アルコール代謝の第一段階:ADH1の役割と日本人の体質

アルコール代謝の第一段階:ADH1の役割と日本人の体質
スポンサーリンク

《今回のアイキャッチ画像(高解像度版)》

◆ はじめに
 “お酒”を主テーマにした記事は、これが三つ目になります。因みに、一つ目は『酒類の健康効果と飲酒許容範囲』、二つ目は『微量なアルコールの生理学的なメリット』でした。そして今回は、飲んだアルコールが体内でどのように代謝されていくのか…、という問題に進んで行こうと思います。
 なお、「アルコールの分解」という言い方をされる場合があると思うのですが、これは世間一般の人が、飲んだアルコール分が、やがて無くなることをイメージして「あ~、これは分解されたのだ」と感じることから使われるフレーズだと思われます。しかし、体内に入ったアルコールがいきなり分解されることはなく、段階を追って姿を変えていき、最終的に水と二酸化炭素になります。そのため、「アルコールの代謝(アルコール代謝)」と呼ぶのが生理学的に正しい表現になります。

 もう一つ…、「アルコール(alcohol)」という語に関してですが、化学的には、炭化水素の水素原子をヒドロキシ基 (-OH) で置き換えた物質の総称ですので、実際にはすごく沢山の種類があるわけです。
 そのうち、私たちが飲む“酒”の中に含まれるアルコールの殆どは、エタノール(エチルアルコール)です。そして、原料となる果実や穀物に含まれるペクチンの分解物として、醸造の過程で自然に生じてしまうメタノール(メチルアルコール)も極微量に含まれていることがあって、それは法律によって0.12%以下にするように定められています。また、更に極微量ですが、プロパノール、イソブタノール、イソアミルアルコールなども含まれることがあります。
 従いまして、「アルコール」と表現したときには、エタノール以外のアルコール類も含まれていることが前提であると捉えていただければ結構です。そして、物質を限定したいときには「エタノール」と表現することになります。

◆ エタノールの代謝の概略
 私たちが酒を飲んだ場合、それに含まれるエタノールはどうなっていくのか、その概略を見ておくことにしましょう。
 私たちが飲んだエタノールは、まず胃や腸から吸収されて血流に乗り、肝臓へと運ばれ、処理が始められます。最初の段階では、アルコール脱水素酵素(ADH;その中で特にADH1)が働き、エタノールはアセトアルデヒドへと酸化されます。アセトアルデヒドは毒性の強い物質ですので、濃度が高まると顔が赤くなったり、動悸がしたり、気分が悪くなったり、といった症状の原因になります。
 なお、エタノールをアセトアルデヒドへと変換する酵素はADH1が主なのですが、それ以外にもありますので、この後に紹介します。ただ、通常の飲酒量では、エタノールの大部分は ADH1 によって代謝されます。

 次の段階では、同じく肝臓にて、アルデヒド脱水素酵素(ALDH;特にALDH2)が働き、アセトアルデヒドは酢酸へと変換されます。
 なお、アセトアルデヒドを酢酸へと変換する段階では ALDH2 が中心的な役割を担うのですが、この ALDH2 の働き方に大きな個人差があって、飲酒時の体調の変化にも大きな違いが生じます。これの詳細につきましては、次回の記事で紹介するつもりをしています。

 肝臓内で変換されて生じた酢酸は、毒性のほぼ無い物質であり、血流によって筋肉や心臓、脳などの組織へ運ばれ、エネルギー源として利用されます。即ち、酢酸はCoA(コエンザイムA)にアセチル基(CH₃CO–)を与えることで、アセチルCoAが生成されます。
 そして、アセチルCoAはTCA回路(クエン酸回路)に入り、ATP産生とともに、最終的には水と二酸化炭素へと代謝されます。

 以上が、エタノールが体内に入ってから、水と二酸化炭素になるまでの大まかな流れです。アルコール代謝は単純な“分解”ではなく、複数の酵素が関わる精密な化学変換の連続反応であることを、まずは押さえておいていただければと思います。

◆ 体内でエタノールの代謝に関わる酵素
 では、エタノールをアセトアルデヒドへと変換する酵素の全てを紹介しておくことにします。
 飲まれたエタノールをアセトアルデヒドへと変換する酵素の代表は、上で少し触れました“アルコール脱水素酵素”なのですが、大量飲酒時には“CYP2E1”という酵素も働き始め、特殊条件下では“カタラーゼ”も補助的に関与します。更には、CYP1A2・CYP3A4 などの他の P450 系もわずかに関与します。そこで、それらの個々の特徴について、まとめておきたいと思います。

① アルコール脱水素酵素(アルコールデヒドロゲナーゼ;alcohol dehydrogenase;ADH)
・ヒトが持つ“主経路”のアルコール代謝酵素
・アルコール基(–OH)をアルデヒド基(–CHO)へ酸化する
・複数のアイソフォームから構成される(ADH1〜ADH7)
・主に肝臓・胃・腸・皮膚・粘膜などで発現
・飲酒時の中心的な代謝は ADH1(ADH1A / ADH1B / ADH1C) が担当
・飲んだエタノールの約8割~9割はADHによって代謝される
・本来の役割は、内因性アルコール(腸内細菌・脂質酸化で生じるアルコール)の処理
・その他の詳細は後述

