一個一個の細胞にも時計が仕組まれている

1日のリズムを作るために、各種のホルモンも大きく日内変動する

 甲状腺ホルモンの日内変動(概日リズム)や季節変動(概月リズム)につきましては、先にupした『真の熱中症対策は、発熱し難い体を作ることである』にて述べました。また、しっかりとした概日リズムを刻むために重要な睡眠やメラトニンにつきましては『眠らない街が現代病を連れてきた』にて述べました。そして今回は〝体内時計〟をキーワードとして、全体を見渡してみたいと思います。

 地域によって多少の違いはあるようですが、7月に入ると、先ずはニイニイゼミが鳴き始めます(なお、ニイニイゼミの鳴き声はこちらにupしておきました)。彼らは、それまでは土の中に数年以上にわたって棲んでいますので、羽化すべき年の7月になったことが何故わかるのかが不思議です。また、羽化するために地上に出る時間帯は18~19時頃と決まっているようですが、7月ではまだ明るい時間帯ですので、辺りが暗くなってきたからという理由ではないことが分ります。それこそ、時計を持っていなければ判らないような時間帯です。

 私たちの祖先が単細胞生物であった頃から、時を刻む仕組みが出来上がっていったと考えられます。その必要性を最も強く感じるのは次のような場面です。それは、紫外線を浴びるとDNAが損傷しますので、損傷したままのDNAを複製して細胞分裂することだけは避けたいところです。そのため、陽が沈んで紫外線が降り注がなくなったら、先ずはDNAをチェックし、損傷があればそれを修復する作業を行います。この作業には何時間か掛かりますので、その作業が終わる時間帯になってからDNAの複製を行います。複製が終わると、ようやく細胞分裂が可能になるわけですが、時計は既に午前2時~3時頃を指している、ということになります。即ち、細胞分裂は夜中に起こるようになったというわけです。
 現代に生きる私たちの細胞も、当時に作り上げられた仕組みがそのまま使われながら、日々の細胞分裂が行われているという状況です。掲載した図(高画質PDFはこちら)の下段右寄りに、個々の細胞が備えている時計の仕組みの図を引用しておきました。詳細は割愛しますが、私たちの体を構成している一個一個の細胞も、独自に時計を持っているということです。

 多細胞生物になり、やがて何種類もの器官を持った哺乳動物になったとき、それぞれの器官の働き具合を全体的に調節する仕組みが追加されていきました。もちろん、器官を構成している個々の細胞にも時計が備わっているのですが、全体的な指揮を執る仕組みが必要だったのでしょう。
 例えば、ある細胞は昼間にAという作業をこなし、夜間はその作業を中断するようにプログラムされているとします。しかし、Aという作業の量を増やしたり減らしたりするには、細胞内の時計だけではコントロールできません。そのため、別のシステムを組み合わせることが必要だったわけです。
 器官全体の働き具合を調節するには、時間単位でゆっくりと調節しなければならないため、ホルモンによる調節が行われることになりました。そして、ホルモンの分泌量を必要に応じて変化させることによって、例えば昼間に行われるAという作業の量を調節することが可能になったわけです。

 図の右上に、各種のホルモンの、1日における変動の例を挙げておきました。縦軸は%になっていますので、例えばメラトニン、成長ホルモン、コルチゾールなどは、非常に大きく変動することが分かります。健康かつ健康的な生活をしている限り、この変動パターンは毎日同様のものとなりますので、この変動によっても心身の各種の機能に概日リズムが生じることになります。要するに、細胞自体が持っている細胞内時計と、ホルモン変動が作り出す概日リズムの双方によって、いわゆる〝体内時計〟の機能が生じることになります。

 さて、こうなってくると、人間社会でもありがちな指示の不一致という問題が発生することがあります。個々の細胞が持っている時計を課長さん、ホルモンを部長さんに例えてみましょう。最も極端な例を挙げるならば、課長さんは、定時になったので従業員の人たちに仕事を止めるように指示を出します。ところが、緊急事態になったということで、部長さんから徹夜で作業を継続するように指示が出ました。課長さんは「このまま作業を継続すると、従業員の人たちの健康が損なわれると共に、能率も上がりません」と、部長さんに意見を言います。部長さんは「社長の指示なので、何とか頑張ってほしい」と強く伝えます。
 私たちが、夜遅くまで残業をしたり、更には徹夜までして頑張ろうとしたとき、私たちの細胞は、上述の従業員さんと同様の苦境に立たされることになります。そして、そのような事態が連続すれば、細胞は悲鳴を上げることになり、種々の疾患をもたらす原因になります。
 
 社長の役割をしているのは、図の左上あたりに示されている、視床下部の前部にある視交叉上核です。そして、社長の意向を変化させている根本原因は、日光などの強い光です。光が最も重要な因子になっているのは、私たちが太古に単細胞生物であった頃、今よりも強い紫外線が降り注いでおり、DNA損傷を克服して生きるために最も注目しなければならない対象だったからです。そしてヒトになった今も、その仕組みを受け継いでいますので、体内時計に与える光の影響は、思いのほか強いというわけです。
 私たちは〝一個一個の細胞にも時計が仕組まれている〟ことを決して忘れず、その時計に反するような事態を招かないようにすることが大切です。即ち、朝になっても光を見なかったり、夜に明るい光を見たりなどをすることを、出来る限り避けることが必要だということです。

 
執筆者
清水隆文

( stnv基礎医学研究室,当サイトの keymaster )
世間一般では得られない、真に正しい健康/基礎医学情報を提供します。

stnv基礎医学研究室をフォローする
人体のメカニズム
スポンサーリンク
この記事をシェアする([コピー]はタイトルとURLのコピーになります)
stnv基礎医学研究室
タイトルとURLをコピーしました