細胞がナトリウムではなくカリウムを選んだ理由

細胞がナトリウムではなくカリウムを選んだ理由

 カリウムの話をしますが、自分の体内においてカリウムが足りているのか、或いは、不足しているのかが気になる場合、どうされますか? 例えば、自覚症状として筋肉の痙攣がしばしば起こったり、筋力低下や脱力感を感じたり、不整脈が多くなっていたリ、或いは、しびれや倦怠感などを感じていたりするとします。それを問診時に医師に打ち明ければ、浮腫みの有無などもチェックされ、次は採血して血清カリウム濃度が測られます。また、尿検査と合わせて腎機能も測定されることでしょう。更に、心電図の検査が行われることもあるでしょう。しかし、本当に測定したいのは、細胞内のカリウム濃度なのです。
 細胞内のカリウム濃度を実際に測定する方法は無いことも無いのですが、研究室レベルでの高度な技術を伴う作業となります。例えば、細胞が浸かっている周囲の体液(間質液)が混じらないように、細胞内液だけを測定可能な量になるまで採取して集めなければなりません。或いは、細胞内に挿入できる極微小な高性能プローブと高額な機器を使って測定しなければなりません。これらの方法は臨床的な検査では無理ですので、仕方なく、血液検査を含めた上述の間接的な方法にて、細胞内カリウム濃度を推定することになっています。

 次のようなことも、理解を深める上で重要になってくると思います。それは、「体内のカリウム」という表現に違和感を感じない場合のことです。「体内」といいますのは、それが「細胞内」なのか、「体液(間質液、血液、リンパ液)」なのかによって、あらゆることが全く異なってきます。
 例えば、血液(血清)を採って成分を調べれば、それが自分の体の成分を調べたことになったと錯覚してしまう場合です。血液は、含まれている血球や種々の大型のタンパク質を取り除けば、細胞の周囲を満たしている間質液と、ほぼ同様の組成を持った体液になります。そして、細胞が浸かっている間質液を「海」、細胞を「船」に例えることができます。血液検査を行って調べたのは「海」のほうであって、肝心の「船」のほうは調べていないのです。このことを、血液検査のたびに、「船」ではなくて「海」のほうを調べたのだと理解することが重要になってきます。

 さて、私たちの体を理解するための、最も基本だと言える事柄に迫っていくことにします。添付しました図(高画質PDFはこちら)の左上の図は、地球上で最初に生命が誕生した現場である可能性が最も高い海底熱水噴出孔の周辺において、生命が誕生したシーンを模式的に描いたものです。
 また、その図の右側に掲げた表の中で左端のデータは、生命が誕生したと考えられる「約40億年前の海水」の主要無機イオン(単位:mmol/L)の推定濃度が示されています。例えば、ナトリウムの濃度は10~100mmol/Lとなっており、けっこう範囲が広いですが、もちろん当時の測定データは無いわけですので、あくまで推定値になっています。また、1段飛ばして3段目にはカリウムの濃度が示されていて、10~50mmol/Lとなっています。
 次に見ていただきたいのは、表の中の右端のデータで、これは「現代の海水」の主要無機イオンの濃度が示されています。ナトリウムの濃度は約470mmol/Lであり、40億年前の海水に比べると5~50倍ほど濃くなっていることが解ります。また、カリウムの濃度は約10mmol/Lであり、40億年前の海水に比べると、少し薄まっているという感じになっています。
 上記を短文で表すならば、ナトリウムの濃度は時代と共にかなり高まり、カリウムの濃度は時代と共に少々薄まった、ということになります。

 次に見ていただきたいのは、表の右から3列目と2列目で、それぞれ、LUCA(Last Universal Common Ancestor;全生物の共通祖先)の細胞内液と、哺乳類の細胞内液の、主要無機イオン濃度が示されています。なお、LUCAは超好熱菌に相当し、現存の古細菌(Archaea)や真正細菌(Bacteria)の前身であると考えられるものです。
 驚くべきことに、LUCAと(ヒトも含めた現存の)哺乳類細胞の細胞内液の組成は、あまり大きく異なっていません。…ということは、ヒトの細胞も、基本は当時の超好熱菌と殆ど同じだということです。
「細胞内液のイオンの組成が、超大昔の細菌と私たちの細胞で殆ど同じだなんて… ちょっとショックでもあり、不思議でもあります」
 「自分は人間なんだから、菌は除菌してやる!!」などと商売文句に踊らされているあなた、大先輩に失礼な対応をとってはなりません。彼らが細胞の基本を作ってくれたからこそ、今日のあなたや今日の私があったわけです。大いに感謝しましょう。

 最も注意して見るべきところの話に移りますが、表中に赤枠で囲んだ〝カリウム〟の細胞内濃度に注目していただきたいのです。LUCAの方を見てみますが、80~160mmol/Lとなっていて、40億年前の海水のカリウム濃度に比べ、数倍高まっていることが分かります。因みに、ナトリウムや塩化物イオンの濃度は、当時の海水とあまり変わりませんから、海水ごと細胞膜で包んでしまえば細胞になった感じですが、それにしてはカリウムの高濃度さが不思議です。

