多くの人は「健康を保つためには運動は欠かせないものである」という認識は持っておられることでしょう。そして、そのうちの多くの人は「運動しないと体がなまるから」とか、「運動しないと太るから体に良くない」とか、「運動することでストレスが発散できて健康度が高まるから」という感じの捉え方であろうと思われます。また、理解がもう一段深まっている人であれば、「運動すると筋肉が付いたり、心肺機能が高まったりするから」とか、「高血圧や糖尿病などの生活習慣病が防げるから」などと考えておられることでしょう。
当ブログにおきましては、「カテゴリー」の一つに「運動-健康」というジャンルを設けていまして、これに該当する記事は今までで9個になっていまして、この記事を含めると10個目になります。直近では『先に軽運動してから学習し4時間後にも運動する』というタイトルにて、運動をすることによって記憶力が高まることを紹介しました。今後におきましても、運動の関係で書いていかなければならないことは沢山あるのですが、その途中段階として必ず触れておかなければならないことがあって、そのうちの一つが今回のテーマにします〝マイオカイン〟です。
運動しなけらばならない理由につきましては、既にupしている記事に『リンパ心臓を持たないヒトは寝るときも動き回る必要あり』というものがあるのですが、これは、筋肉がポンプの役割をしていて、特にリンパ液の流れを作り出すためには筋肉を収縮させてやらなければならないというお話でした。そして今回の〝マイオカイン〟のお話は、筋肉が収縮するたびに何種類もの物質が筋肉から放出され、それによって心身の健全性が保たれるというお話です。逆に言えば、筋肉の収縮が無ければマイオカインが放出されないため、心身の健全性が保たれなくなるということになります。
では、マイオカインとは何なのかということですが、「マイオ-」は「myo-」で、「筋肉の…」を意味しています。また、「カイン」は「kine」で、生理学の分野では「動かす(作動させる)物質」を意味しているのですが、「マイオカイン」と言った場合の「カイン」は「サイトカイン」を意味しています。要するに、「マイオカイン」とは「筋肉から放出されるサイトカイン」だということになります。
では、「サイトカイン」とは何なのかというと、「細胞から分泌されるタンパク質のうち、細胞間の情報伝達を担うもの」を指します。結局、「マイオカイン」は「筋肉の細胞から分泌されるタンパク質のうち、細胞間の情報伝達を担うもの」を指すことになります。
そうなると、「マイオカイン」は、そのような役割を果たす物質の〝総称〟だということになります。実際には膨大な種類があるのですが、掲載した図(高画質PDFはこちら)に描かれているのは、そのうちの主要なものだと捉えていただければと思います。
大切なことは、マイオカインが多く分泌されるのは、骨格筋が収縮した時だということです。即ち、沢山の骨格筋を身にまとっていても、収縮させなければあまり意味がないということになります。そして、筋肉が収縮する時というのは体を動かしているときに相当します。だからこそ、体を動かさなければマイオカインが充分に出ず、その時間が長引くほど心身の健康が損なわれていくことになるわけです。
実例を幾つか見てみることにしましょう。図の中央真上に脳の絵があります。そして、筋肉から2本の矢印が脳に向かって描かれています。そのうちの1つは〝L-6(インターロイキン-6)〟です。これは、一般的には、免疫系の細胞から放出される場合について解説されるのですが、骨格筋から放出されて脳に届いた場合は、食欲を抑制し、脂肪の分解を促す役割を果たすことになります。要するに、運動していると、食欲が抑えられ、脂肪の分解が促されることになるわけです。
脳に向かうもう1つの矢印は、〝イリシン〟と〝カテプシンB〟です。これらはBDNF(Brain-derived Neurotrophic Factor;脳由来神経栄養因子)の産生を促進し、それによって海馬のニューロン新生を促進することになります。それは即ち、運動することによって、記憶や学習の能力が向上し、認知機能が高まることを意味します。一言で言えば、「頭を良くしたいのなら運動しなさい」ということになります。
掲載した図に、骨格筋から体の各部位へと到達したときに生じる効果と、それを担っているマイオカインの種類について短文にて表示しましたので、それを見て頂ければ結構なのですが、ここにもその内容を羅列しておきます。
上述の脳から時計回りに見ていきますが、骨格筋から放出されたIL-6は、内臓脂肪組織に到達すると、その部分の内臓脂肪を減らすように働きます。言い換えるならば、運動をして内臓脂肪が減るのは、単に内臓脂肪がエネルギー源として消費されるだけでなく、IL-6が脂肪細胞に働いて貯蔵脂肪を減らすように指示を与えるからだということになります。
以降、もっと簡単に羅列していきますが、骨格筋から放出されたIL-6、イリシン、メテオリン様物質は、白色脂肪組織を褐色の表現型に変えることに関与しています。マクロファージに到達したIL-6は、TNF産生を阻害し、IL-1raおよびIL-10産生を刺激することにより、抗炎症作用を発揮します。骨格筋内では、マスクリン、LIF、IL-4、IL-6、IL-7、および IL-15 は、筋肉を肥大させることに関与しています。腎臓に到達したIL-6は、コルチゾールの産生量を増やし、好中球の増加とリンパ球の減少を起こします。腸に届いたIL-6は、腸のL細胞によるGLP-1の発現を誘導し、インスリン分泌の増強につながります。膵臓に届いたオステオプロテゲリン、アンジオゲニン、およびIL-6は、炎症性サイトカインに対するベータ細胞保護作用を持っています。肝臓に届いたIL-6 は、運動中のグルコース取り込みと肝臓のグルコース出力を刺激します。骨に届いたミオスタチンは、過剰な筋肥大や、過剰な骨形成を防ぐ役割を果たしています。同じく骨に届いたIL-6、デコリン、FGF-2、IGF-1は、骨形成にプラスの影響を与えます。血管内皮細胞に届いたFSTL-1は、内皮機能とアテローム性動脈硬化性血管の血行再建に有益な効果をもたらします。皮膚に届いたIL-15は、肌の老化を遅らせます。
あまりに細かなことは気にする必要は無いのですが、運動しなければならない理由は、冒頭に挙げた幾つかのことも当然のことなのですが、運動によって筋肉が収縮するとマイオカインが放出され、それが体の各部分に届き、そこで健康の維持・増進にとって極めて重要な働きをするからだということになります。