夏の終わり頃から冬までは大根の季節ですね。大根は、調理の仕方によって様々な味および特徴を引き出すことができますが、今回は、特に抗がん作用を引き出す方法について見てみることにしましょう。
先に結論を述べておきますと、大根由来の強い抗がん物質は、4-メチルチオ-3-ブテニルイソチオシアネート(MTBITC)です。この物質の元は大根の細胞質中にあって、普段は働かないように糖分子がくっ付いた、配糖体と呼ばれる形で存在しています。そして、虫にかじられたりして細胞が壊されると細胞内の液胞が壊され、そこに蓄えられていたミロシナーゼという酵素が細胞質と混じり合い、配糖体の糖分子が外されてMTBITCが生じます。この、強い抗がん作用を示すMTBITCを得ようとするならば、大根を食べる前に細胞を大いに壊してやる必要があります。その最も手軽な方法が、大根おろしにする方法だということになります。なお、変化の様子は掲載した図(高画質PDFはこちら)の右端に示しておきました。
MTBITCは非常に辛い物質です。大根おろしが辛いほど、MTBITCが沢山生じていることになります。大根の部位としては、大根おろしにしたときに根っこの先端ほど辛いですので、先端の部分を積極的に使うほうが効果が高いことになります。なお、一本の大根を、おでんの材料にも使いたいときは、葉っぱがついていた首のほうを優先的に使い、残りの下半分は大根おろしにするというのが良い方法だと言えます。
注意すべこことは、MTBITCは化学的に非常に不安定な物質ですので、大根おろしを放置しておくと、比較的速やかに2-〔( 2-thioxopyrrolidin-3-ylidene-)methyl〕-tryptophan(TPMT)という物資へと変化してしまいます。この物質は辛くなく、黄色味がかった物質ですので、この変化は食べればすぐにわかります。従いまして、大根を下ろした後、ミロシナーゼによってMTBITCが生じるまで5分ほど待ち、その後に一気に食べる!!ことが最も有効な方法になります。
MTBITCが生じるのはミロシナーゼという酵素が必須ですから、大根を加熱したり、酢につけたりすると、酵素はすぐに失活してしまいます。調理によってそのような条件が与えられれば直ぐに失活することになります。おでんにした大根は、美味しいから…、などという他の目的で食べることになります。
因みに、タンパク質の中でも「酵素」と呼ばれるタンパク質は、その分子中で触媒反応を示す部位が極めて精巧にできていますので、少しでも条件が変化すると、直ぐに失活してしまいます。巷には酵素を謳い文句にしている商品が多く存在していますが、その殆どは消化管に入ったならば直ぐに失活することになります。直ぐに失活するからこそ、私たちが酵素を飲み込んでも体が融ける(解ける)ことなく、タンパク質源(アミノ酸源)としての足しになってくれることになります。なお、医薬品になっている消化酵素製剤は、胃で失活しないようにコーティングされているからこそ、小腸内まで無事に進んで少々の効果を発揮するのかもしれません。
大根の例を紹介しましたが、ワサビ、ショウガ、ニンニクなど、昔の人が摺り下ろして食べていたものは、その行為が、抗がん物質を生成させる方法であったことに驚かされます。昔の人は何か、自然科学を超えた、直感的な能力に長けていたような気がします。なお、ニンニクについては、その後の加熱処理も有効になりますので、それについては別の機会に紹介させていただきます。