私たちは、年齢が高まるほど、何かにぶら下がることが減ってきます。電車のつり革につかまったとしても、全体重を肩関節にかけるわけではありません。中には、ぶら下がり健康器がブームになった頃から、今でも週に何回か、ぶら下がっている人がいらっしゃるかもしれませんが、何年にもわたって継続することは難しいことだと思います。また、ぶら下がり方にも基本と呼べる関節の角度がありますので、それは後に述べることにします。
一方、子どもの頃は、遊具の雲梯(うんてい)や鉄棒など、ぶら下がって全体重を肩関節にかけることが結構多いものです。この、成長に伴う、ぶら下がり頻度の減少が、肩関節の健全性の維持に大きく関係してくることになります。
なぜ、肩関節の健全性維持のためにぶら下がらなければならないのかは、私たち人類の進化の過程に理由があります。冒頭に載せた写真は、お猿さんですが、片腕でぶら下がって全体重を肩関節にかけています。このような運動は、犬や猫や牛には絶対にマネできませんし、強引にすると関節が外れてしまいます。私たちヒトという生物種は、進化の過程において、樹状生活を基本としている時期がありましたが、その時に、私たちの手や腕や肩関節の構造の基本形が出来上がりました。
では、子どもたちが雲梯をしているときの腕や肩の角度を見ていただきたいと思います。これは、理想に近い角度になっているわけで、この角度はゼロポジションと呼ばれています。何故これが理想的なのか…。これは理屈抜きに、ぶら下がり運動をするために作られた構造だからです。そして、この角度で腕をかなり強く引っ張っても、肩関節が外れることのないように作られています。
なぜ強くなっているかというと、樹状生活で枝から枝へと移るとき、移った先の枝に掴まった瞬間、体重の何倍もの引っ張り力が肩関節にかかります。それで肩関節を外してしまったヒトの祖先は、子孫を残せる機会が減ったという、選択圧による結果です。そのため、現存の類人猿の肩関節は、角度がゼロポジションになっている限り、体重の何倍もの引っ張り力がかかっても、決して外れない構造になっているということです。
現代のヒトの場合、腕をぐるぐると自由に回せるので関節自体は比較的浅いのですが、強靱な靱帯と何本もの筋肉が均等に引っ張られる状態になるのがゼロポジションの角度であって、決して脱臼しないようにしっかりと保持されることになります。言い換えれば、肩周りにある多くの筋肉群に掛かる力が、このゼロポジションの時に最も均等になることが、引っ張り強さの秘密だということになります。
従って、ゼロポジションからズレた角度で腕を引っ張ると、意外と簡単に関節が外れて脱臼することがあります。上述のぶら下がり健康器の場合、一般的には両手の間隔が肩幅に近いですから、これはゼロポジションから少々ズレた角度になります。そのため、引っ張り強度としては少し弱い角度になります。これで無理をすると、過負荷によって炎症を起こすリスクが高まることになります。
ボールを投げる時や、バレーボールのスパイク時となども、ゼロポジションを通って奇跡を描くように動作すると、肩を壊すリスクが低下することになります。
現代人の日常生活においては、腕を下ろしている時間が大半だと思います。すると、肩周囲の筋肉群や腱や関節包などの構造物は、腕を下ろしている状態に適応しようとします。これが長期化すると、腕を上げることが困難になるようにまで変化していきます。このような変化を防ぐには、腕をゼロポジションにまで上げる時間を、なるべく多く設ける必要があるということになります。
ゼロポジションの角度は、お猿さんが片腕でぶら下がっているときや、子どもたちが雲梯をしているときの角度になります。日常的に行うのならば、片腕で何かにつかまり、ぶら下がるように、無理をしないように体重をかけるのが良いでしょう。体重をかけることの意味は、それによって肩周囲の筋肉や腱が均等に伸ばされ、それらの長さや強度のバランスが本来の状態に回復しようとすることです。