『小麦中の貯蔵タンパク質・グリアジンに反応を示す日本人が増えてきている』
今回は、リクエスト頂いた内容になります。そもそもの懸案事項は「グルテン」や「グルテンフリー」に関してだったのですが、その全体像から、問題となっている原因物質までを、フォーカスしていきながら見ていくことにします。
元来、日本人の場合は、小麦に含まれる物質に過敏に反応する人の割合は非常に少なかったのですが、時代の進行と共に増加してきた感じです。日本人に少ない理由は遺伝子レベルにおける特徴なのですが、食生活の欧米化が体質まで変化させてしまったと言えます。
例えば、多くの人が知り得るところとなった「セリアック病」の発症率は、欧米などでは全人口の1%程度なのですが、日本人の場合は0.05%程度だと言われています。因みに、セリアック病とは、グルテンが引き金になる自己免疫疾患で、小腸粘膜が攻撃されて慢性的な炎症を引き起こすものです。
そして、世の中は「グルテンフリーでなければセリアック病に罹る」と言わんばかりの大騒ぎになっています。人間は思ったように体が変化していきますから、グルテンフリーでない小麦製品を食べたせいで消化管を壊したと思い、全身の体調まで崩してしまう人の数が増えてきた感じです。
また、軽度のものに「グルテン不耐症」と呼ばれるものがありますし、まさに精神面から病的になってしまう「グルテン過敏症」と呼ばれているものも増えてきています。よく言うことなのですが、このような状況をもたらしているのはSNSを含めたWebによる情報の氾濫です。多くの人に読んでもらいたいために「○○は危険ですよ!!」などと言い出すわけで、それを読んで信じ切ってしまう人が出てくるわけです。
似通っている現象に「小麦アレルギー」があります。これも多くの場合は時代の産物なのですが、アナフィラキシーショックで命をも落としてしまう危険性がありますから、要注意です。これは、同じ小麦であっても人によって原因物質が異なります。グルテンを構成している成分以外のものがアレルゲンになっている場合もありますので、今回の記事ではアレルギーの問題は扱わないことにしますが、グルテンに含まれているアレルゲンについてのみ紹介することにします。
では、順を追って全体像から見ていくことにしましょう。グルテンというのはタンパク質ですので、先ずは、小麦タンパク質の全貌を見てみることにします。掲載した図(高画質PDFはこちら)の左上にまとめてみました。大きく分けると、構造タンパク質、機能タンパク質、貯蔵タンパク質の3種類に分けることが出来ます。このうち、グルテンが該当するのは貯蔵タンパク質です。
次に、グルテンというタンパク質についてですが、これは小麦の種子中、または小麦粉中に含まれているのではなくて、人間が小麦粉に水を混ぜて捏ねることによって生じるタンパク質を指します。そして、グルテンの元になるのは、「グルテニン」と「グリアジン」です。
なお、これらは小麦に含まれているものを指しますので、同様のタンパク質なのだけれども例えば大麦に含まれているものには別の名前が付けられています。従いまして、総称して、グルテニンが属するタンパク質群は「グルテリン」、グリアジンが属するタンパク質群は「プロラミン」と呼ばれています。この名前を出したのは、構成しているアミノ酸の特徴を紹介するためで、グルタミンとプロリンの割合が多いタンパク質であることを意味しています。即ち「グル」「リン」「プロ」「ミン」が採られて命名されているということです。
小麦に含まれている貯蔵タンパク質に、なぜグルタミンやプロリンが多いのかは次のようです。グルタミンは、アミノ基が2個あって発芽時の窒素源として有用であり、プロリンの前駆物質でもあって、プロリンは小麦という植物が乾燥や低温に耐えるために重要なアミノ酸だということです。そして、プロリンが多くて独特の結合状態をしているタンパク質であるがゆえに、種々の問題が生じてくることになります。
掲載した図の中央辺りに、グリアジン(GLIADIN)のアミノ酸配列がイラストで描かれています。これにおいて、黒色の丸で描かれているのがプロリン、黄緑色がグルタミンです。これにヒトのペプチダーゼ(タンパク質を切断していく消化酵素(ペプチド結合を加水分解する酵素))が作用するのですが、グリアジンをアミノ酸の単位までバラバラにすることが出来ません。即ち、アミノ酸が比較的多く繋がった状態のペプチドが生じ、それが腸管上皮細胞の細胞間隙から吸収されます。そして、そのペプチドが、セリアック病や小麦アレルギーの原因になるということです。なお、細胞間隙を広げる作用(ゾヌリンシグナル伝達を更新させる作用)がグリアジン自体にもあるとの報告があります。
図の右端に注釈を入れましたが、グリアジンには複数の種類があって、α-グリアジン、β-グリアジン、γ-グリアジンがセリアック病の主原因になっています。また、ω-グリアジン(特にω-5グリアジン)が小麦アレルギーの一因になっています。これらの違いは、切り出されたペプチドのアミノ酸配列が微妙に異なっていることに起因します。
図中には、最も毒性の強い断片(ペプチド)として、主にプロリンとグルタミンの33のアミノ酸残基が含まれているものが挙げられています。そして、このペプチドは、図に示されたような機序によって炎症を起こすことになります。
では、小麦に含まれているグリアジンの悪影響を受けないようにするにはどうすれば良いのかについて考えてみましょう。
一つは、グリアジンを効率よく分解する酵素を腸内細菌が持っていることが報告されていますので、豊かな腸内細菌叢を構築することを考えれば良い、ということになります。
二つ目は、小麦製品の多量摂取を避けることです。やはり、グルテンの部分は消化し難いわけです。また、グリアジンもグルテニンもタンパク質源にはなりますが、アミノ酸組成が偏っていますので適切なものではありません。更には、デンプンの方が圧倒的に多いわけですから、精製された小麦製品は血糖値スパイクを作る元になってしまいます。
三つめは、日本人は本来、グリアジンから切り出されたペプチドに反応しにくい遺伝子を持っていますので、小麦アレルギーやセリアック病でないのであれば、気にし過ぎないことです。要するに、わざわざ「グルテンフリー」のものを選ぶ必要は無いと言えます。また、グルテンフリーにする工程で、その他の栄養素も取り除かれてしまうことが確認されていますので、それは嗜好品としての価値しかないことになります。
四つ目は、炎症を鎮める方向に作用するω3系脂肪酸をしっかりと摂ることです。また、各種ビタミンや、マグネシウムや亜鉛などのミネラルをしっかりと摂ることです。
五つ目は、その他の生活習慣をも正すことです。自己免疫疾患やアレルギーなど、免疫系の不具合は、特に現代的な生活習慣によって生じやすくなりますので、充分に注意しましょう。