『HSPが既に増えているときは温めないほうが良い』
〝HSP〟といいますのは〝ヒートショック・プロテイン(熱ショックタンパク質)〟のことです。これは、熱ストレスをはじめとした種々のストレスがきっかけになって、体内で産生されるタンパク質で、そのようなストレスから細胞やタンパク質を守るために産生されるものです。多くの種類があるのですが、大まかな分類と、その代表として〝Hsp70〟に関する記事『熱ショックタンパク質「Hsp70」を誘導してみよう』を先にupしました。そして、今回の記事は、その続きになります。
Web検索にて「ヒートショックプロテイン」をキーワードとして検索していただけば、「よい情報(都合のよい情報)」が検索結果に次々と表示されてきます。そのような情報は、大抵は企業が雇っているライターさんが作成した3次情報や4次情報です。そして、ごく稀に、研究機関から出されている論文の類が検索に掛かってくることもありますが、一般には堅苦しくて難しくて読み難いため、中身が読まれることは非常に少ないはずです。そのため、このヒートショックプロテイン(HSP)も、美化され過ぎている、商売ネタの一つになってしまっていると言えます。
私が先にupしました記事は、HSPの本来の機能を書き上げたものですから、「それは素晴らしい!」と感じる機能ばかりを紹介したことになります。そして今回は逆に、「こういう点には注意しましょう!」ということを紹介することにします。
そのものの注意点を書き上げると、マイナスのイメージを持たれたり、「良いのか悪いのかハッキリしてくれ」とか、「結局、どうなんだ?!」と言われそうですので、企業のライターさんは会社のことを思うと書けません。その結果、正しいことが世間には伝わらないことになって、ゆがんだ情報に溢れることになってしまっているわけです。それを修正したいと考えるのが当研究室の特徴の一つになります。
本論に入っていきますが、例えば「今晩はお風呂に入らないでください」と医療従事者から言われる場合があると思います。それは、何らかの予防接種を受けた日であるとか、何らかの簡単な手術や処置を受けた場合であるとか、比較的高い熱が出た場合であるとか、色々あると思います。その場合のお風呂を避ける目的は、体温の上昇や、血圧の上昇や、血流の亢進や、体力の消耗や、傷口からの感染などを防ぐ、などのためでしょう。そして、これに加えて頂きたいのが〝HSPを過剰に発現させないため〟だというお話になります。
或いは、筋肉や関節を酷使した後とか、腰を痛めてしまったという場合、「この場合は冷やすほうが良いの?温めるほうが良いの?」と迷うことがあると思います。「急性期だから冷やす…って、いつまでが急性期?」というのも難しい問題です。その時に、HSPの濃度がどの程度になっていそうなのかを判断材料の一つにする、というお話でもあります。
そもそも、HSPは〝分子シャペロン〟としての役割(タンパク質が正しい立体構造をとるための補助をしたり、変性してしまったタンパク質を再フォールディングに導いたり、修復できなかったタンパク質を分解に導いたり)をする以外に、幾つかのことに関わっています。それは、掲載した図(高画質PDFはこちら)の右側に記載しておいたのですが、何らかの病気や怪我を患っているときは、大抵の場合はHSPの量が既に増えている、という現象を見ることができます。病気や怪我の時にHSPが増える理由は、細胞の損傷やタンパク質の異常が起こりやすい状況ですので、それを防ぐために、体が予めHSPの量を増やすようにプログラムされているからです。また、一部のHSPは、炎症の程度を調節する役割も担っていて、炎症時にはHSPの量が増える仕組みになっています。
なお、HSPが増えるメカニズム的な要因としましては、次のようにまとめることができます。即ち、ウイルスや病原菌による感染ストレス、高体温ストレス、病気や怪我による酸化ストレス、組織損傷ストレス、種々体内物質の不均衡による生理的ストレス、虚血による低酸素ストレス、同じく虚血による飢餓ストレスなどです。要するに、これらのようなストレスが体内において過剰になってくると、そのストレスから細胞やタンパク質を守るためにHSPの発現量も高められていく、ということです。
次のことが大問題になるのですが、怪我や病気の時に既にHSPの発現量が高まっているのですが、その状態のときにお風呂に入ったり、サウナを利用したり、温熱療法を受けたらどうなるでしょうか…。その結果は、HSPの発現量が更に高まって、HSP過剰の状態が作られることになるのです。では、HSPが過剰になった場合に何が起こるのか…?
全ての種類のHSPについて記載すると膨大かつ煩雑になりますから、Hsp70の例を代表にします。Hsp70が過剰になると、マクロファージを刺激して急性反応を誘導するIL-6が増加したり、好中球の走化性を誘導するIL-8が増加したり、全般的に炎症の亢進に働くTNF-αが増加するなどの、炎症誘発作用が過剰になる、ということです。一言で言えば、過剰に炎症反応が起こってしまう、ということです。
これは、凄く理解しやすいと思うのですが、例えば打ち身をして赤く腫れている状態でお風呂で温まれば、その部分は更に赤く大きく膨れて痛みも増すことでしょう。それは、決してHSPが過剰になることだけが原因ではなく、局部の温度上昇、血管拡張、血圧上昇、血流亢進などが加算されるわけですが、HSPの過剰も炎症反応を更に激しくする、ということです。
なお、Hsp70が過剰にならず適度な発現量であった場合には、無駄な炎症を起こさないように働くようですが、その域を超えて過剰になると、上述のような結末を招くということです。
掲載した図の中央付近には、かつてupしました『万物の作用曲線 ~何にでも「適度」というものがある~』にて用いた図に、HSPの内容を加えたものです。体内におけるHSPの量には、当然ながら「適度」「適量」だと言える範囲がありますので、体の状態をよく見ながら、健康な時や、種々のストレスが少ない時は、意識的にHSPを増やすことで健康度が更に高まり、病気を予防できることになります。一方、何らかの病気や怪我を患っているときは、大抵の場合はHSPの量が既に増えていますので、冷静に過ごすのが良い、ということになるわけです。