犬は人の認知機能を高めてくれる

犬は認知機能を高めてくれる

 おぼろげながら感じていたことが、大規模かつ長年月にわたる調査研究によって、具体的なデータとして示されました。今回は、2023年に報告された2つの研究結果を元にして、いわゆる〝アニマルセラピー〟の効果について見てみたいと思います。そして特に今回は、高齢者の認知機能の低下は、犬と散歩することによって防げる、というお話になります。
 因みに、一方では認知機能の低下を防ぐための医薬品の開発も精力的に行われているのですが、まだまだ乗り越えなければならない問題が沢山ありそうです。それに比べ、完璧かつ確実に効果を示すのが、ワンちゃんだということになります。「ネコちゃんはダメなの?」と思われる人も多いことでしょうが、少なくとも今回紹介する2つの研究結果では、ネコちゃんにはそのような効果が認められませんでした(もちろん、他のメリットは有るはずなのですが…)。

 では、アメリカのボルチモア老化縦断研究(BLSA)の一環で行われた調査研究結果から見ていくことにしましょう。これは、合計637人のBLSA参加者が対象になっています。調査訪問時の対象者の年齢は50.8歳から100.80歳(平均=75.09歳、SD=10.15歳)です。その他の詳細は、掲載した図(高画質PDFはこちら)をご覧ください。なお、押さえておくべきポイントは、その637人のうち、185人(29.0%)が何らかのペットを飼っていました。そのうち67人(10.52%)が猫を飼っており、84人(13.19%)が犬を飼っており、他の動物を飼っている人はほとんど無しでした。そして、犬の飼い主のうち、その犬と散歩をするという人が69.05%でした。
 次に、解析結果ですが、認知機能を評価するために沢山の検査方法が用いられ、その殆どにおいて同様の結果が得られています。そのうちの主なものを紹介しますと、例えば図中の左上のグラフはトレイルメイキングテストBというもので、縦軸には課題を処理するのに要した時間(対数表記されている)が採られていて、値が低いほど素早く処理できたことを意味しています。調査を初めてから10年後にも同じ検査が行えた対象者において、ペットを何も飼っていなかった場合は、10年後には課題の処理に掛かる時間の延長が認められます。即ち、認知機能の低下が認められることになります。一方、ペットを飼っていた場合、処理に掛かる時間の短縮が認められ、即ち認知機能が高まったことを意味しています。
 次に、その真下のグラフを見ていただくことにしましょう。これは、犬を飼っていて一緒に散歩したという69.05%の人たちと、犬を飼っていたけれども一緒に散歩をしなかった人たちの検査結果です。一緒に散歩をした人たちには処理時間の短縮が認められますが、一緒に散歩しなかった人たちには処理時間の延長が認められます。このことは、家に犬が居るだけでは効果は無く、一緒に散歩をすることが重要なのだということが判ります。

 もう一つ、別の検査結果を見てみましょう。4つ並べた右上のグラフですが、これはカリフォルニア口頭学習テストというものの検査結果です。縦軸のスコアが高いほど認知機能が高いことを示していて、ペットを飼っていなかった場合もスコアの上昇が見られますが、これは10年間における何らかの条件の違いによるものでしょう。それよりも、それと比較した場合の値の変化に意味があるのであり、ペットを飼っていた場合にはスコアの更なる上昇が認められます。
 次に、その下のグラフは同様の検査の結果なのですが、短期や長期の学習についての検査結果になります。そして、犬がいても一緒に散歩しなかった場合には認知機能低下が認められ、一緒に散歩した場合には認知機能の向上が認められます。
 この論文には、その他の検査結果も当然のことながら記されているのですが、それらを総括すると、多くの検査結果において、犬と散歩する習慣は認知機能の低下を抑制する(または、認知機能を向上させる)ことを示しています。

 次に、日本における研究結果を見てみることにしましょう。掲載した図の右側に挙げたもので、東京都健康長寿医療センターによる調査研究結果です。大田区に在住する65歳以上の男女1万1194人が対象で、平均年齢は74.2歳、女性の割合が51.5%です。調査時点で犬を飼っていた人は959人で調査対象の8.6%に相当、猫を飼っていた人は704人で6.3%に相当します。そして、2016年から20年までのデータが解析されました。
 また、追跡期間中の4年間で認知症を発症した人は、認知症の有無を調べることができた人のうちの5%に相当しました。このうち、当時において犬や猫を飼っていた人、過去に飼っていた人、飼ったことのない人と、認知症発症の有無との関係について、発症リスクを示す「オッズ比」が算定されました。
 その結果は図を見ていただければ一目瞭然なのですが、犬を飼い、散歩も含めた運動習慣のある人が認知症に罹るリスクは、0.37と非常に低くなることが判りました。なお、犬を飼っていたのだけれども運動習慣の無かった人の認知症リスクは、個人差も大きく、平均として見れば、殆ど効果が無かったとということになります。このことは、犬を飼ったなら必ず散歩に連れて行けという、神様の思し召しなのかもしれません。
 なお、犬を飼っていないけれども運動習慣のある人の認知症リスクはある程度低下しますが、犬と一緒に散歩すれば更に大きく低下する、ということになります。

 これらの調査は高齢者に限定したものでしたが、子どもたちや若者に対しても、犬の散歩の効果は大いに認められるところでしょう。脳の活動から見れば、犬と一緒に外出することは、異種の動物と協調しながら活動することになるわけですから、これは大変な作業になるわけです。即ち、自分はヒトなのに、イヌの心理や行動パターンを読み取り、欲求を満たせてあげると共に、危険にさらされないように行動をコントロールしてやらなければなりません。例えば、犬が道路の反対側に行きたそうにした場合、それに対して無条件に追従してしまえばクルマにひかれてしまうかもしれません。そのため、先ずは強引にでも道路の横断を抑止してクルマが来ないことを確認し、総合的に安全であることが確認できれば、はじめて犬の希望を叶えてあげることになります。また、人間社会のルールを知って犬が行動できた時には、大いに褒めてあげる必要もあります。要するに、ぼーっとしていては犬の散歩は出来ないことになります。自分の体の運動と、自分以外の生き物の安全を確認し続け、愛情を注ぎながらの散歩は、想像する以上に高度な情報処理を行うことになります。これが、年齢を問わず、認知機能の向上を促すことになるのでしょう。

 
執筆者
清水隆文

( stnv基礎医学研究室,当サイトの keymaster )
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