空を飛ぼうとした哺乳類

空を飛ぼうとした哺乳類
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◆ まず昆虫が飛んだ
 地球上で最初に空を飛んだ生物は、昆虫です。それは、今から約4億年前(デボン紀)のことであると推定されています。もちろん、最初は高く飛べず、滞空時間も短かったでしょうが、重力に逆らって空中に体を浮かせることができたことは、画期的な出来事でした。もし、昆虫に高次脳機能や感情が備わっていたのなら、そのときの感動は、さぞかし大きかったことでしょう。
 そもそも、昆虫の祖先にあたる甲殻類の一部が、約4億8,000万年前に海から陸に上がり、そこから約8,000万年後には翅(はね)を獲得して飛べるようになったのです。要するに、水中生活から空を飛べるようになるまでに約8,000万年を費やしたのですが、これは長い生命の歴史からすると、本当に短い期間なのです。
 その進化の歴史を証明するかのように、昨日まで池の中で生活していたヤゴが、今日はトンボとして圧倒的な飛翔能力にて上空を飛んでいる…。昨日まで水たまりのボウフラだったものが、今日は蚊として血を吸いに来る…。この激変は、人間様には到底まねのできない恐るべき能力だと言えます。

◆ 次は翼竜が飛んだ
 その次に空を飛んだ生物は、翼竜です。それは、約2億2,000万年前(三畳紀)のことでした。昆虫が外骨格の一部を利用して翅を獲得したのに対し、翼竜は、脊椎動物として初めて、前肢を大きく変化させて空を飛ぶ能力を獲得したのです。しかも、その翼の構造は実に独特でした。前肢の4本の指のうち、第4指だけが異常なほど長く伸び、その指先から胴体や後肢にかけて、薄い飛膜が張られていたのです。つまり、私たちが一般にイメージする鳥のような羽毛の翼ではなく、長く伸びた指で大きな膜を支える翼だったのです。
 この構造によって、翼竜は空中を自在に飛び回ることができました。小型のものから、翼を広げると10メートルを超える巨大なものまで現れ、最終的には地球史上最大級の飛翔動物にまで進化しました。現代の鳥類でも、翼開長が3メートルを超えるものは限られていますが、翼竜の中には、それをはるかに上回る大きさのものが存在したのです。しかも、翼竜は単に空中を漂っていたのではありません。自ら翼を羽ばたかせて離陸し、上昇し、方向を変えながら飛行する能力を備えていました。昆虫に続き、今度は脊椎動物までもが、重力に逆らって空を活動領域に加えたのです。
 ただ、翼竜がどのような動物から進化し、どのような段階を経て飛べるようになったのかについては、まだ十分に分かっていません。最古級の翼竜化石は、すでに飛行に適した完成度の高い翼を備えており、滑空しかできなかった段階や、翼が発達し始めた段階を示す化石は、現在のところ見つかっていないのです。要するに、翼竜は化石記録の中に、ほぼ完成した飛翔動物として突然登場したように見えるのです。

