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老化細胞を生まれにくくするために──細胞が参照する“情報の変質”という視点から

老化細胞を生まれにくくするために──細胞が参照する“情報”の変質という視点から

◆ はじめに
 2年ほど前に、『長寿のハダカデバネズミも老化細胞を完璧に除去していた』という記事において、ハダカデバネズミが老化細胞をほとんど蓄積しないことについて紹介しました。それは、老化細胞が生まれるやいなや、速やかにアポトーシス(積極的かつプログラムされた細胞死)させてしまうため、老化細胞がほぼ存在しない状態を維持できる、ということです。
 一方、ヒトの場合には老化細胞が組織内に蓄積することが多く、それがハダカデバネズミのような長寿になれない大きな理由であると言えます。老化細胞が組織内に蓄積すると、そこから慢性的な炎症を進める様々なサイトカイン(細胞から分泌される情報伝達のための生理活性タンパク質)が分泌されて、組織の老化と生体全体の老化が進むことになります。そのため、生じた老化細胞を出来るだけ早く除去するという活性を示す物質として、ファイトケミカルの一つであるケルセチン(クェルセチン;quercetin)を紹介しました。
 そこで今回の記事では、“老化細胞が生まれる仕組みそのもの” を、細胞が参照している“情報”の観点から見つめ直してみたいと思うわけです。

◆ “老化細胞”の定義について
 老化細胞の定義としましては一般的に、“細胞分裂が永久に停止した状態であり、死滅せずに体内に居座り続ける細胞”であるとされています。ただし、上記はあまり正確な定義ではなく、何故なら、普通に分化してその組織特有の細胞になってからは細胞分裂しない健康な細胞も多いからです。具体的には、表皮の細胞、消化管の粘膜細胞、血液の細胞など、幹細胞から生み出される細胞たちがそれに該当します。要するに、細胞分裂は永久に停止するわけですが、それが即ち老化細胞ではないからです。
 一方で、分化して組織の細胞になった後も、分裂を継続する細胞もあります。具体的には、肝細胞、血管内皮細胞、線維芽細胞などです。これらの細胞たちが永久的に細胞分裂を停止してしまった場合、それは老化細胞である可能性が高くなってきます。
 従いまして、老化細胞の定義として“細胞分裂の能力”を第一に挙げることはあまり好ましくはありません。そこで私の場合は、老化細胞の定義としましては、“その細胞の本来の役割が果たせなくなって、本来はアポトーシスすべき細胞であるにもかかわらず、組織内に残存して周囲に悪影響を及ぼすようになった細胞”というふうに定義させていただきます。

◆「情報の変質」という視点から見た老化細胞の誕生
 さて、老化細胞に関する理解を更に深めるために、細胞の反応を決めている“情報”に目を向けてみることにします。
 細胞は、DNA に書かれた情報と、細胞外から届く膨大な“環境の情報”の両方を参照しながら、その場に最も適した反応プログラムを選び、自分の役割を果たしています。しかし、前々回の記事『老化の始まりを見つめる ──細胞が参照する“情報の変質”』で述べましたように、日常生活で受ける過剰なストレスや損傷が原因で、細胞が参照している “情報そのもの” が少しずつ変質していきますと、結果として、細胞は本来の役割を果たせなくなる、ということが起こり得るわけです。これによって生じた細胞も、いわゆる“老化細胞”と見なすことができるのではないか、ということです。
 言い換えるならば、この視点に立つと、老化細胞は自らの機能低下以外に、変質した情報を参照したがために、本来とは異なる反応を起こすようになった、または起こしやすくなった細胞も含まれる、ということになるわけです。

