がん総論Ⅰ-序章 がんを「叩き潰す」治療がうまくいかない理由

がん総論Ⅰ-序章  がんを「叩き潰す」治療がうまくいかない理由

■ 病気で苦しむ人のいない世界を目指して
 がんという言葉を耳にした瞬間、多くの方は強い不安や恐怖を抱かれます。そして、がんと診断されたその日から、患者さんご本人だけでなく、ご家族までもが、先の見えない暗闇に足を踏み入れたような気持ちになってしまいます。しかし、その恐怖の多くは、がんそのものがもたらすものではなく、「がんとは何か」を正しく知らされていないことから生じています。がんは突然襲いかかる外敵ではありません。細胞が置かれた環境に適応しようとした結果であり、生命が自らを守るために選んだ“生存戦略”でもあります。
 それならば、「じゃあ治療しなくていいの?」と誤解する方が必ず出ます。がんは、細胞の生存戦略ですが、だからといって放置してよいわけではありません。先ずは正しくⅠ解し、それを踏まえて、適切な治療や生活改善をしていく必要があります。

■ 現代医療の限界と、なぜ多くの患者さんが早期に亡くなるのか
 現代医療は多くの命を救ってきました。しかし、がんに関しては「攻撃する治療」が中心であり、その限界が見えてきています。現代医療は長い間、がんを「叩き潰すべき敵」として扱ってきました。その結果、抗がん剤、放射線、手術といった“攻撃的な治療”が中心となり、がん細胞だけでなく、正常な細胞までもが大きなダメージを受けてしまいます。そして現実には、がんそのものではなく、治療の副作用によって命を落とす方が少なくありません。これは決して誇張ではありません。多くの患者さんが、治療の苦しみによって人生を縮められています。
 本来、がん治療は「がんを殺すこと」ではなく、「がんが生まれた環境を整えること」であるべきです。しかし現代医療は、その視点を持たないまま、“早期発見・早期治療”というスローガンのもと、過剰診断と過剰治療を加速させているわけです。

■ がんを「敵」として扱う時代の終わり
 がん細胞は、私たちの体に突然侵入してきた外敵ではありません。私たち自身の細胞が、「このままでは生きられない」と判断したときに選ぶ、生存のための形態です。がんは、酸素不足、栄養不足、慢性炎症、老化細胞の蓄積、微生物叢の乱れ、ホルモン代謝の異常など、そのような“細胞環境の歪み”を映し出す鏡でもあります。だからこそ、がんを理解することは、生命の本質を理解することでもあります。

■ 自然・生命・微生物・細胞の視点から見直す新しい医学
 人間は本来、自然の一部として生きてきました。太陽の光、土壌の微生物、季節のリズム、食物の多様性など…。これらすべてが、私たちの細胞環境を整えてきたのです。しかし現代社会では、夜でも明るい生活、加工食品の増加、過度な衛生、不自然な環境によるストレス、乱れた睡眠時間、様々な化学物質、大気汚染など…。このような“自然からの乖離”が進み、細胞が本来の働きを維持できない環境が広がっています。がんは、その結果として生じる“生命からの警告”でもあります。

■ がん細胞は「暴走した悪者」ではありません
 多くの方は、がん細胞を“突然暴れ出した悪者”のように捉えています。 しかし、細胞生物学の視点から見れば、がん細胞は決して無秩序に暴走しているわけではありません。 むしろ、がん細胞は「生き延びるために最も合理的な選択をした細胞」です。細胞は常に周囲の環境を感じ取り、酸素は足りているか、栄養は十分か、炎症は起きていないか、老化細胞が周囲に溜まっていないか、微生物叢は健全か、ホルモンや代謝は正常か…。そのような情報をもとに、自らの運命を決めています。もし環境が悪化し、「このままでは死んでしまう」と細胞が判断したとき、細胞は“がん細胞”という形態を選ぶことがあります。要するに、がんは、細胞が死を避けるために選んだ“生存戦略”なのです。

■ がん細胞が選ぶ「生き延びるための戦略」
 がん細胞は、次のような特徴を獲得することで生き延びようとします。
①分裂速度を上げる:環境が悪いほど、細胞は「早く増えなければ死ぬ」と判断します。その結果、分裂速度が上がり、がんのように見える増殖が始まります。
② 低酸素でも生きられる体質に変わる:酸素が不足すると、通常の細胞は死んでしまいます。 しかし、がん細胞は低酸素環境でも生きられる代謝 に切り替えます。これは“暴走”ではなく、「酸素が足りない環境で生きるための適応」です。
③ 免疫細胞の攻撃を避ける:がん細胞は免疫細胞を敵として認識していません。むしろ、免疫細胞の働きを“調整”し、自分が攻撃されないように環境を整えます。これは、がん細胞が賢いからではなく、生き延びるために必要な行動だからです。
④ 周囲の細胞を巻き込み、協力させる:がん細胞は単独で生きているわけではありません。周囲の細胞、血管、免疫細胞、線維芽細胞などを巻き込み、「がんニッチ(腫瘍微小環境)」と呼ばれる“居心地の良い環境”を作り上げます。これもまた、細胞が生き延びるための合理的な行動です。
 なお、上記のような変化は“がん細胞が特別に強いから”起こるのではなく、環境が悪化したときに細胞が取る、ごく自然な反応なのです。

■ がんを「叩き潰す」治療がうまくいかない理由
 現代医療は、がんを“敵”とみなし、抗がん剤、放射線、手術、といった“破壊”を中心とした治療を行ってきました。しかし、がん細胞は敵ではありません。細胞が生き延びるために選んだ形態です。そのため、がん細胞を力づくで破壊しようとすると、細胞はさらに強い生存戦略を発動し、幹細胞化、薬剤耐性、放射線耐性、免疫回避、転移能力の獲得、といった“より強いがん細胞”へと変化してしまいます。つまり、攻撃すればするほど、がんは強くなる、という逆説が起こります。これは、がんが“敵”ではなく、環境に適応しようとする生命の一部だからです。

■ がんを治すために必要なのは「環境の正常化」
 がん細胞を直接攻撃するのではなく、がんが生まれた環境を整えることが重要です。酸素を届ける、血流を改善する、炎症を抑える、老化細胞を減らす、微生物叢を整える、ホルモン代謝を正常化する、栄養状態を改善する、睡眠と概日リズムを整える、体温を上げる、ストレスを減らす。こうした環境改善によって、細胞は「がん細胞である必要がなくなる」ため、がんは自然に退縮していきます。がん治療とは、細胞が本来の姿に戻れる環境を整えることなのです。

 この序章のあと、第1章から順に内容が展開していきます。本シリーズでは、がんに関する多様な知見を整理し、読者の方が理解しやすい形でまとめていきます。研究者が積み重ねてきた膨大な情報には、一般の方には届きにくい部分もありますが、そうした知識をわかりやすく橋渡しすることが、この連載の役割だと考えています。がんをめぐる世界を、より立体的にとらえられるような視点をお届けしていきますので、どうぞ楽しみに読み進めていただければ幸いです。

 
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執筆者
清水隆文

( stnv基礎医学研究室,当サイトの keymaster )
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