◆ 3番目に飛んだのは鳥であった
 翼竜に続いて空を飛んだのは、鳥類です。その起源は約1億5,000万年前(ジュラ紀後期)にまで遡ります。鳥類は、恐竜とは別の生物として突然現れたわけではありません。実は、鳥類は獣脚類と呼ばれる二足歩行の肉食恐竜の一系統から進化してきたのです。つまり、現在の空を飛ぶ鳥たちは、恐竜の子孫であり、分類学的にも恐竜の一員なのです。現代のハトやスズメ、ワシなどを見ていると、かつてティラノサウルスやヴェロキラプトルが闊歩していた恐竜時代と結び付けるのは難しいかもしれませんが、進化の系譜をたどれば、確かに同じ恐竜の仲間なのです。
 鳥類の起源を考えるうえで欠かせないのが、始祖鳥(アーケオプテリクス)です。約1億5,000万年前の地層から発見されたこの動物は、翼に風切羽を備えており、羽毛による飛行に関係した特徴を持っていました。一方で、口には歯があり、長い尾には多数の椎骨が並び、前肢には爪のある指が残っていました。即ち、鳥類らしい羽毛の翼を持ちながら、骨格には恐竜の特徴も色濃く残していたのです。まさに、恐竜から鳥類へと続く進化の過程を考えるうえで、非常に重要な存在だったのです。
 ところが、ここで面白いことがあります。羽毛は、最初から飛ぶために進化したものではなかったと考えられているのです。実際、始祖鳥よりも古い、あるいは近い時代の恐竜の化石から、飛行能力を持たないにもかかわらず、全身に羽毛や羽毛に似た構造を備えていたものが次々と発見されているのです。初期の羽毛は、体温を保つため、あるいは仲間へのアピールや体色による識別などに利用されていた可能性があります。それが長い進化の過程で複雑な構造へと変化し、やがて空気を受け止めることのできる羽毛へと発達していったのでしょう。要するに、飛ぶために羽毛が生まれたのではなく、別の用途で存在していた羽毛が、後になって飛行という新しい機能にも利用されるようになった可能性が高いのです。
 また、鳥類の飛行能力も、一度に完成したわけではありません。羽毛の形状、前肢の骨格、肩や胸の筋肉、胸骨など、飛行に関係する身体構造が長い時間をかけて変化し、少しずつ空中移動に適した身体が形成されていきました。現在の鳥類が持つ、軽量でありながら強度のある骨格や、強力な飛翔筋、効率よく酸素を取り込む呼吸器系も、その長い進化の積み重ねによって獲得されたものです。
 こうして、昆虫、翼竜に続き、鳥類もまた空を生活の場に加えました。ただし、鳥類と翼竜は、どちらも前肢を翼として利用する動力飛行動物でありながら、その翼の構造は全く異なっています。翼竜は一本の長い指で飛膜を支え、鳥類は前肢の骨格と羽毛によって翼を形成しました。同じ「空を飛ぶ」という能力に到達するために、全く異なる身体構造が進化したのです。

◆ 滑空できる哺乳類は存在していた
 昆虫が飛び、翼竜が飛び、そして鳥類までもが空を飛ぶようになりました。では、私たちが属している哺乳類はどうだったのでしょうか…。体が重くて、飛ぶ気にさえならなかったのでしょうか…。
 実は、地上や樹上で生活していた哺乳類たちの中には、空中を利用する方向へ進化した仲間が現れていました。ただし、自力で羽ばたいて飛ぶ能力を獲得したわけではありません。まずは、樹上から別の木へ移動するために、身体の一部を広げて空気を受け止める「滑空」という方法を身につけたのです。例えば、これは化石から発見されたものなのですが、約1億6,500万年前(ジュラ紀)の地上にはボラティコテリウム(Volaticotherium)という哺乳類がいて、身体の左右に広がる膜を利用し、樹上から滑空していたと考えられています。つまり、鳥類が登場するよりも前に、哺乳類の一部は空中を移動する能力を獲得していたということになります。
 現代にも、滑空を得意とする哺乳類は複数存在します。例えば、ムササビやモモンガは、前肢と後肢の間に広がる飛膜を利用して、樹木から樹木へと滑空します。また、オーストラリアなどに生息するフクロモモンガも、同様の方法で移動します。さらに、ヒヨケザルと呼ばれる動物は、四肢の間だけでなく、首から指先、尾の先端にまで及ぶ広い飛膜を備えていて、哺乳類の中でも特に優れた滑空能力を持っています。
 これらの動物は、いずれも鳥やコウモリのように羽ばたいて上昇することはできませんが、樹上生活においては、移動距離を延ばし、地上に降りる危険を減らすという大きな利点を得たのです。
 興味深いのは、こうした滑空能力が、哺乳類の一つの共通祖先から受け継がれたものではないということです。ムササビやモモンガ、フクロモモンガ、ヒヨケザル、そして絶滅したボラティコテリウムは、それぞれ異なる系統に属しています。つまり、身体の側面に膜を広げて空中を移動するという仕組みが、哺乳類の進化の中で何度も独立して生み出されたということです。このように、同じような環境上・生活上の利点が、異なる生物に似た形態を進化させることを、収斂進化(しゅうれんしんか;収束進化)と呼びます。

