一つ前の記事『ホルモン療法は想像以上に危険である』、或いは、その前の記事『乳がんを防ぐための基本的な心構え』では、女性ホルモンと乳がんを主テーマとして述べました。基本的には、女性ホルモンの一つであるエストロン(E1)の代謝産物に発がん性の高いものがあって、それが多く滞留する状況が続くと〝ホルモン依存性乳がん(ホルモン受容体陽性乳がん)〟に罹るリスクが高まるということであり、そのタイプの乳がんを抑えるために体内の女性ホルモンを枯渇させる〝ホルモン療法〟が一般的に行われているのですが、その治療法の危険性についても述べました。
「…E1(エストロン)の代謝産物に発がん性のものが…、ということは、E1そのものは決して悪くない、ということになりますね」「はい、そういうことです」
「決して悪くないE1や、体内で相互変換されて生じるE2(エストラジオール)を、根本的に作られないようにしたり、働かないようにしたりするのがホルモン療法ですね。だから、更年期障害と同様の症状が出てしまう。それだけでなくて、薬そのものの副作用が強烈である…ということでしたね」「はい、その通りです」
「話は変わるのですが、更年期障害の人が女性ホルモンの補充を勧められることがありますね。その人が女性ホルモンを無難なものへと代謝して排泄することができない場合は、ホルモン依存性の乳がんとか子宮がんとかに罹りやすくなるということですね?」「はい、そういうことです」
「一方で、若返りのためには、女性ホルモンを増やしたほうが良いという話もよく聞くのですが…、一体、どうするのが一番良いのかが分からなくなってしまいました…」
では、性ホルモンに関して基本的なことを整理してみましょう。掲載した図(高画質PDFはこちら)の上段に、年齢と共に血中の性ホルモンの濃度がどのように変化するのかを示した図を引用しました。ただ、原図は横軸が80歳まででしたので、私の方で120歳まで延長させて頂きました。
どこを見ても、私のような言い方をする人は見当たらないのですが、それはどのような事かと言いますと、人生100年、或いは120年のうち、性ホルモンの血中レベルが最も高まっている期間は20歳頃から30歳頃までです。或いは、せいぜい長く見積もっても35歳頃までです。即ち、100年間の人生のうち、長くても15年間だけだということです。このことから、各種の性ホルモンというのは、ヒトという生物を健全に生かすためのものではなくて、繁殖活動をさせるためのものだと言えるわけです。そして、その用事が済む年齢になると、比較的速やかに濃度が低下していくのは、それが高濃度に存在し続けていると危険だからです。
その危険性は次のようです。性ホルモンは化学的にはステロイドですから、細胞膜をはじめとした種々の生体膜を簡単に透過していきます。また、脂溶性が高いですから尿中に排泄するには水に溶けるように分子構造を変化させなければなりません。或いは、脂溶性が高いまま胆汁を通じて腸管に排泄すると、腸管から再吸収されたり、腸内細菌によって色々と分子構造が変えられたり、それが再吸収されたりします。そして、その途中で発がん性の高いものが生じたりします。
ただ、体が成熟して成人になり、35歳ぐらいの若い間だけであれば、子孫繁栄のために頑張って性ホルモンを使ってみようではないか…、と神様が考えたのだと思われます。ですから、体はこのようなものを延々と使うつもりは最初から無かったということです。
やがて60歳にもなりますと、全ての性ホルモン(図中に示されている例は、プロゲステロン、エストロゲン、DHEA(デヒドロエピアンドロステロン)、テストステロン)の血中濃度は大いに低下します。その後は、100歳や120歳という年齢になるまで、その低濃度の性ホルモンにて健康が保たれるようになっているわけです。
或いは、赤ちゃんから幼少期でも、性ホルモンの血中濃度は低いままです。このことからも、生命の維持や、本来の健康の維持に対して、性ホルモンは高濃度である必要性は全く無いということになります。
更年期障害が生じるのは、高濃度の性ホルモンに適応している体から、極低濃度の性ホルモンに適応する体に変化させるときに、対応が少々遅れ気味になった器官や組織が出てきたときです。もちろん、長くても数年ぐらい経てば全身的に変身が完了しますから、更年期障害も解消することになります。
「そのように聞くと、なんだか楽になりました。更年期というのは、それまでとは違う体へと変身する期間なのですね。だから、体の中では色んな変化が同時進行していて、心身共に大変な時期だということなのですね」
もし、更年期障害があまりに酷いようでしたら、血中の性ホルモン濃度を測定してもらい、あまりにも低濃度になっている場合であれば、低用量にて、できるだけ短期間のホルモン補充も有効でしょう。ただ、それは最終的な対策と考えて、諸々の生活習慣の見直しや、エクオールなどの植物性エストロゲンや、DHEAの産生量を高めてくれるというワイルドヤムなどのファイトケミカルを試してみても良いと思います。ただ、これも高用量になっているサプリメントを生涯にわたって飲み続けることは避けるべきです。何故なら、60歳も過ぎれば体は微量の性ホルモンにて動くようになっていますから、サプリによる追加が過剰になる可能性があるからです。
話は変わって、ホルモン療法に関することなのですが、種々の薬剤を使って、いきなり女性ホルモンを枯渇させてしてしまうと、その人が閉経前であれば、その変化が急激過ぎて体が対応できません。なぜなら、それまで充分にあったエストロゲンなどの受容体が細胞の核の内部に沢山あって、その機能を使って細胞が活動しているからです。即ち、エストロゲン受容体の代わりをする機能が未だ準備できていないからです。
或いは、閉経後の人の場合であれば、微量のエストロゲンによって細胞が活動できる状態が既に出来上がっているのですが、その微量のエストロゲンさえも薬によって枯渇させられてしまいますので、細胞が活動できなくなってしまうからです。
もう一つ、若返りのために性ホルモンを体外から補充することについてですが、これはやはりリスクを伴うことになります。エストロゲンやプロゲステロンだけでなく、DHEAを投与する場合も該当します。最大のリスク要因は、補充された性ホルモンを無難に尿中に排泄できる確証が無いからです。もちろん、補充したことによって若い頃のように活動を再開する細胞や組織が出てくるかも知れませんが、排泄処理の段階で発がん物質を多く作ってしまう可能性があるからです。男性の場合、DHEAの投与によって前立腺がんが増えたという報告もあります。
以上のように、性ホルモンというのは長い人生の中の約15年間、〝繁殖〟という生物的活動を行うために、危険を承知の上で神様が用意してくれたものです。従いまして、それ以外の期間におきましては、安易に体外から補充するべきものではないと考えられるわけです。