がん総論Ⅰ-第1章 がん幹細胞の正体 ― がんの“根っこ”にある細胞とは

がん総論Ⅰ-第1章 がん幹細胞の正体 ― がんの“根っこ”にある細胞とは

 がんは、ただ無秩序に増えているわけではありません。その中心には、「がん幹細胞」と呼ばれる“特別な細胞”が存在しています。木に例えるなら、表面に見えている腫瘍(しこり)は「枝葉」、その奥に潜むがん幹細胞は「根」という構造です。枝葉を切り落としても、根が残っていればまた伸びてきます。がん治療がうまくいかない大きな理由の一つは、この根っこ(がん幹細胞)を残したまま治療してしまうことにあります。

■ がん幹細胞とは何か
 がん幹細胞は、次のような特徴を持っています。
① 強いストレスに耐えられる:抗がん剤、放射線、酸素不足、栄養不足、活性酸素、強い炎症など、普通の細胞なら死んでしまう環境でも生き残ります。
② 自分と同じ“幹細胞”を増やす能力がある:言い換えると、がんの根っこを増やす能力を持っているということです。
③ がん組織の“本体”を作り出す能力がある:がん細胞、血管を呼び寄せる細胞、がんを守る細胞など、がん組織を構成する多様な細胞を生み出す“司令塔”です。
④ 封印された古代の能力を解放している:生命誕生以来の“生き延びるための能力”を総動員した細胞であり、決して「壊れた細胞」ではありません。

■ 通常の幹細胞とはどのような細胞か
 私たちの体のあらゆる組織には、目立たない場所にひっそりと“幹細胞”が存在しています。幹細胞は、いわば組織のメンテナンス担当のような細胞で、次のような役割を担っています。
① 古くなった細胞を補充する:皮膚、腸、血液など、毎日大量の細胞が入れ替わる組織では、幹細胞が新しい細胞を生み出し続けることで、組織の健康が保たれています。
② 必要に応じて“専門職の細胞”に変身する:幹細胞は、状況に応じて皮膚の細胞、血液の細胞、消化管の細胞など、必要な種類の細胞に変身できます。これを「分化」と呼びます。
③ 組織の“非常時”に備える:怪我や炎症などで細胞が大量に失われたとき、幹細胞は普段よりも活発に働き、組織を修復します。
 要するに、幹細胞とは「組織を維持し、修復し、必要な細胞を供給するための“司令塔”のような細胞」です。本来は静かに控えめに働いている細胞なのですが、環境が悪化すると、そこから“がん幹細胞”への変身が始まります。

■ がん幹細胞は“悪環境への適応形態”である
 がん幹細胞は、突然変異で偶然生まれるわけではありません。その背景には必ず「細胞環境の悪化」があります。酸素不足、栄養不足、慢性炎症、活性酸素の増加、老化細胞の蓄積、微生物叢の乱れ、血流障害、化学物質・毒物の暴露などが代表例です。
 このような環境の中で、細胞は次のように判断します。「このまま普通の細胞として生きていては死んでしまう。生き延びるために“幹細胞化”しよう」…と。要するに、がん幹細胞とは、細胞が生き延びるために選んだ“最終手段としての変身形態”なのです。

■ 遺伝子変異は“原因”ではなく“結果”である
 がん細胞に見られる遺伝子変異は、「がんの原因」ではなく、“がん化した結果として細胞が自ら誘発したもの”です。がん幹細胞は、必要に応じて、がん抑制遺伝子の発現を抑え、増殖を高める遺伝子を活性化し、必要な部分のDNA修復を“敢えて”止める、という行動をとります。これは、バクテリアが薬剤耐性を獲得するのと同じで、目的に合わせて遺伝子を変化させる能力を持っているからです。