 そこで、浮上してきたのが海底熱水噴出孔を構成している構造物(チムニー)に存在している微小孔です。要するに、軽石のような感じで微小孔が沢山空いている構造物の内部において、生命が誕生したのではないかとする考え方です。現在、この考え方が最も有力になっています。
 先ほど見てきた表の左から2列目がそのデータなのですが、チムニーの種類によって差が大きいため明確な数値としては挙げ難いので、傾向を矢印で表示しています。注目ポイントは、やはりカリウムであり、チムニーの内部ではカリウムが高濃度化されることが解ります。ついでに見ておくならば、マグネシウムやカルシウムは低濃度化されています。

 以上のことから、もっとも原始的な細胞生物は、特定のイオンを取り込んだり追い出したりする機能が完璧なものではなかったとしても、海底熱水噴出孔の周囲に生じる構造物(チムニー)によって、自然にカリウム濃度が高められたり、マグネシウム濃度やカルシウム濃度が低められ、その組成を基本にした生命活動が始まったのだと解釈できるのです。

 次の問題に移りますが、今日は1価の陽イオンになるナトリウムとカリウムにおいて、原始細胞はなぜカリウムの方を選ぶことになったのか…、という問題に対する答えを導き出しておきたいと思います。
 この結論につきましては、添付しました図の下方にまとめておいたのですが、その内容は次の通りです。
 ◆細胞がカリウム(K⁺)を選んだのは、酵素やタンパク質の安定性、膜電位形成の効率、そして水和構造の違いによって、生命活動にとってK⁺がより適したイオンだったからです。なお、ナトリウム(Na⁺)は外界(海水中)に豊富なのですが、細胞内では不安定要因となりやすいため、生命は能動的にK⁺を選んだ、ということになります。

 では、上記について、もう少しだけ具体的に紹介しておきます。
 ◆【進化的背景】
 ・原始の海水においてもNa⁺はK⁺よりも豊富だったのですが、熱水噴出孔の微小孔環境では相対的にK⁺が濃縮されやすかったと推定されます。
 ・生命はその環境を利用し、やがてNa⁺を排出しK⁺を保持する能動的な仕組み(Na⁺/K⁺ ATPaseなど)を獲得するようになりました。

 ◆【酵素活性の安定化】
 ・多くの酵素は 高K⁺・低Na⁺環境で最も安定して働くことが知られています。
 ・Na⁺が多いとタンパク質の立体構造が乱れやすく、リン酸基やヌクレオチドの安定性が損なわれることになります。
 ・K⁺は酵素の活性中心やRNAの折り畳みに適したイオンであり、生命の化学反応を支えるものだということです。

 ◆【膜電位の形成】
 ・細胞は Na⁺を外に、K⁺を内に保つことで静止膜電位を作り出します。
 ・この電位差が神経伝達や筋収縮の基盤となり、生命活動の「電気的リズム」を可能にしました。

 ◆【水和構造の違い】
 ・Na⁺は小さなイオン半径を持ち、水分子を強く引き寄せて厚い水和殻を形成します。
 ・そのため、Na⁺はチャネルや酵素の結合部位に入り込みにくく、逆にK⁺は水和殻が薄く、選択的に透過・結合しやすいため、使いやすいイオンだということになります。

 上記のことを概観して別のまとめ方をするならば、次のようになります。
 一つは、私たちの体にとって、ナトリウムもカリウムも大切なものなのですが、細胞にとって大切なのは、どちらかと言えばカリウムだということです。併せて、環境中に少なくなってしまったカリウムを取り込み、環境中に増え過ぎてしまったナトリウムを追い出すために、体は大きなエネルギーを費やしているということです。くれぐれも、ナトリウムの摂り過ぎには注意しましょう。
 二つ目は、Na⁺/K⁺ ATPaseというイオンポンプの名称を出しましたが、ナトリウムとカリウムの移動は逆方向に連動するようになっていますので、どちらかの不足は、もう片方のイオンの移動に支障を来すことになるわけです。例えば、カリウムの摂取量が不足すると、細胞が必要とするカリウムを得られなくなるだけでなく、ナトリウムを排泄し切れなくなって高血圧になってしまう、などという日常的なトラブルにつながるわけです。 
 三つ目は、地球上に最初の細胞が誕生した後、そこから多細胞生物になるまでには30数億年を要しましたが、その時には各細胞の周囲に40億年前の海水に含まれていた濃度のナトリウムや塩化物イオンを間質液に含ませながら多細胞化しました。更に、多細胞として陸上に上がるときも、ナトリウムや塩化物イオンの濃度を大きく変えることはありませんでした。要するに、私たちは細胞の周囲に40億年前の海をまといながら生きているということです。言い換えるならば、私たちの体は40億年の生命の歴史をそのまま持ち歩いているということになります。
 四つ目として、もう一言。それは、細胞が欲しているものと、全身的に欲しているものとでは、全く異なっていることがありますので、いつも細胞の立場で考えてみる習慣を身に付けることが大切だということでしょう。

 
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執筆者
清水隆文

( stnv基礎医学研究室,当サイトの keymaster )
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