◆ SASPとは何か──本来の役割と、情報変質による“誤作動”
 “情報が変質する原因”は前々回の記事にてまとめているのですが、項目のみ再掲しておきますと、1. 修復ミスの蓄積、2. エピゲノムのズレ(使い方の情報の変質)、3. 遺伝子発現の揺らぎ、4. 反応プログラムの変質、の4つです。細胞にとっては内的な要因も外的な要因もあるわけですが、基本的には細胞は誠実に反応・活動しようとしているにもかかわらず、変質した情報によって、歪められてしまうということです。
 話を戻しますが、自らの機能低下や、参照した情報が変質していたが為に、本来の活動ができなくなった細胞は、“老化細胞”と呼ばれるようになります。その後、速やかにアポトーシスさせられれば問題は無いのですが、残存することになると、次のような悪影響を及ぼすようになります。
 老化細胞が周囲の組織に悪影響を及ぼす現象として最もよく知られているのが 、SASP(Senescence-Associated Secretory Phenotype) と呼ばれる現象です。これは、老化細胞がサイトカインやケモカイン、成長因子など、さまざまな生理活性物質を分泌するようになる状態を指します。
 本来、これらの分泌物は“異常を知らせるための信号”として働きます。細胞が損傷を受けて活動を停止した際、その細胞が周囲に危険を伝え、免疫細胞を呼び寄せたり、組織の修復を促したりするための仕組みです。言い換えるならば、SASP は 組織の維持と修復のために備わっている正常な反応プログラム であると言えます。
 しかし、細胞が参照している“情報”が変質してしまうと、この反応プログラムが本来の目的から外れ、必要のない場面でも持続的に作動するようになります。老化細胞の場合であれば、そもそも参照した情報が変質したために老化細胞の仲間入りをすることになってしまったのに、更に、自分が行うSASP までもが異常になってしまうということです。
 その結果として、組織に慢性的な炎症が生じ、周囲の細胞の機能低下を招き、組織全体の老化を進める要因となってしまいます。要するに、SASP は、本来は組織を守るための反応であるにもかかわらず、変質した情報を参照した老化細胞によって“誤作動”として持続してしまう、という点に、老化の本質的な問題があるわけです。

◆ 老化細胞が“生まれにくいように環境を整える”という視点
 老化細胞が組織に悪影響を及ぼすことは確かですが、老化細胞そのものを「悪者」として扱うことは、あまり適切ではありません。細胞は、参照した情報に基づいて最適だと判断した反応プログラムを選んでいるだけであり、老化細胞もまた、その時点で利用可能な情報に従って誠実に反応した結果として生じた細胞だからです。
 老化細胞が生じる背景には、上述しましたように「情報の変質」があります。その根本原因は、修復ミスの蓄積、エピゲノムのズレ、遺伝子発現の揺らぎ、反応プログラムの変質などです。これらはいずれも、細胞が日々受けるストレスや損傷が積み重なることで生じるものです。従いまして、老化細胞に対してどのように向き合うかを考える際には、老化細胞が生まれにくいように環境を整える、という視点が重要になってきます。
 細胞が参照する情報が変質しにくい環境を維持することは、細胞が本来の役割を果たし続けるための基盤となります。具体的には、以下のような条件を挙げることができます。
・過剰な炎症を避けること
 慢性的な炎症は、細胞にとって常にストレス源となり、情報の変質を加速させます。
・酸化ストレスを抑えること
 活性酸素の増加は DNA やタンパク質の損傷を招き、修復ミスの蓄積につながります。
・ミトコンドリアの健全性を保つこと
 ミトコンドリアは細胞外情報の“翻訳装置”として働くため、その機能低下は情報の変質を引き起こしやすくなります。
・適度な栄養と代謝バランスの維持
 過栄養や代謝の乱れは、エピゲノムのズレや遺伝子発現の揺らぎを誘発します。

 これらはいずれも、細胞が本来の役割を果たすために必要な“情報の質”を守るための条件です。言い換えるならば、細胞が誠実に働き続けられる環境を整えることこそが、老化の進行を緩やかにするための根本的なアプローチ であると言えます。

 
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