■ ALDH高発現という“生存戦略の中核”
 がん幹細胞が最も重視しているのは、活性アルデヒド(強毒性)から身を守ることです。そのために、ALDH(アルデヒド脱水素酵素)を“限界を超えて”発現させます。
 これにより、DNA損傷を抑え、レチノイン酸を増やして幹細胞性を維持し、脂肪酸代謝を強化し、NADHを増やしてミトコンドリアのATP産生を強化するなど、がん幹細胞は“超高性能モード”に入ります。そして、糖質制限(兵糧攻め)は逆効果なのであり、むしろ幹細胞性を強化することになります。

■ 標準治療が“がん幹細胞を強化する”理由
 抗がん剤や放射線は「増えている細胞」を狙う治療です。しかし、がん幹細胞は、分裂が遅い、ストレスに強い、解毒能力が高いなどの特徴を強めているため、ほとんど死にません。
 その結果、表面のがん細胞(枝葉)は減る(担当医師から「ほら、がんが小さくなってきていますよ!」と褒められる)、根っこ(がん幹細胞)は残る、治療後の悪環境で幹細胞性がさらに強化される、という逆転現象が起こります。
 更に、DNA損傷 → 幹細胞化の促進、免疫細胞の疲弊、腫瘍微小環境(TME)の悪化、バイスタンダー効果による周囲細胞の“防御態勢化”などが重なることで、治療後のがんは治療前より強くなります。

■ 腫瘍微小環境(TME)という“砦”
 がん幹細胞は、腫瘍微小環境の中心に位置し、周囲のがん細胞を“盾”として配置します。この砦は、低酸素、酸性化、栄養枯渇、免疫抑制物質の蓄積、血管構造の改変など、人間の英知を超えるレベルで構築された防御システムです。外側から毒物(抗がん剤)を撒いても、中心のがん幹細胞には届きません。

■ がん幹細胞の特徴を理解すると、治療の方向性が見えてくる
 がん幹細胞は、「環境が悪いから幹細胞化した細胞」です。ということは、環境を整えれば、幹細胞である必要がなくなる、がん幹細胞は弱体化し、自然に減っていく、がん全体が退縮しやすくなる、という方向性が見えてきます。
 従いまして、がん幹細胞を直接攻撃するのではなく、がん幹細胞が“変身せざるを得なかった理由”を取り除くことが重要なのです。

 以上をまとめると次のようになります。がんには「根っこ(がん幹細胞)」がある。がん幹細胞は“壊れた細胞”ではなく“超高性能な適応形態”。遺伝子変異は“原因”ではなく“結果”。ALDH高発現は生存戦略の中核。標準治療はがん幹細胞を残し、強化する。がん幹細胞を弱めるには「環境の正常化」が必要。

 ここまで見てきましたように、がん幹細胞とは、偶然に生まれた“壊れた細胞”ではなく、細胞が生き延びるために選び取った、極めて合理的で高度な適応形態です。がんという現象は、細胞が「このままでは死ぬ」と判断したときに発動する、生命の歴史そのものが詰まった“最終モード”だと言えるでしょう。
 しかし、ここで自然に浮かんでくる疑問があります。「そもそも、細胞はなぜそこまで追い詰められたのか?」、「がん幹細胞が生まれるほどの“悪環境”とは、具体的に何なのか?」、「そして、その悪環境はどのようにして作られ、どうすれば元に戻せるのか?」などでしょう。がん幹細胞の正体を理解した今、次に見ていくべきは、“がんを生み出す環境そのもの”です。
 がん幹細胞を直接攻撃しても意味がありません。根本原因である“環境の悪化”を理解し、そこを正さなければ、がんは必ず戻ってきます。逆に言えば、環境さえ整えば、がん幹細胞は“幹細胞である必要”を失い、静かに弱っていくわけです。
 次章では、「なぜ、がん(癌)になるのか」という根源的な問いに踏み込み、細胞が“変身せざるを得なかった理由”を、生命史の視点から紐解いていきます。がん幹細胞の理解は、ここから始まる長い物語の“入口”にすぎません。次章では、その物語の核心へと進んでいきます。乞うご期待ください。

 
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執筆者
清水隆文

( stnv基礎医学研究室,当サイトの keymaster )
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