◆ 自力で羽ばたき飛び立った哺乳類
 そして、哺乳類の中から、滑空ではなく、自力で羽ばたいて飛ぶ動物が現れました。それがコウモリです。コウモリの最古級の化石は約5,000万〜5,500万年前の地層から発見されていますが、その時点で既に、かなり発達した飛行能力を備えていました。そのため、コウモリがどのような哺乳類から分岐し、どのような段階を経て飛行能力を獲得したのかについては、まだ十分には分かっていません。それでも、滑空する哺乳類が複数の系統で現れ、さらにそれらとは別の進化の道筋で、羽ばたいて飛ぶコウモリが誕生したことは確かです。
 コウモリの翼は、前肢の指が極端に長く伸び、その指の間から後肢にかけて薄い皮膜が張られています。即ち、翼竜と同じように飛膜を利用しているのですが、翼竜が主に一本の長い指で飛膜を支えていたのに対し、コウモリは複数の長い指で膜を支えるという、全く異なる構造を獲得したのです。この長い指は、単に翼を大きくするためだけのものではなくて、指の長さや開き方を細かく変えることで、飛膜の張り具合や翼の形状を調節できますので、飛行中の揚力や空気抵抗を制御するうえでも重要な役割を果たしています。しかも、羽毛ではなく薄い皮膜を翼として利用していますので、翼の形状を変化させやすく、複雑な旋回や急激な方向転換にも対応できるのです。
 もちろん、空を飛ぶためには、翼を備えるだけでは不十分です。まず、体重に対して十分な揚力を得られるだけの翼面積が必要になります。コウモリは、身体の大きさに比べて非常に大きな翼を持っていて、飛膜を広げることで、広い面積に空気の力を受けることができます。仮に体重70 kgの人間が、時速36 km程度で水平飛行するとすれば、単純計算でも約9.3 m²(約5畳半)の翼面積が必要になります。しかも、それだけの翼を羽ばたかせる筋力も備えなければならないのです。そのため、コウモリの胸部には大きな飛翔筋が発達していて、胸骨などに付着した筋肉が前肢を力強く動かします。
 また、飛行するためには、体重をできるだけ軽くすることも重要です。コウモリは、身体の大きさに比べて軽量な骨格を持ち、飛行に必要な筋肉を発達させながらも、体重を抑える方向に身体を適応させています。ただし、鳥類のように骨の内部が広く空洞化しているわけではなく、骨の構造はコウモリ独自のものです。また、飛行中は大量のエネルギーを消費しますので、酸素を取り込み、全身へ運び、筋肉で効率よく利用する能力も欠かせません。コウモリは、こうした高い代謝能力によって、羽ばたき続けるためのエネルギーを供給しているのです。
 要するに、コウモリが空を飛ぶために獲得したものは、単なる広い翼だけではなくて、長く伸びた指、広い飛膜、発達した飛翔筋、軽量な身体、そして高いエネルギー供給能力などです。言い換えるならば、コウモリは、哺乳類の身体を基本としながら、自ら羽ばたいて飛べるように、非常に大がかりな改造を重ねることによって、ようやく飛行能力を身に付けることが出来たのだと言えます。

