呼吸を使い分けて運動パフォーマンスを高める

呼吸を使い分けて運動パフォーマンスを高める

 今回は、〝運動パフォーマンス〟と〝呼吸〟との関係を見てみることにします。この〝パフォーマンス〟という英語を日本語に訳すなら〝出来栄え、成果、成績〟などといったところでしょうが、もうすっかり日本語化していますので、そのまま使うことにします。

 さて、運動パフォーマンスを左右する要素として〝全身反応時間〟というものがあります。因みに、先にupしました『赤・緑・青を使い分けて運動パフォーマンスを調節する』におきましても、全身反応時間を指標の重要な一つに挙げました。
 例えば、短距離走であれば、スターターの音を聞いたら、なるべく早くスタートを切るほうが有利になります。或いは、野球の野手ならば、打球が飛んだ方向に出来るだけ早く反応して体を移動させたほうが有利になります。では、全身反応時間を短くするためには、呼吸をどのようにするのが最もよいか…という点について見てみることにします。

 そこで、掲載した図(高画質PDFはこちら)の左上のグラフを見て頂きたいと思います(なお、スマホでご覧の方は後でも結構です)。このグラフは、息を止めている時(止息(しそく)時)、息を吐いている時(呼息(こそく)時)、息を吸っている時(吸息(きゅうそく)時)における、全身反応時間をミリ秒(msec;縦軸)で表したものです。
 なお、実験方法としましては、健康な男子大学生9名を被験者とし、上記の3種類の呼吸の状態(呼吸相)の何れかを、「用意!」という合図とともに開始してもらいます。その後、5秒後に光刺激を与えた場合、同じく10秒後、15秒後の場合において、光刺激に応じて出来る限り素早く全身で跳躍する反応動作を行ってもらい、光刺激から跳躍に至るまでの所要時間を計測する、というものです。なお、掲載した図には5秒後と15秒後の結果のみを掲載しています。
 その結果、止息時における反応時間が最も短くなりました。即ち、全身反応時間を少しでも短縮したければ、〝息を止める(止息する)〟ことが最も有効だ、ということになります。因みに2番目は、息を吐いている時(呼息時)でした。

 次に、〝最大筋力〟と呼吸の関係について見てみましょう。掲載した図の中央右寄りのグラフは、呼吸の状態(呼吸相)として、呼気時、吸気時、止息時、叫んだ時、の4つが条件になっています。そして、縦軸には筋力の最大値が採られており、単位はキログラム(kg)です。また、筋力測定には肘(ひじ)関節の屈曲力が選ばれていて、左右の腕から得られたデータがそれぞれ別々に表示されています。なお、他の骨格筋を使った実験においても同様の結果が得られていますので、ここでは代表として肘関節の屈曲力のデータが示されているということです。
 結果として、最も高い筋力を示したのは〝叫んだ時〟でした。具体的には先ず吸気を行って肺を膨らませ、その次に力を入れると同時に大きな声を出して叫んだ時だということです。因みに、この筋力増強効果は、一般には「シャウト効果」と呼ばれています。
 なお、シャウトによって最大筋力が向上する理由は次のようであると考えられます。即ち、普段は生理的抑制と心理的抑制の両方によって、過大筋力発揮による筋線維の破壊が防がれている状態なのですが、シャウトが刺激となって大脳皮質による心理的抑制が解除され、生理的抑制のみになってしまう、ということです。因みに、生理的抑制をも弱めようとするのであれば、高負荷を用いたレジスタンストレーニングを繰り返すことが必要になります。

 その次に大きな筋力を示したのは〝止息時〟です。なお、この実験では先に息を吸って肺を膨らませてから息を止める方法が採られています。それは、過去の知見によって、息を吐き切ってから止息するよりも、息を吸ってから止息した方が最大筋力が得られやすいからです。
 止息時に筋力が向上するのは、止息することによって胸部と腹部がしっかりと固定されるからだと考えられています。
 止息よりもシャウトのほうが最大筋力は高まるのですが、シャウトのデメリットは肺の中の空気が減ってしまうことです。そのため、瞬時に終わらない短距離走などの運動ではデメリットが勝ることになりますので、叫ばずに無口で走ることになります。間違っても、「きゃー」とか叫びながら逃げるのはやめておきましょう。

 運動パフォーマンスの、もう一つの指標としましては、〝正確な動き〟を挙げることができます。図中にグラフは無いのですが、〝呼息〟の中でも〝息をゆっくりと静かに吐く〟ことが最も有利であると言われています。このような呼吸をすることによって、副交感神経が優位になって心が落ち着き、胸郭の収縮によって姿勢の安定性が増すことにもなると言われています。
 なお、副交感神経の優位は血圧の上昇を抑えますから、高強度負荷の場合の筋力トレーニング時には必須の呼吸だと言えます。要するに、最も力を入れる場面で、息をゆっくり吐くことになります。例えば、一般的なベンチプレスならば、ウェイトを持ち上げる時に息を吐くようにすることが基本になります。

 以上、運動パフォーマンスを高めるための呼吸の使い分けについて見てみました。立ち上がるときの「よっこいしょ」などという掛け声は、一応、シャウト効果だということになりますので、理に適ったクセであると言えるでしょう。

 
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