がん総論Ⅱ ― 第4章 ニッチを弱められたら、がん幹細胞はどうなるのか

ニッチを弱められたら、がん幹細胞はどうなるのか

 この“がん総論Ⅱ”では、実際にがんを克服するために一番最初にすべきこととして、“がんニッチ(腫瘍微小環境)”を弱らせ、崩壊させることであることを述べてきました。そしてこの第4章では、がんニッチが弱り、さらに崩壊してしまった場合、そこに在った“がん幹細胞”はどうなってしまうのか…ということについて述べたいと思います。
 
 まず最終結論ですが、最良の場合、がんの在った組織は、がんの無かった頃の組織に復元される、ということです。

 例えば、皮膚に傷をしたとします。その傷が治る過程では色々な細胞が入れ替り立ち替わり傷の部分に侵入してきて作業を行い、作業が終わると自滅(アポトーシス;能動的な細胞死)をしていきます。傷修復の終盤において、傷の部分が少し盛り上がってしまっても、多くの場合は盛り上がった部分を構成していた細胞群はやがて自滅していきます。最終的に、傷の部分は傷をする前とほぼ同様の状態に復元されます。この仕組みは、多細胞生物の場合は、細胞同士がコミュニケーションを取りながら社会を作っていることによります。どの細胞が余分なのか、どの部分に細胞が足りないのかが常にモニターされ、情報交換され、本来の組織の姿に戻そうとするプログラムが働いているからです。
 もし、がん幹細胞が存在していた部分の細胞が足りないようであれば、がん幹細胞は発現する遺伝子の種類や発現程度を、本来の組織の幹細胞であった頃と同様の状態に切り替え、本来の組織の細胞群を生み出すようになります。或いは、がん組織がコブ(瘤、腫瘤)のように盛り上がったり出っ張ったりしていたのであれば、それを構成している細胞群は不必要または余分な細胞ですから、やがてアポトーシス(能動的な細胞死)をしていくようになります。

 では、段階を追って、もう少し詳しく見ていくことにしましょう。添付しました画像(高画質PDFはこちら)の上段に、左側から順に、がんニッチが弱まっていく段階を示しました。一番左【A】は、頑強に作られたがんニッチを示しています。これまでに述べてきましたように、外層、中間層、中心部の3層から成り立っていて、中心部にがん幹細胞(Cancer Stem Cell;CSC)が数個~数十個程度存在しています。

 その右側【B】は、「がん総論Ⅱ ― 第2章 がんニッチを弱める方法とメカニズム」にて紹介しました方法を、実践し始めた当初、或いは実践が少し不足していた場合の結果です。
 がんニッチは弱まっているけれど、完全には失われない状態を指しています。そして、この状態では、がん幹細胞は動かずに眠り続けることになります(図中:① 休眠する(眠ったまま動かない))。
 再発の“種”になる可能性はありますが、ニッチが再構築されなければ永眠状態になる、ということです。
 なお、生理学的には、ニッチは次のような状態であると言えます。即ち、血流が改善しきらず、不安定なまま。低酸素は部分的に改善するが、完全ではない。乳酸などの“がん型代謝”が弱まるが、正常化しきらない。炎症が弱まるが、完全には消えない。免疫が強すぎず弱すぎず。Wnt / Notch などの CSC性シグナルが不安定になる。…という状態です。

 その右側【C】は、がんニッチがかなり弱まり、内部が正常組織の環境に近付いた状態を指しています。そして、この状態では、がん幹細胞は、がん幹細胞としてのモードを維持しきれなくなり、普通の細胞または普通の幹細胞に戻ることになります(図中:② 分化する(普通の細胞に戻る))。
 これは、正常な幹細胞が、組織中における専門的な細胞へと分化する(専門的な細胞を生み出す)ときと同様の仕組みだと言えます。
 なお、生理学的には、この場合のニッチは次のような状態であると言えます。即ち、血流が改善し、正常組織の環境に近づく。低酸素が改善され、HIF (低酸素誘導因子)が働かなくなる。乳酸などの“がん型代謝”が弱まる。炎症性サイトカインが減少する。免疫が適度に働く。Wnt / Notch などの CSC性シグナルが低下する。…という状態です。

 右端【D】は、がんニッチが完全に崩壊した状態を指しています。そして、この状態では、がん幹細胞は守ってくれていたニッチが無くなったため、がん幹細胞としては存在できない状態になります。そして多くの場合、露出したがん細胞や、がん幹細胞は、アポトーシス(能動的な細胞死)をすることになります(図中:③ アポトーシスする(能動的な細胞死))。
 アポトーシスが促される理由は上述しましたように、その組織において余分な細胞である場合、細胞の社会はそれを温存することなく、アポトーシスさせて組織の形態や機能を正常化させようとするからです。
 なお、生理学的には、ニッチが存在していた箇所の状態は次のようになっていると言えます。即ち、血流が正常化し、酸素や栄養素が十分に供給される。低酸素が完全に解消され、HIF が働かなくなる。乳酸が減り、がん型代謝が維持できなくなる。炎症性サイトカインが消える。免疫が強く働く。Wnt / Notch などの CSC性シグナルが維持できなくなる。正常組織に戻るには余分な細胞である。…という状態です。

 以上のように、がん細胞や、がん幹細胞は、がんニッチが存在して初めて存続できる細胞です。そもそも、遺伝子変異を伴っていないがん幹細胞は、遺伝子のスイッチを切り替えることによって、人間が言っている「がん幹細胞」を演じているに過ぎません。元はと言えば、周囲にシェルターを作って保護しなければ生きられない悪環境が作られていたことが、発がんの根本原因です。従いまして、抗がん剤などの猛毒を浴びせかけるような行為を行うと、がんニッチが増々強固なものへと鍛え上げられるだけです。だからこそ、がんニッチを弱め、さらに崩壊させる方法が、最良の抗がん対策になるわけです。

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執筆者
清水隆文

( stnv基礎医学研究室,当サイトの keymaster )
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