物を飲み込む時には顎を引くのが基本

物を飲み込む時には顎を引くのが基本

 ところで皆さま、物を飲み込む場合、頭部をうつむき(下向き)加減にするのが良いのか、それとも、やや仰向き(上向き)加減にするのが良いのか、どちらだとお思いでしょうか…?
 うつむき加減にすると、喉の部分が少し締め付けられるような感じがして、食道を物が通り難いような気がしないでもありません。逆に、やや仰向き加減にすると、喉も楽になり、食道も広がって、物が通りやすくなるような気がしないでもありません。う~ん。。

 例えば、うどんとか、蕎麦とか、あまりお勧めではありませんがラーメンを食べているとき、うつむき加減にしているか、仰向き加減にしているか、どちらでしょう…? 麺類の特性として箸から垂れ下がりますから、とても仰向き加減では食べられないような気がします。従いまして、殆どの人は、うつむき加減のまま麺を食べていると思われます。実際のところ、その姿勢で充分に麺を飲み込めますよね!?
 麺のスープを飲む時も、少なくともスープの量が多い時は、うつむき加減のまま飲むと思います。掲載した図(高画質PDFはこちら)の上段の真ん中付近に、大きなお椀でスープを飲んでいる人の写真を挙げましたが、ちょうどこんな感じで飲むと思います。そして、何ら問題なく飲めると思います。

 では、深呼吸をする場合はどうでしょうか…? 多くの人は、少し仰向き加減になって深呼吸するのではないでしょうか。逆に、うつむき加減で息を吸おうとした場合、それこそ気道が狭まっている感じがして、空気が吸い難いと感じられるのではないでしょうか。
 空気を吸うことに関しましては、救急救命時に行う気道確保の方法が参考になるでしょう。その場合、顎を上げて、即ち頭部を後ろに少し傾けて気道を確保します。このことからも、深呼吸する場合には少し仰向きになったほうがやりやすいと言えるでしょう。

 では、なぜそのような特徴が現れるのでしょう…。私たちの首の部分(頸部)の構造は、口の方から入って行って喉元を過ぎると、気道(気管)と食道に分かれる部分があり、気道は体の前の方を下降して肺に向かい、食道はその後ろ側を下降して胃に向かいます。そして、首の前後の角度によって、どちらが優先されるかが変わってくる仕組みになっています。
 その仕組みの基本になっているのは、私たちが両生類のような形をした動物であった頃の生活様式です。まだ魚であった頃には首らしきものは無かったのですが、両生類のような形になった頃に首らしきものが生じ、頭部の向きを変えることが可能になりました。そして、水面から顔を上げれば空気を吸うことができ、下方を見れば餌が見つかり食べることができたわけです。
 哺乳類のような形になってからも、おおよそ餌は下方にあるため、食べたり飲み込んだりするときは、頭部を前方(下方)へと傾けるのが当たり前になりました。人類になってからも、食餌は地面付近に在ることが多かったため、変更する必要はありませんでした。

 頭部を前方へと傾ける状態を、解剖学的には〝頸部の前屈〟と呼んでいます。そして、人類が物を食べて飲み込む時、頸部を前屈させるのが基本になったということです。一方、空気を吸うときは、泳いでいるときに息継ぎをするように、水面から顔を出すために頸部を後屈させることが基本になりました。
 要するに、頸部の前屈は物を飲み込む時の姿勢であり、頸部の後屈は空気を吸うときの姿勢だということです。そのため、その逆の姿勢を取った場合、不都合なことが起り易くなりました。それは即ち、物を飲み込む時に頸部を後屈してしまうと、物が気管(気道)に入りやすくなってしまったということです。

 誤嚥と言われる状態までいかなくても、飲食物のかけらが少しでも気管の方に差し掛かるだけで、生体は誤嚥を防ごうとして激しい咳を起こします。いわゆる〝むせる〟という現象です。
 そうならないようにするためには、物を飲み込む時には頸部を前屈(実際には少し前屈)させる必要があります。掲載した図の中央付近に緑色の折れ線で示した姿勢のどれもが前屈になっています。ソファーに寝そべっていても、頭部を起こしていますから、しっかりと前屈になっていますので、この姿勢はOKだということです。

 一方、誤嚥しやすい姿勢は、図の右側に示したようなものです。問題となるのは体幹と頭部との角度であって、たとえ頭部が垂直であっても、体幹が前傾していれば頸部との角度の関係から後屈になります。特に写真右上の男性のように、デスクに肘をつきながら前傾姿勢でコーヒーなどを飲んでいると、時々むせてしまうことがある理由は、頸部が後屈になっているからです。

 医療や福祉の現場におきましては、誤嚥を防ぐための姿勢として次のことが基本になります。即ち、食道が気道よりも体の後ろ側に在るため、背もたれを斜めに倒した上で、頸部が前屈となるように後頭部にクッションなどを挿入した上で、顎を軽く引かせるようにすることです。
 ポイントは頸部の角度ですから、もし上半身が垂直に立っているのであれば、顔全体をやや下方に向かせて顎を引かせることになります。因みに、上体を起こせない場合は、側臥位(横向きに寝かせる)でも、誤嚥のリスクを低く保った状態で飲食可能です。

 年齢が若いうちは、嚥下の動作がしっかりと行われるため、上を向いてペットボトルの中の飲料を上を向いて飲むことも出来ますが、飲み込むという動作は弁(喉頭蓋)で気道の方を塞ぐという非常に大きな動作を行ってくれていますので、毎回感謝しながら飲み込むようにしましょう。ただ、うっかりしているとむせてしまう可能性もありますし、飲み込める物のサイズも小さくなりますので、若い人でも頸部前屈(頸部軽度前屈)で、かつ、軽く顎を引いた状態で飲み込むに越したことは無いと言えそうです。

 
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執筆者
清水隆文

( stnv基礎医学研究室,当サイトの keymaster )
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