② CYP2E1(ミクロソームエタノール酸化系:MEOS)
・大量飲酒時に働く“第二のアルコール代謝経路”
・ADH1 が処理しきれない量のアルコールが入ったときに働き始める
・飲んだエタノールはこれによってアセトアルデヒドに変換される
・活性酸素(ROS)を大量に発生させ、肝障害の原因になる
・肝臓の小胞体に存在

③ カタラーゼ(過酸化水素分解酵素)
・細胞内の過酸化水素(H₂O₂)を利用してエタノールを代謝する補助経路
・主にペルオキシソーム(細胞小器官の一つ)で働く
・エタノールはアセトアルデヒドへと変換される
・アルコール代謝への寄与率は非常に低い(数%以下)
・過酸化水素が多い状況でのみ働く

④ CYP1A2・CYP3A4 などの他の P450 系
・微量ながらアルコール代謝に関与する。
・大量飲酒時にわずかに寄与
・薬物代謝との競合が起こることもある

 以上のように、エタノールをアセトアルデヒドに変換する酵素は、上述のように大きく見れば4種類を挙げることができます。ただ、その主役はADHが担当していて、飲酒量が多くなればCYP2E1が関わる割合が増える、という構図になっています。

◆ ヒトが発現している ADH(アルコール脱水素酵素)の種類と役割
 次に、ADHには複数のアイソフォーム(アミノ酸配列や構造は少し異なるものの、同じような機能を持つタンパク質の総称)としてADH1〜ADH7が存在することを記しましたが、それらの概略についてもまとめておきます。

● ADH1(ADH1A / ADH1B / ADH1C)
・主に肝臓で発現
・短鎖アルコールの代謝を担うADHの中で最も反応性が高い
・特にエタノールを効率よく酸化する
・体内で自然に生じる内因性アルコールの処理が本来の役割
・霊長類では比較的高い活性を持つが、哺乳類の種類によってADH1の反応性は大きく異なる

● ADH2(ADH4 として分類されることもある)
・胃・腸・肝臓で発現
・脂質由来のアルコールや長鎖アルコールを処理する酵素
・胃での初回代謝にも関与
・脂質代謝・酸化ストレス処理に重要

● ADH3(ADH5)
・ほぼ全身の細胞に存在する“ハウスキーピング酵素”
・基本的な細胞代謝に広く関与
・グルタチオン依存性の代謝反応を担う
・毒性の低いアルコール類を処理

● ADH4
・皮膚・粘膜・肝臓で発現
・ビタミンA(レチノール)代謝の入り口を担う酵素
 (レチノール → レチナール の変換を担う)
 (レチナールは ALDH によってレチノイン酸へ変換されるため、両者は対を成す)

● ADH5(ADH3 と重複分類)
・細胞内の毒性物質の緩衝役
・ホルムアルデヒドなどの代謝副産物を処理
・細胞ストレスの軽減に寄与

● ADH6
・肝臓で発現
・進化的に残存した酵素で、機能は弱い。
・一部の脂質アルコールを処理

● ADH7
・胃粘膜で強く発現
・ビタミンA代謝にも関与
 (胃でのレチノール → レチナール の変換を担う)
 (ADH4と同様に、ビタミンA代謝の入り口を担う)

▼ ADH全体のまとめ(生物学的視点)
 ADHには上記のようなアイソフォームがあり、それぞれ少しずつ異なった役割分担が出来上がっています。一口に「ADHは…〇〇する酵素だ」という言い方がされていた場合、様々なアイソフォームの役割を全部ひっくるめて言っているのだと解釈してもらえれば結構です。

◆ なぜヒトは ADH1を持っているのか
 ADHには上記のような種類(アイソザイム)がありますので、ここから先は、エタノールの代謝に関わるADH1に限定した話にしようと思います。
 アルコール脱水素酵素のうち、エタノールを最も効率よく酸化するのが ADH1(ADH1A / ADH1B / ADH1C)です。多くの人は「酒を飲むための酵素」と連想するかもしれませんが、ADH1 は決して飲酒を前提に進化した酵素ではありません。むしろ、飲酒文化が生まれる遥か以前、即ち、人類が自然環境の中で生活していた頃から、ADH1は生命維持のために不可欠な酵素として働いてきました。

 そもそも、ヒトの体内では、飲酒していなくても微量のエタノールが自然に生じています。腸内細菌が糖質を発酵させる際に生じるエタノールがその代表であり、これは「内因性エタノール」と呼ばれます。量としてはごく微量ですが、常に生成されていますので、これを安全な物質へと変換する仕組みが必要になります。そのため、ADH1 が古くから生命維持の仕組みとして存在してきたと考えられます。