◆ 人類も羽ばたいたが飛べなかった
 さて、ここまで昆虫、翼竜、鳥類、そして哺乳類のコウモリが、どのようにして空を飛ぶ能力を獲得してきたのかを見てきました。では、人類はどうだったのでしょうか。鳥のように翼を広げ、羽ばたいて空を飛びたいという願望は、かなり古くから存在していました。古代ギリシャのイカロスの神話も、その願望を象徴するものと言えるでしょう。そして、実際に人間の身体に翼を取り付け、空を飛ぼうとした人々もいました。
 特に有名なのが、15〜16世紀に活躍したレオナルド・ダ・ヴィンチです。彼は鳥やコウモリの飛行を観察し、人間が操作する羽ばたき式の飛行機械、いわゆるオーニソプター(ornithopter)を数多く考案しました。手や足の力を歯車や滑車などに伝え、大きな翼を上下に動かそうとしたのです。その後も、腕や脚に翼を取り付けたり、ペダルを踏んで翼を動かしたりする装置が考案され、実際に試験されたものもありました。しかし、こうした試みの多くは、十分な揚力を得られず、飛行には至りませんでした。
 では、何が足りなかったのでしょうか。まず、人間の筋力です。鳥類やコウモリは、体重に対して非常に発達した飛翔筋を持っていますが、人間の胸や腕の筋肉は、そもそも羽ばたいて身体を空中に持ち上げるようにはできていません。仮に人間の体重を70 kgとすると、水平飛行を維持するだけでも、上述しましたように、時速36 km程度で水平飛行するならば単純計算で約9.3 m²(約5畳半)の翼面積が必要になります。飛行速度が遅ければ、さらに大きな面積の翼が必要になります。従いまして、人間が腕や脚を使って翼を動かす仕組みを作ったとしても、必要な出力を長時間維持することは極めて困難でした。
 さらに、飛行機は単に空中に浮かべばよいというものではなくて、飛行中に機体の姿勢を安定させ、上昇や下降、左右への方向転換を自在に行うための操縦機構が必要です。人間が翼を羽ばたかせることに力を使い切ってしまえば、姿勢を制御する余力もなくなります。また、当時は翼の形状や空気抵抗、揚力の発生条件についての理解も十分ではなく、軽くて強度のある機体構造を作る技術も限られていました。つまり、筋力だけでなく、空気力学、材料、動力、操縦技術のすべてが不足していたのです。
 その後、人類は鳥のように羽ばたく方式にこだわらず、固定された翼に空気を受け、その翼を前進させることで揚力を得る方式へと進んでいきました。そして1903年、ライト兄弟がエンジンでプロペラを回す動力飛行機を開発し、操縦可能な有人動力飛行を成功させたのです。人類は、自分の筋力で羽ばたくという方法では飛べませんでしたが、機械の力を利用することで、ついに自ら空を飛ぶ能力を手に入れました。

◆ 挑戦し続けることが大切
 地球上で最初に空を飛んだ昆虫から始まり、翼竜、鳥類、コウモリへと続いてきた飛翔の歴史を振り返ると、そこには実に壮大な進化の物語があります。最初から空を飛ぶために完成された身体を持っていた生物など、おそらく存在しなかったでしょう。身体の一部が少し変化し、それが別の用途にも役立ち、さらに別の変化が積み重なって、やがて空を飛ぶという、それまで不可能だった能力に到達したのです。
 もちろん、進化は誰かが夢を描いて努力した結果ではありません。生物が未来の姿を思い描いて身体を変えたわけでもありません。しかし、環境の中で生き残るための小さな変化が積み重なり、何千万年、何億年という時間を経て、かつては想像もできなかったような能力が生み出されてきたのです。そう考えると、生命というものは、私たちが普段考えている以上に大きな可能性を秘めていると言えるでしょう。
 一方、人類は進化によって翼を獲得することはありませんでした。それでも、空を飛びたいという願望を捨てず、何度も失敗を繰り返しながら、ついには自分の身体とは全く異なる仕組みを作り上げました。人間の筋肉では動かせないほど大きな翼を、エンジンという動力で動かし、鳥の身体を持たなくても空を飛べるようにしたのです。これは、生物進化とは別の道筋で、人類が自らの可能性を広げた出来事だったと言えます。
 私たちは、目の前にある能力や身体の限界を、つい絶対的なものとして考えてしまいがちです。しかし、かつて地上を這っていた生物が空を飛び、樹上で暮らしていた小さな哺乳類が羽ばたき、そして人間までもが空を飛ぶようになりました。今は不可能に見えることでも、その仕組みを理解し、別の方法を探し、試行錯誤を重ねていけば、思いもよらない道が開けるかもしれません。
 夢を実現する方法は、一つとは限りません。自分自身の身体を変えることができなくても、道具を作ればよい。道具で足りなければ、新しい原理を探せばよい。大切なのは、最初に思い描いた方法に固執することではなく、実現するための可能性を探し続けることなのでしょう。

 
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執筆者
清水隆文

( stnv基礎医学研究室,当サイトの keymaster )
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