異所石灰化と言いますのは、石灰化が起こってはならない部位で石灰化が起こってしまうことです。例えば、血管の壁の内部で石灰化が起こりますと、血管が硬くなって、動脈硬化のうちの中膜硬化(メンケベルグ型動脈硬化)になります。添付しました図(高画質PDFはこちら)の左端の図が、その現場を示しています。下の写真ほど拡大したものになっていて、リン酸カルシウムが黒色に染められています(von Kossa染色)。
血管壁以外にも、心臓(弁膜・心筋)、肺(肺胞壁)、腎臓(腎実質;特に尿細管間質)、胃(粘膜の間質組織)、眼(角膜と結膜)、関節周囲の軟部組織(腱・靱帯)、皮膚などでも異所石灰化が起こりやすくなっています。
異所石灰化が起こった場合に、どのような弊害が生じるかについても、部位別に簡単に見ておくことにしましょう。
血管に異所石灰化が起こった場合、血管の弾力性が低下して硬くなるため、血液を送り出す心臓への負担が増大します。また、血管壁が脆弱化するため、動脈瘤ができたり、裂けたりする危険性があります。
心臓の大動脈弁や僧帽弁輪などに石灰化が起こると、弁狭窄症や弁閉鎖不全を合併し、心臓の機能が低下します。また、心筋や刺激伝導系に石灰化が起こると、心臓のポンプ機能が低下したり、不整脈の原因となったりします。
肺の肺胞壁や間質に石灰化が起こると、ガス交換の効率が悪くなり(拡散障害)、低酸素血症を引き起こす原因になります。
腎臓の腎実質に石灰化が起こると、腎臓の組織が損傷し、正常な機能が低下します。ひいては、慢性腎臓病(CKD)や腎不全へと進行するリスクが高まります。また、腎実質で形成された小さな石灰化が腎盂(じんう)に出て尿管に移動すると、いわゆる尿路結石となります。
胃粘膜の間質組織に石灰化が起こると、初期は無症状でも、石灰化が進行・腫大化すると血流障害や機能障害を引き起こし、疼痛、胃の機能低下(消化不良、吐き気など)、時には潰瘍形成や潰瘍による出血を起こすことになります。
眼の角膜と結膜に石灰化が起こった場合、主に異物感、痛み、充血などの症状が現れ、進行すると視力低下や感染症のリスクが高まることになります。
関節周囲の軟部組織(腱・靱帯)に石灰化が起こると、石灰が沈着した部位で炎症が起こり、突然の激痛を引き起こすことがあります。特に肩関節周辺の腱に生じる石灰沈着性腱板炎(石灰性腱炎)では、夜も眠れないほどの激痛(夜間痛)を伴うことがあります。また、石灰化によって腱や靱帯の柔軟性や弾力性が失われ、関節の動きが制限されるようになります。或いは、特に頸椎(首の骨)周辺の靱帯(黄色靱帯や後縦靱帯など)が石灰化・骨化して肥厚すると、脊髄や神経根を圧迫することがあり、しびれや感覚障害、筋力低下、排せつ障害が生じることもあります。
皮膚に石灰化が起こった場合、痛みや痒み(かゆみ)、潰瘍の形成、感染症、そして外見上の問題(白っぽい、または強く着色した硬いしこりや斑点が現れる)ことがあります。また、皮下の細動脈に石灰化が生じると、難治性の皮膚潰瘍や壊疽を引き起こし、感染症や敗血症によって予後不良となることもあります。
上述のように、異所石灰化は、全身の組織において深刻な病状を呈することになりますので、絶対に避けなければならない現象だということになります。
では、今日の主テーマである「異所石灰化が起こる主な原因」について見てみることにしましょう。添付しました図に、主な原因を6つにまとめて整理してみましたが、その内容を、補足を交えながら書き連ねていくことにします。なお、原因が分かったならば、その対策は、該当する原因を作らないことだということになります。
1. 血中のカルシウム×リンの積 (Ca × P)が高くなる
これは、血中のカルシウムの濃度が高まった場合と、リン(リン酸)の濃度が高まった場合の、両者の掛け算の結果として、リン酸カルシウム(石灰化の本体)の形成のされ易さが増していくということです。血液検査による数値を用いて算出した場合、 Ca(mg/dL)×P(mg/dL) が〝55〟を超えると生じやすくなるということになります。
添付しました図の右上に、55以上となる場合の、カルシウムとリンの数値の組み合わせの例を挙げておきましたので、参考にしていただければと思います。なお、どのような食べ物にリンが多いのかにつきましては、先にupしています記事『リンの過剰摂取も生活習慣病の大きな原因である』の中に書いていますので、ご参照ください。
