを多く含む部位として、図には血管系や肝臓が描かれています。
結局、地磁気が人体に与える影響を概観してみると、次のようになります。私たちの祖先は地磁気の存在下に生まれ、それに適応して進化してきました。地磁気を積極的に利用して方角を割り出す生物は非常に沢山いますし、地震の前触れを知ることも可能でしょう。掲載した図の左上に、その一部の生物が挙げられていますが、これらは氷山の一角であって、大抵の動物は地磁気を大いに利用し、或いは頼りながら生きているわけです。そして、人類は進化の過程において、そのような動物を経てきたわけですから、同様に地磁気を利用していても何ら不思議ではありません。
ところが現代人の多くは、地磁気を遮蔽してしまう建物の中に暮らし、人工的に生じる磁場によって磁場環境が乱されています。そして、「なんとなく調子が悪い…」などという場合は、本来の地磁気が得られていないことが原因である可能性があるわけです。
例えば、上述しましたように、脳の場合は自ら磁場を形成するのですが、それは地磁気に比べると遙かに弱いのです。従いまして、本来は地磁気の存在を前提として各ニューロンの活動が最適化されているのだと考えられます。しかし現代になって、その地磁気が弱められたり、地磁気以上に強烈な人工磁場に暴露していたりしますので、ニューロンの活動に悪影響が及んでいる可能性が考えられるわけです。
では、その対策はどうすれば良いのでしょうか…。やはり最善であるのは、純粋に地磁気だけが存在する磁場環境に身を置くべきだということになります。即ち、ビルディングなどの内部を避け、強い磁場を発生する人工的なものから離れて生活することです。なお、スマートフォンにはコンパス(方位磁石)の機能が搭載されていますので、手元で起動させて、しっかりと正しい方位を指すようでしたら、正常な地磁気の環境に居るということになりますので、ご確認ください。