近頃の鶏はどこまで献身的なのだ

近頃の鶏はどこまで献身的なのだ

 難消化性のタンパク質の話をしてきましたので、その流れで、鶏(ニワトリ)の卵を見てみたいと思います。
 卵にも消化されにくいタンパク質が含まれていて、その断片が血中に入ってしまうと、免疫系は「明らかに異物である」と判断し、総攻撃が始まることになります。なお、既に見てきた米のレジスタントプロテインであるプロラミン(13kDaプロラミンなど)では、そのような反応は殆どの場合に起こりません。一方、同じ植物であっても小麦のプロラミンであるグリアジンでは反応を起こす人が出てきます。何が違うのかと言えば、問題となるタンパク質の断片のアミノ酸配列が違うわけです。
 話を戻しますが、卵に含まれるタンパク質の中でも、今回焦点を当てる〝オボムコイド〟には、異物と判断されるアミノ酸配列が存在しているということになります。別の観点から言うと、難消化性タンパク質(レジスタントプロテイン)には、人体にとって有益なものと、害になり得るものの両方が存在しているということになります。
 ただし、何を食べてもアレルギーなどは一切生じないという人の方が圧倒的に多いわけであり、それは生卵を食べても小麦を食べても、タンパク質源にはなれど、それがアレルゲンにはならないのが昔は普通でした。ところが、現代の特に子どもにおきましては、うかつに食べ物を出せないほどセンシティブな世の中になってきました。その最大原因は、この数十年間に変化してきた現代人の生活様式にあります。その話はこれまでにも色々な角度からしてきましたので、今回は触れません。
 いわゆる〝食物アレルギー〟のうち最も頻度の高いのが〝鶏卵〟で、全食物アレルギーのうちの約3分の1を占めていて、第1位になっています。因みに、第2位は〝牛乳アレルギー〟、第3位は〝木の実類〟、第4位は〝小麦〟と続いています。なお、食物アレルギーをもつ子どもの割合は、2013年度では4.5%であったものが、2022年度では6.3%にまで増えたそうです。また、2022年度の食物アレルギーを基準にすると、2009年度では、その50分の1であったようです。即ち、子どもの数がどんどん減ってきているにも拘らず、13年間に食物アレルギーの子どもの数が約50倍に増えたわけです。まさに、現代人が良かれと思ってやってきたことが、アレルギーを激増させることになったわけです。「うちの子、玉子がダメなんです」という話を聞くたびに、昔人間ほど、その激増ぶりが信じられない状況だと思われます。

 卵のアレルゲンに絞って見ていくことにしますが、それは卵白中に在ります。掲載した図(高画質PDFはこちら)の左下に、卵の模式図を引用させていただきました。このうち、〝卵白〟に相当する部分は3種類に分けることが出来て、内側から順に見ていくならば、内水様卵白、濃厚卵白、外水様卵白というふうに、3層構造になっています。何気なく卵を割ってみた場合、確かにドロッと粘度の高い部分が存在しているのを確認することが出来ますが、3層にもなっているというのは少し驚きかも知れません。内側に在る胚を守るために、生物進化が成し遂げた素晴らしい構造であると解釈できます。
 卵白の組成は、水が約88%、タンパク質が10.6%となっています。また、タンパク質の内訳は、図の中央上段の表に挙げられていますように、多いものから順に、オボアルブミン、コンアルブミン、オボムコイド、となっています。そして、最大のアレルゲンになっているのが上記のうちのオボムコイドで、卵白タンパク質のうちの12~13%を占めている、ということです。

