先に、エビの殻に含まれるキチンについて紹介しましたが、今日は、エビの殻が赤っぽい色に見える原因を作っている〝アスタキサンチン〟について紹介しようと思います。
アスタキサンチン(astaxanthin)は、植物に見られるβカロテンとよく似た物質なのですが、βカロテンを更に強力にしたような物質になっています。そして、これを生合成できるのは、現在のところでは、ある種の藻類に限られている、ということになっています。その藻類の代表は、ヘマトコッカス(Haematococcus pluvialis)という名前の藻類で、一般的には「ヘマトコッカス藻」と呼ばれています。また、アスタキサンチンを生合成できる他の藻類としては、「イカダモ」が知られています。なお、これらの写真は、掲載した図(高画質PDFはこちら)の左端に挙げておきました。
…ということは、エビ自身はアスタキサンチンを生合成できない、ということになります。自分では作れないにも拘らずアスタキサンチンを持っている理由は、アスタキサンチンを含んでいる藻類を食べ、それを分解することなく、自分の殻へと移動させていることになります。
「自分で作らないで、食べることによって得ている…。ヒトの場合のビタミンと同様のやり方ですね」「そうですね、ヒトがビタミンAを得るのに、植物に含まれているβカロテン(プロビタミンA)を利用していることにそっくりです。そして、ある面では、アスタキサンチンというのはヒトにとってもビタミンであると解釈した方が良さそうなのですが、それについては後で紹介します。」
ヘマトコッカス藻は、一般的な植物と同様にβカロテンも作るのですが、そのまま使うのではなくて、更に変化させてアスタキサンチンという物質にまで変えます。即ち、βカロテンはアスタキサンチンの前駆物質だということです。アスタキサンチンにまでする理由は、抗酸化機能、正式には、活性酸素消去機能(フリーラジカルを捕捉して消去する機能)を高めるために有効な方法だったからです。
掲載した図にヘマトコッカスの写真がありますが、アスタキサンチンをダイナミックに活用する様子が検証されています。一般的な強度の光条件下では、アスタキサンチンは細胞の中央付近に集められていて、周辺部には光合成をするためのクロロフィルが分布しています。そして、次に強烈な光を照射してみると、中央付近にあったアスタキサンチンが細胞膜の在る外周付近へと移動していきます。この様子を人が外部から観察すると、最初は緑色であったヘマトコッカスが、強い光が当たると10分以内に赤色に変わってしまう、ということになります。
このようにヘマトコッカス藻がアスタキサンチンを使うことから推測できるように、アスタキサンチンは強い光が当たる場合に有効な物質なのであり、それは強い光によって多くの活性酸素種が生じますから、それを消去するために利用できるということです。βカロテンでも比較的高い抗酸化能が発揮されますが、アスタキサンチンはその5~10倍ほど高い抗酸化能を発揮すると見られています。
「では、エビもそれを期待してアスタキサンチンを…?」 エビが期待したかどうかは判りませんが、アスタキサンチンを上手く利用し始めた個体が子孫を残すのに有利であった、ということになります。しかも、体の内部ではなく、日光が当たる殻にアスタキサンチンを蓄積する特徴を持った個体が有利だったことになります。
「エビの中には、生きているときには赤っぽくないものの方が多いように思うのですが…」 アスタキサンチンは、その化学的な構造から、油には良く溶けるのですが、水には極めて溶け難くて、水に入れると凝集してしまいます。もし、エビがヘマトコッカス藻を食べてアスタキサンチンを殻のほうへ運ぼうとする場合、凝集してしまうと運べなくなります。そのため、エビは水に溶けやすい形のタンパク質をアスタキサンチンにくっ付けてから運びます。その、タンパク質がくっ付いた状態のアスタキサンチンは、光の吸収や反射の特性が変わって、灰色っぽく見えるようになります。店頭で売られているエビの多くが灰色や黒っぽい縞模様に見えているのは、アスタキサンチンがタンパク質とくっ付いている状態であることを意味します。そして、加熱などの処理をすることによってタンパク質が壊れて外れると、アスタキサンチンの分子が遊離状態になりますから、本来の赤っぽい色に変わることになります。
エビの尾(尾肢)は特に赤いですが、赤い部分ほどアスタキサンチンが高濃度に含まれていることを意味しますので、アスタキサンチンを多く得ようとするのなら、尾が最も貴重だということになります。
「食物連鎖」という言葉がありますが、食べれば得られる物質については、それを自ら生合成しなくても、食べたものを分解せずに利用すれば済みますから、生物はその方法を大いに利用します。
ただし、タンパク質で出来た〝酵素〟を食べても、それは消化・分解されてしまいますから、食べても酵素の節約にはなりません。「酵素商売」には騙されないようにお願いいたします。
ついでですが「体は食べたもので出来ている」という文言などもあるようですが、これは非常に困った文言です。一般的に、体を作っている物質の多くは、食べたものを一度分解し、それを元にして、その生物種が独自の物質へと様々に変換したもので体が出来ています。直接利用する物質はごく一部であって、例えばミネラル、アミノ酸、ビタミン、一部の糖質、一部の脂肪酸など、いわば最小単位に相当する物質については直接利用することがあるわけですが、それ以外は自らが作り出した物質です。
そして、アスタキサンチンは、エビがそのようにしているように、ヒトもそれを消化分解することなく利用します。これは、藻類→エビ→ヒトという「食物連鎖」によって、ヒトも健康を得られていることになります。
アスタキサンチンを摂取した場合の生理的作用としましては、図の右下に挙げたような、非常の幅広いものが言われています。即ち、抗炎症、抗酸化、抗感染、筋持久力の増強、紫外線防止、抗がん、血栓症抑制、血圧降下および脂質低下、抗老化、免疫力向上、などです。また、作用する部位または対象疾患としましては、中枢神経系、網膜および視神経、心血管疾患、肝臓および腎臓疾患、皮膚の老化および酸化、メタボリックシンドローム、悪性腫瘍、糖尿病および合併症、などが挙げられています。
日本におけるアスタキサンチンの評価は、海外に較べると低いように思われます。しかし、藻類、エビやカニ、一部の魚(マダイや鮭)は、これのおかげで抗酸化機能を高めていることは明らかですし、一部の文献によりますと、アスタキサンチンの抗酸化力は、β-カロテンの約10倍、コエンザイムQ10の約800倍、ビタミンEの約1000倍、ビタミンCの約6000倍にも達するという話もありますので、そのようなビタミン類とアスタキサンチンが共存することで相乗効果が発揮されると考えられます。
その気になれば、アスタキサンチンのサプリメントは非常に多くの商品が販売されていますので、それを利用してみるのも方法の一つでしょう。そして、エビ・アレルギーをお持ちでないのなら、エビを食べる場合、腹部の肉は捨てても結構ですので、殻を頭から尻尾まで食べられることをお勧めいたします。