2. 高リン血症(特に腎不全・透析患者)
腎臓の、リンを排泄する能力が低下すると、当然のことながら血中リンが上昇し、上記の結果を招くことになります。そして、透析患者では異所性石灰化の頻度が非常に高くなることが確認されています。従いまして、そのような場合、血中のリンとカルシウムの適正範囲の管理・維持が大変重要になってきます。
3. カルシウム摂取の過剰
腸管におけるカルシウムの吸収量は、主に次の2種類の方法によって制御されています。1つは、ビタミンDに依存した能動輸送であり、これは吸収量の調節性が高い制御です。2つ目は、濃度勾配による受動拡散であり、これは調節性の低い制御です。そして、一度に大量のカルシウムを摂ると、受動拡散による吸収量が増えるため、調節範囲を超えて多く吸収されてしまうことになります。
因みに、巷では「カルシウムは吸収率が高くないため… 吸収率を高めるために…」などというフレーズが目につきます。無知、または良心の無さにも程があります。血中カルシウム濃度は、一気に高めてはいけないからこそ、吸収率が低くコントロールされているのです。マグネシウムを含めた他のミネラルでも同様のことが言えます。
話を戻しますが、上記の受動拡散による吸収は、腸管内のカルシウム濃度が高いほど増加しますので、カルシウム単独のサプリメントや医薬品を過剰摂取することは避けなければなりません。「骨にカルシウムを…」という話は「カルシウム神話」であって、そんなことをしても骨密度は上がりません。
その他、夏場を中心とした紫外線を多く浴びる季節にビタミンDサプリメントを過剰摂取することも避けなければなりませんし、血中カルシウム濃度が高まる他の原因としてホルモン異常(副甲状腺ホルモン(PTH;パラソルモン))の過剰放出があります。
4. pHの変化(アルカローシス)
血液がアルカリ性側に傾くと、リン酸カルシウムの溶解度が低下し、沈殿を生じやすくなります。なお、通常は血液のpHは狭い範囲に調節されています(7.40±0.5)ので、容易にはアルカリ性側に傾くことは無いのですが、過呼吸(過換気症候群)の場合や、透析後の一過性アルカローシスの場合を挙げることができます。
5. 石灰化抑制機構の破綻
本来は、体内には石灰化を防ぐ仕組み(PPi、ENPP1、ANK、ALPなど;添付した図の右側中段の表参照)が存在するのですが、それが破綻すると、リン酸カルシウムの沈殿化が進行することになります。
なお、「PPi」は〝無機ピロリン酸〟を表していて、そのイオンの構造を図の右下に示しておきました。これは、ATPの加水分解によって生成されるものですが(ATP→ADP+Pi ではなく、ATP→AMP+PPi)、意図的にPPiを増やすことにつきましては、今のところは不可能です。逆に、慢性腎臓病の場合にPPiが低下しますので、慢性腎臓病にかからないことが重要です。
6. 局所的な炎症や組織障害
関節周囲炎、血管壁の炎症、皮膚の炎症などがあると、局所で石灰化が促進されます。このうち、血管壁の炎症につきましては、粥状硬化(アテローム性動脈硬化)が炎症性ですので、いわゆる一般的な動脈硬化を起こすと、それによって中膜硬化も一緒に進行していく、という関係になります。
以上のことが、ヒトで異所性石灰化が起こる主な原因になります。先にupしています『カルシウムは昔も今も細胞にとって非常に危険な元素』で述べましたように、私たちの細胞は徹底的にカルシウムを嫌っています。それにも拘らず、日本人は「カルシウム神話」を押し付けられ、細胞とは真逆の栄養政策を実行させられました。
「骨密度を測ったら低かったので、カルシウムを勧められました」という対策は、ごく一部の人を除き、何の効果もありません。それどころか、異所石灰化を進めることになってしまいます。因みに、骨粗しょう症の原因として大きなものから順に並べるならば、性ホルモンの減少(閉経など)、運動不足、タンパク質不足、マグネシウム不足、ビタミンD不足、そして、一部の人でカルシウム不足、老化、遺伝、生活習慣などという順になります。もし、誤って認識されていた人がいたならば、この機会に修正していただけることを願っております。