 オボムコイド(ovomucoid)というのは、具体的には〝糖タンパク質〟です。「ovo-」というのは「卵」を意味する接頭辞で、「mucoid」というのは「粘液状の」という意味です。このオボムコイドは、卵にとって(鶏にとって)どのような役割を担っているのかと言いますと、卵内に雑菌が入ってきたときに、その雑菌が放出するプロテアーゼ(トリプシン様の分解酵素)を阻害することです。即ち、雑菌が卵殻や卵殻膜を通過して卵白まで到達してきたときに、その雑菌は自らが使うアミノ酸を得るために卵白中のタンパク質を分解しようとします。そのタンパク質分解酵素が〝プロテアーゼ〟であり、トリプシンと相同性を持つアミノ酸配列になっているということです。そのため、巷では、オボムコイドに「トリプシン阻害活性がある」と言われています。
 なお、ネット上には「生卵にはトリプシンの働きを阻害するオボムコイドが含まれていますから、生卵を食べてもタンパク質があまり消化されません」などと書いているライターさんが何人も目につきます。自分で論文調査をして検証するのではなく、ネットで調べて他のライターさんが書いている記事をそのままコピペして記事にするから、そんな誤情報がネット上に氾濫してしまうわけです。私はいつもこのことを言うのですが、検索して出てくる素人さんが書いている記事には充分にご注意ください。また、そのようなライターさんがこの記事を読んでくれているのなら、今後は、邪魔くさくても自分で複数の学術論文を読んで検証する、という姿勢を身に付けていただければと思います。
 オボムコイドがヒトのトリプシンを阻害するのかと言えば、阻害しません。掲載した表を使っている論文の著者も、本文中では「ヒトのトリプシンは阻害しない」と注釈を入れていますので、解っていたのならば、この表中の表記も変えておくべきだったでしょう。それにも増して、生卵一つを食べて、そこに含まれているオボムコイドの量と、ヒトが胃で分泌するペプシン、膵臓から分泌するトリプシン、キモトリプシン、カルボキシペプチダーゼ、小腸上皮細胞から分泌するアミノペプチダーゼの総量を較べると、何桁も少ない量になります。更に、消化酵素の分泌量はフィードバック機構によって調節されていますから、例えば未消化のタンパク質やペプチドが消化管内に残存していれば、引き続き消化酵素の分泌を続けるだけです。

 オボムコイドが、アレルギーを持つ子どものアレルゲンになることは上述の通りですが、ゆで卵にしたり、卵焼きにした場合はどうなのでしょうか…? これについても、誤情報が氾濫しています。即ち、「加熱すればオボムコイドが変質するため、消化も良くなりアレルギーの心配も無くなる」というものです。これもとんでもない誤情報であって、オボムコイドは、熱に対しても、消化酵素に対しても耐性を持っています。このうち、プロテアーゼ阻害活性につきましては80℃以上で直ぐに失活するようですが、アレルゲンとしては何ら変わりません。なぜなら、アレルギーは何個かのアミノ酸配列が判定されるわけですから、調理によってオボムコイドの高次構造が変化しても、アミノ酸配列は変化しないからです。要するに、卵アレルギーを持つ子どもには、卵をどのように調理しようが、問題解決にはならないということです。

 そこで、人間の優しさなのか、貪欲さなのか分かりませんが、オボムコイドを含まない卵を産む鶏が、既に誕生しています。現在は、その卵を用いて安全性の臨床試験が行われているところです。2026年になっても、規模を大きくした臨床試験が予定されていますので、その卵が市販されるまでにはまだ何年かかかるようです。「どうしても卵を食べてみたい」と願うお子様のためには、早く実現されることが望ましいと言えるかも知れません。
 ただ、鶏は、卵を雑菌から守るためにオボムコイドを含むように進化してきたわけです。それなのに、人間が自分達のためにその伝統を変えてしまおうとしているわけです。自分が次に生を受けた時、鶏に生まれてくる可能性もあるわけで、日本では狭い鶏舎でギュウギュウ詰めで飼われている場合が多いです。自由を奪われた上に、卵の成分まで変えられてしまって…。罪多き人類に対して、神様はどのような対応をされるでしょうか…。

 
執筆者
清水隆文

( stnv基礎医学研究室,当サイトの keymaster )
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