がん細胞の栄養戦略 ~厳しい条件を与えるほどパワーアップする~

がん細胞の栄養戦略 ~厳しい条件を与えるほどパワーアップする~

 今回の記事は、先にupしています『ブドウ糖を絶てばがん細胞は死滅する?』に関連するものです。そもそも、生きている限りは血糖値をゼロにすることは出来ませんから、巷に出回っている「ブドウ糖を絶てば…」などという「タラレバ」の話は、よほど暇があるのであれば読んでもよいかもしれませんが、誤った知識を植え付けられてしまう可能性もありますので、スルーしていただくのが賢明でしょう。

 では、がん細胞が取り込む栄養素について正しく理解しておくことにしましょう。掲載した図(高画質PDFはこちら)の真ん中あたりに、比較的よく出来た図を引用しましたが、足りない部分は文章にて補足することにします。
 この図は、がん細胞が各種の栄養素(特にエネルギー源)を獲得する方法において、輸送体(特定の物質を輸送するタンパク質、または選択的に通過させるチャネル)を介した栄養素の取り込みについて示されたものです。取り込まれた後の細胞内での代謝の話は割愛することにして、取り込まれる栄養素の種類だけを確認しておくことにしましょう。左上から、グルコース、酢酸塩(および他の有機酸(ピルビン酸や乳酸など)やケトン体)、脂肪酸(短鎖・中鎖・長鎖)、グルタミンが図示されています。
 これらは代表的なものであって、例えばフルクトースなどの他の種類の糖は別の輸送体によって取り込まれるわけであり、図示されていないだけです。或いは、他の種類のアミノ酸についても同様です。結局、私たちの体内にある様々な細胞が持っている輸送体の全てを、がん細胞は細胞膜上に装備することが可能なのです。即ち、もしブドウ糖が枯渇したとしても、他の栄養素を取り込んで代替栄養素にすることが可能だということです。

 次に、図の右端から下方にかけて掲載した各図も、がん細胞が栄養素を獲得するために実行することが出来る手段が描かれたものです。上から見ていくと、先ずは〝受容体を介したエンドサイトーシス〟です。これは、専用の受容体に結合した生体分子を一緒に細胞内に引き込むようにして取り込み、リソソームという細胞内消化の小胞内で分解し、アミノ酸や糖を得る方法です。通常、一般的な組織の細胞は、このような栄養素の取り込み方はしないのですが、がん化するとこのような方法も駆使するようになる、ということです。

 次に、その下に描かれてるのは〝マクロピノサイトーシス(マクロ飲作用)〟です。これは、例えばマクロファージが異物を捉えて貪食する場合に用いる手段です。取り込んだものは、上記と同様にリソソーム内で消化し、それによってアミノ酸や糖を得ることが出来ます。一般的な組織の細胞は、このような栄養素の取り込み方はしないのですが、がん化するとこのような方法をも駆使するようになる、ということです。
 なお、この方法の起源は、私たちの遥かなる祖先がアメーバのような形をしている頃によく用いていた方法であると考えられます。

 次に、その下部に描かれているのは〝エントーシス(他細胞を飲み込む)〟です。これは、例えば好中球がバクテリアを貪食する場合に用いる手段です。これも上記と同様に、一般的な組織の細胞は、このような栄養素の取り込み方はしないのですが、がん化することによって実行可能になる方法です。
 なお、この方法の起源は、私たちの祖先が嫌気性単細胞であった頃にミトコンドリアの元である好気性細菌を取り込んだ方法に相当します。好中球などの貪食細胞もそうなのですが、一般組織の細胞ががん化したときにも、この方法が利用できるように当該遺伝子を発現させる、とういうことです。

 逆に言うと、一般組織の細胞において、グルコースを主に使っている細胞が基準濃度のグルコースで満たされているのであれば、他の栄養獲得手段に切り替える必要は無いわけです。或いは、グルタミンを主に使っている細胞が基準濃度のグルタミンで満たされていたり、酪酸を主に使っている細胞が基準濃度の酪酸で満たされているのであれば、他の栄養獲得手段に切り替える必要は無いわけです。しかし、それが不可能になってくると、本来は使っていない遺伝子を使う必要が出てくるのであり、それは即ち、その組織の通常の細胞とは性質が異なってくることになります。

 一般的な組織の細胞が、がん細胞になる理由につきましては、『なぜ、がん(癌)になるのか』において述べていますので、必要に応じて読み返して頂ければと思います。一言で言うならば、がん化する最大の理由は、細胞外環境の汚染です。そして、その場合に栄養素の不備が重なると、細胞が浄化作業を行うことが難しくなります。
 ただ、それは細胞が通常の姿でいる場合です。しかし、パワーアップのための変身を行えば、不足した栄養素を他の手段にて確保することが可能になり、環境浄化が可能になり、更には、その悪環境が続くのならば、そこを抜け出して他へと移動することも可能になります。
 私たちは、かつて、激変し続けてきた地球環境で生き抜くための驚異的な能力を獲得してきました。その能力は遺伝情報という形で継承されてきているのですが、ヒトの姿になったときに使わないものは封印されてしまっています。しかし、その驚異的な能力を使わなければ生き延びられないと細胞が判断したとき、封印が解かれます。それが即ち、がん化です。

 「兵糧攻め」や「薬物で攻撃」など、厳しい条件を与えれば与えるほど、私たちの細胞はそれに打ち勝てるようにパワーアップしていきます。限度内のパワーアップは望むところですが、本気を出させてしまうと収拾がつかなくなります。従いまして、細胞に心地良い環境を与えてやることが、がん予防、及び、がん治療の基本になるわけです。

 
執筆者
清水隆文

( stnv基礎医学研究室,当サイトの keymaster )
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