アミラーゼ遺伝子と体質の関係

アミラーゼ遺伝子と体質の関係

 「全く同じように子育てをしているのに、この二人は全然違う…」ということがあるでしょう。逆に、一卵性双生児の場合は、同じように子育てをすれば殆ど同じ性格や体型に育つのが普通です。このことから、やはり遺伝子の影響は大きい…、と納得することになるわけです。今回はその中で、遺伝子の塩基配列は同じなのですが、遺伝子の個数が異なる…という例を紹介します。
 その代表的な遺伝子は、唾液中のアミラーゼをコードしている遺伝子で、AMY1という名前が付けられているものです。因みに、膵臓から分泌されるアミラーゼをコードしている遺伝子はAMY2です。

 上述しましたように、AMY1という遺伝子の個数は、人によって異なります。また、民族によっても個数の分布に特徴が見られます。掲載した図(高画質PDFはこちら)の左上に、芋類などの炭水化物の多い食材を主食にしている民族と、肉類などの炭水化物の少ない食材を主食にしている民族の写真を載せました。そして、その下にグラフを載せましたが、このグラフの横軸は「AMY1(唾液腺アミラーゼ遺伝子)のコピー数」で、縦軸は「それぞれの割合」です。また、灰色の棒は高炭水化物食の民族の場合であり、赤色の棒は低炭水化物食の民族の場合を示しています。
 これを見ると、高炭水化物食の民族の場合、AMY1のコピー数は6~8個の人が多いことが分かります。一方、低炭水化物食の民族の場合は、AMY1のコピー数は4~5個の人が多いことが分かります。
 何故そのようになっているのかと言えば、AMY1のコピー数が多いほど、一度に産生・分泌できるアミラーゼの量が多くなる、ということでしょう。そして、高炭水化物食の民族の場合であれば、炭水化物の消化能力の高い人が優位に立って、より多くの子孫を残してきた結果だと言えます。逆に、低炭水化物食の民族の場合であれば、炭水化物の消化能力はあまり関係しませんから、AMY1のコピー数が少なくても子孫繁栄に影響が出なかった、ということになります。
 因みに、チンパンジーはAMY1を1個しか持っていないとされていますので、個人差として2個しか持っていない人でも、炭水化物の消化能力はチンパンジーよりは高いということになります。

 次に、日本人の場合を見てみましょう。掲載した図の中央上のグラフをご覧ください。これは、長野市内の保育園児190人を対照としてAMY1のコピー数が調べられた結果です。横軸や縦軸は上述のものと同様です。なお、黒色の棒が男子、灰色の棒が女子を示しています。
 男女を併せて概観してみると、AMY1のコピー数は2~16個あたりまで広く分布していますが、その中でも多いのは、4個の子や7個の子たちです。即ち、ピークの山が2つ見られる「二峰性」になっているのが特徴だと言えます。何故このようなことになっているのでしょうか…。
 一つの見方としては、先に見た2つの民族を足したような様相でもありますので、日本人の混血度が、かなり高いことを想像できます。もう一つは、先に見た民族の場合に比べて、コピー数が2個や3個の子の割合が多いことや、11~16個という子も存在していることで、日本人の場合はコピー数の多様性が非常に高いと言えるでしょう。

 次に、AMY1のコピー数が2個の(AMY1を一つの染色体上に2個しか持っていない)子のアミラーゼ活性と、例えばコピー数が16個の子のアミラーゼ活性は、どれほど違うのかが気になるところでしょう。そこで、中央下段のグラフを見て頂きたいと思います。
 このグラフの横軸は、上のグラフと同じく「AMY1のコピー数」です。そして縦軸には「アミラーゼ活性(年齢調整済み)」が採られています。また、このグラフは「男子」の場合なのですが、「女子」の場合はアミラーゼ活性が100U/mgを超える子が殆どいませんでしたので、データは割愛させていただきました。
 結果ですが、コピー数が2個の子の場合、アミラーゼ活性は高くても70U/mg止まりです。しかし、コピー数が増えるにつれて、アミラーゼ活性の上限が高まっていく感じになっています。全体としては正の相関が有ると言えますが、酵素活性は必要時にのみ上がりますから、コピー数が多くても炭水化物を多く食べなければアミラーゼは多く分泌されません。従いまして、AMY1のコピー数が多いほど、単位時間当たりに産生できるアミラーゼの上限量を増やすことが可能になる、と解釈することが出来るわけです。

 別の研究データを併せて見てみたいと思うのですが、右端の図は、AMY1のコピー数が少ない人たちと、多い人たちについて、腸内細菌のうちのルミノコッカス属の割合が調べられた結果を示したものです。結論として、AMY1のコピー数が少ない人たちは腸管内にルミノコッカス属が少なく、逆に、AMY1のコピー数が多い人たちは腸管内にルミノコッカス属が多かった、ということです。
 ルミノコッカス属は、草食動物の胃などに多く存在している細菌で、植物に含まれるセルロースを分解する能力を持っているものです。また、この調査研究の期間においては、食餌の違いによる腸内細菌叢への影響を無くすために、被験者全員が1カ月間、同じ食事をしていました。従いまして、AMY1コピー数とルミノコッカス属の割合に、まさしく正の相関関係が見られたということです。その解釈としては、AMY1のコピー数が多いと炭水化物の中でもデンプンを主とした糖質の消化・吸収が進み、大腸まで届くのは難消化性のセルロースが主となります。そのため、セルロースを餌に出来るルミノコッカス属が増える、という機序が考えられます。
 図の下方にネズミの絵がありますが、ルミノコッカス属はセルロースを消化・分解できますので、ルミノコッカス属をネズミの腸管に入れて(セルロースなどの食物繊維を含んだ)炭水化物を過剰に与えると肥満になる、ということを示した絵です。ルミノコッカス属は多く居てもらった方が良いと言えるのですが、炭水化物を食べ過ぎて運動不足の場合は肥満に注意、ということになります。

 先に見た幼稚園児の調査から、次のようなことも分かりました。それは、AMY1のコピー数が多い子どもは早寝早起きだったということや、朝食をしっかりと食べていた、ということです。AMY1のコピー数は後天的には減りも増えもしませんから、AMY1のコピーを多く持って生まれてきた子は早く起きて朝食をしっかり食べる傾向が強く、逆に、AMY1のコピーを少なく持って生まれてきた子は早起きし難く、朝食を食べない傾向が強い、ということになります。もちろん、大人になってもAMY1のコピー数は不変ですから、その傾向を引きずることになるわけです。

 
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