 また、ADH1の活性には哺乳類の種類によって大きな違いがあります。例えば、ハムスターは野生では発酵した果実や種子を蓄えて食べる習性がありますので、ヒトよりも数倍から十数倍高い ADH1活性を持っています。
 また、果実を主に食べるサル類やコウモリなども、熟した果実に含まれる自然発酵のエタノールを常に摂取してきた歴史がありますので、平均的には ADH1の活性が高く、短鎖アルコールを素早く処理できるように進化しています。そのなかでも、ヒト・チンパンジー・ゴリラなどの霊長類のADH1活性は、かなり高い部類に入ります。

 一方、肉食中心のネコ科やイヌ科などの動物は、自然由来のエタノールを摂取する機会がほとんどありませんので、ADH1の活性は高くありません。つまり、ADH1の活性は「その動物がどれだけ自然環境からエタノールを摂取してきたか」という進化的背景によって大きく異なるわけです。

 このように、ADH1は「酒を代謝するための酵素」ではなく、体内で自然に生じる内因性エタノール、そして果実の自然発酵によって生じたエタノールを処理するために進化した酵素なのです。飲酒文化は人類史の中では極めて新しい現象であり、ADH1の本来の役割とは無関係です。むしろ、飲酒によって ADH1 が大量に働かされる状況は、ADH1の本来の使われ方ではないと言えるでしょう。

◆ ADH1(特にADH1B)に個人差がある
 先ず、ADH1にも、更に種類があることを紹介しておかなければなりません。それは、 ADH1A・ADH1B・ADH1C の3種類で、これらは“サブタイプ(亜型)”と呼ばれています。そして、ADH1Aは胎児期における主役、ADH1Bは成人肝臓における主役(個人差の中心)、ADH1Cは消化管で働く迎撃の役割、という違いが見られます。

 さて、この中で注目すべきなのが“ADH1B”です。これの特徴は、下記のとおりです。
・成人の肝臓で最も強く働くADH1である
・エタノール → アセトアルデヒドの変換速度が非常に速い
・多型(遺伝的バリエーション)が多く、反応速度に個人差が生じる
・東アジア人では“速い型”が多く、顔が赤くなりやすい体質の原因にもなる
・結局、 “お酒の分解スピード”を決定づける ADH1である

▼ 東アジア型と欧米型の大きな違い(ADH1B の多型)
 ADH1Bには、非常に有名な遺伝子多型(バリエーション)が2種類存在します。これは、同じADH1Bという酵素であっても、遺伝子のわずかな違いによって“働く速さ”が大きく異なるというものです。
・高活性型(ADH1B*2)
 このタイプは、エタノールを、通常の約10倍のスピードでアセトアルデヒドへ変換する“爆速型”のADH1Bです。日本人を含む東アジア人の約9割以上がこの型を持っています。

・通常型(低活性型 ADH1B*1)
 このタイプは、反応速度がゆっくりであるADH1Bです。白人や黒人の約9割以上がこの型です。

 要するに、日本人の多くは、高速型であるADH1B*2を持っていて、それがいわゆる東アジア型になります。飲んだエタノールは急速にアセトアルデヒドへと変換されますので、血中エタノール濃度が上がりにくい、いわゆる“酔い”の感覚が出にくい、体感としては「まだ飲める」と感じやすい、といった特徴が見られることになります。そのため、「酔いにくい=飲み過ぎやすい」というリスクが高くなるのです。
 それに加えて、エタノールが急速にアセトアルデヒドへ変換されますので、血中アセトアルデヒド濃度が一気に上昇します。すると、顔が赤くなる、動悸、頭痛、吐き気、不快などの “毒性による症状”だけが強く出ることになるのですが、これ程度は、次にアセトアルデヒドを酢酸へと変換する酵素であるALDHの能力に左右されることになるわけです。

 因みに、エタノールの代謝能力が低い、ADH1B*1を持つ多くの欧米人は、酒に酔いやすく、酔いが長続きするが、しんどくならないという、非常にお得感のある酒が飲めることになります。うらやましいですね。

◆ 多くの日本人にとって重要なのはアセトアルデヒドの代謝能力
 上述しましたように、日本人におきましては、約9割の人がADH1B*2を持っていますので、このADH1Bを原因とする個人差は、比較的少ないと捉えて結構でしょう。逆に言うと、約1割の人はADH1B*1を持っていますので、その人は少量の酒で直ぐに酔いますが、アセトアルデヒドが生じにくいですので気分が悪くならないという、欧米人と同様のメリットを持っています。

 最も問題になりますのは、アセトアルデヒドを酢酸へと変換する“アルデヒド脱水素酵素(ALDH;特にALDH2)”の能力であり、これには、活性型(NN型:お酒が強い)、低活性型(ND型:お酒に弱い / 鍛えれば少し飲める)、失活型(DD型:お酒が全く飲めない)の3種類の遺伝子多型が存在しています。
 同様に、詳しく正確に紹介していきたいですので、これについては次回の記事とさせていただきます。

 
タイトルとURLをコピーしました