「カルシウム神話」の歴史

「カルシウム神話」 の歴史

 前々回の記事『カルシウムは昔も今も細胞にとって非常に危険な元素』、および前回の記事『ヒトで異所性石灰化が起こる主な原因』の中で「カルシウム神話」という語を登場させました。今回は、その「カルシウム神話」がどのように形成されてきたのか、その歴史を紹介しようと思います。

 カルシウムの毒性についてはすでに述べましたので、ここでは繰り返しません。細胞はその毒性ゆえに、可能な限りカルシウムを排除し、必要な二価陽イオンはカルシウムではなくマグネシウムで代用してきました。しかし現代の栄養情報では、マグネシウムにはほとんど触れられず、カルシウムだけが英雄のように美化され、「とにかくカルシウムを摂りましょう」というメッセージばかりが強調されてきました。その結果、多くの人が程度の差こそあれ異所石灰化を起こし、健康を損ない、寿命を縮めています。
 このような話をすると、「えっ、そうなんですか? 初耳です。だってCMでもカルシウムが大切だと言ってるじゃないですか…」という反応が返ってきます。まさにこれこそが“カルシウム神話”です。誰も疑わず、社会に深く定着してしまった神話なのです。

 では、このカルシウム神話はどのように出来上がっていったのでしょうか。添付した図(高画質PDFはこちら)の中央上段に、時代区分と Ca:Mg 比の変遷をまとめてあります。(1画面の方は、後で見ていただけば結構です)
 細胞レベルでは、生命誕生の頃から真核生物に至るまで、リン酸カルシウムの沈殿を避けるためにカルシウムを徹底的に排除する方向で進化してきました。カルシウムを使うのは、ごく微量をシグナルとして利用する場合に限られていました。

 その後、多細胞動物が誕生し、やがてヒトと呼べる動物が現れます。その中で最も原始的な時代である旧石器時代(約260万年前〜1万年前)は、ヒトの歴史の中でも圧倒的に長い期間を占めています。この時代の食事は狩猟・採集によるもので、野草、根菜、木の実、種子、魚介類、野生動物の肉などが中心でした。推定される1日の摂取量は Ca が 400〜600 mg、Mg が 800〜1200 mg で、Ca:Mg は 1:2〜1:3です。長期間にわたりこの比率で食べ続けてきたため、これがヒトにとっての“基本比率”になったと考えられます。

 しかし農耕が始まると、Mg の摂取比率は徐々に低下していきます。主な理由は、主食となった米・麦・トウモロコシなどの穀物は Ca より Mg が多いものの、旧石器時代の食材と比べると Mg の絶対量が非常に少ないこと、そして、Ca が圧倒的に多い骨のスープ、骨ごと食べる小魚、家畜の乳の摂取が増えたことです。このような食事構造の変化によって、農耕革命の頃には Ca:Mg は 1:1 に近づいていったと考えられます。

 時代は進み、戦後の日本に入ります。戦後の日本は深刻な栄養不足にあり、タンパク質・脂質・ミネラル・ビタミンが全般的に不足していました。この状況で、米国からの救援物資として脱脂粉乳が導入され、学校給食に採用されました。日本政府は、子どもの成長に不可欠な「良質なタンパク質」と、日本人に不足しがちな「カルシウム」を補う手段として脱脂粉乳を強く推奨しました。こうして「牛乳=栄養価が高い」「牛乳=成長に良い」「牛乳=骨が強くなる」という素朴な連想が生まれ、後のカルシウム神話の土台となりました。

 1950〜70年代には、教科書でも「骨=カルシウム」「成長期=カルシウム」「牛乳=カルシウムが豊富」という単純化された図式が繰り返し教えられました。1960年代後半には給食が脱脂粉乳から生乳へと切り替わり、乳製品の存在感は更に増しました。しかし、骨の成長に不可欠なマグネシウム、カリウム、ビタミンD、タンパク質などの重要性はほとんど触れられず、「骨=カルシウム」という単純化が国民の常識として固定化していきました。

 1970〜90年代には、日本の乳業界が急成長し、テレビ・雑誌・学校を通じて「牛乳を飲めば背が伸びる」「カルシウムが足りないとイライラする」「骨粗しょう症にはカルシウム」といったメッセージが広まりました。科学的根拠よりも、メディアと産業の影響が圧倒的に強かった時代です。

 1980〜2000年代には、一部の専門家の間でも「骨粗しょう症=カルシウム不足」という誤認が広まりました。実際には、性ホルモンの減少、運動不足、タンパク質不足、マグネシウム不足、ビタミンD不足などの影響のほうがはるかに大きいのですが、都合の良い“単純な説明”が優先され、産業的にも利用されていきました。

 1990年代以降は、テレビ・雑誌・ミニコミ誌に加え、不勉強なライターが企業サイトやブログで「カルシウム神話」を拡散し続けています。「カルシウムをたくさん摂っても骨は強くならず、むしろ異所石灰化を招き健康を損なうことがあるんですよ」と誰かに伝えたとき、「なにそれ? どこの回し者?」と返ってくるなら、その人はまさに“カルシウム神話”の犠牲者と言えるでしょう。

 
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執筆者
清水隆文

( stnv基礎医学研究室,当サイトの keymaster )
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