今日のお話は、先にupしました『現代の住環境が高ストレスを生み病人を作る』の内容と密接に関連したものとなります。両者の違いは、先にupしたものは主に目から入ってくる〝視覚情報〟を着眼点としていますが、今日のお話は〝聴覚情報・皮膚感覚情報〟を着眼点としたものです。
そもそも、私たちは大きな錯覚のもとに日常生活を送っています。例えば、空調の効いた奇麗な部屋に置かれたフカフカのソファーに横たわり、好きな動画を見たり好きな音楽を聴いているのが最もリラックスできて、健康にもアタマにも良いと思っている人が多いことでしょう。また、そのような部屋は都心に近くて便利な地域にあり、交通騒音などが入ってこないように分厚い壁と遮音材と3重ガラス窓などによって静粛性が保たれているのが良いと思っている人が多いことでしょう。また、ウイルスや細菌、環境汚染物質の影響を受けにくいように、衛生環境を徹底的に高めた人工環境を造り出すことが最も良いと思っていることでしょう。
そのようなものを実現しようと、1960年代後半から1970年代における最先端の知見と、当時の最先端の技術を投入して造り上げられてきたのが筑波研究学園都市です。そして、そこに国立の様々な研究機関や大学が次々と建設・移転されていきました。それらの詳細は別の資料をご覧いただくとして、心身の健康面において最も重要だと思われることに話を絞っていくことにします。
「筑波病」、或いは「つくばシンドローム」という言葉をご存じの方もいらっしゃることでしょうが、これは自殺者が多かったことを表す言葉でした。年代としては1977年(昭和52年)から1988年(昭和63年)にかけてが顕著であったと記録されています。特に、1985年末から1986年にかけては、同一の研究所から1か月に3名の研究者が自殺したそうです。一般的に見れば、最先端の研究環境を与えられ、社会的地位や名誉も高いと思われていたはずです。職員住宅も近隣にあって新築でもありますから、随分と便利で奇麗であったはずです。では、何が彼らを自殺にまで追い込んだのでしょうか…。
私たちの脳の構造は、私たちが魚類や両生類や爬虫類であった頃に作られた古い脳の部分に覆いかぶさるように新しく大脳が発達してきた形になっています。そして現代人は、大脳によって様々なことを考えて実行に移していますが、その大脳によって造り出された産物の一つが筑波研究学園都市だったのです。
大脳が、その内側にある脳幹(間脳(視床・視床下部)、中脳、橋、延髄)と完璧に連動していれば、或いは、大脳が脳幹の完璧な支配下にあるのならば、問題は起こり難かったのではないかと思われます。しかし現実は違います。大脳で考えた通りの理想郷を筑波に造ってしまった結果、脳幹の部分に然るべき種類と量の情報が入らなくなって機能低下を起こし、脳幹による大脳の統制が上手く出来なくなってしまったのです。
因みに、例えば大脳に広がっているセロトニン神経の神経細胞は脳幹に存在しています。そのため、脳幹の機能低下はセロトニン神経の活動低下を来し、それは即ち大脳の活動を上手く制御できない状態へと陥れることになります。うつ病や不安障害などの精神疾患が生じるのもその結果の一つですし、学習や記憶などの高次機能も低下することになります。また、摂食、睡眠、性行動、体温調節などの本能的なことの調節機能も低下することになります。
では、筑波研究学園都市で働いていた研究者たちの脳幹機能が低下していった理由は何なのでしょうか…。それは、脳幹への情報入力が少なかったことです。平素、研究者たちに入力されるのは、膨大な種類と数の研究的知見ですが、それは大脳に入力されるものです。他者からの知見と、自らが得た知見を大脳内で色々と突き合わせて思考を繰り返していきますので、大脳は大忙しです。自殺願望へと進展することは考えにくいはずですが、やはり問題は大脳ばかりが使われていた…ということです。
その後、筑波研究学園都市で自殺が多いことを改善するためにも、そして快適性や利便性を更に高めるためにも、一般的な市街地の景観に近づけるための増築や整備が進められました。しかし、それは思ったほどの改善には至りませんでした。そして、掲載した図(高画質PDFはこちら)の中央あたりに筑波大学の1978年と2022年の違いが判る写真を示しましたが、最終的に有効であった対策は、大きな樹木を植えたり、池や噴水などの水の流れを採り入れたり、要するに自然の景観を建物の間に採り入れたことでした。それによって、自殺者は減少することになりましたが、まだまだ完璧であるとは言えません。
脳幹に入力されるもののうち、当時も今も見逃されていることが多いのは、タイトルにも書きました「生命信号」です。生命信号とは、多数の昆虫や鳥がコミュニケーションのために発する信号のことを指して命名しました。そして、その大半は非可聴音(超高周波音)で構成されています。ヒトの耳には聞こえない周波数の音ですが、それは皮膚にて感知すると考えられています。皮膚で感知した生命信号は無意識的かつ直接的に脳幹に送られ、そこで情報処理が行われれ、自律神経系や脳の他の部位へと指令が発せられます。使わなければ廃用性退縮、使えば機能向上する組織の典型例が脳・神経系です。
非可聴音、とりわけ周波数の高い超高周波音の必要性については大橋力氏の諸々の報告を見ていただくこととして、生命信号という観点で捕捉することにします。要するに、単に周波数の問題ではなく、意味のある信号になっているものを受信することが大切だということです。生命信号はヒトの大脳では解釈することは難しいと言えます。しかし、私たちが太古に作り上げた脳幹の部分は、それを解釈して行動の指針にしています。例えば、Aという昆虫の鳴き声の超高周波成分がこのように変化し、Bという鳥の鳴き声の超高周波部分がこのように変化したときには、近くにCという猛獣が居ることを示している…、という具合です。「虫の知らせ」という言葉がありますが、それに近いイメージです。このような情報処理は、大脳ではなくて、脳幹の部分で無意識的に行われています。だからこそ、そのような生命信号を浴びる機会を無くしてしまうと、徐々にそれを担当しているニューロンやシナプスが減少していき、総じて言うならば脳幹の機能が低下していく、ということになります。
掲載した図の一つに、熱帯雨林の環境音の周波数スペクトルがありますが、50kHz以上、或いは100kHz以上に及ぶ超高周波音がたくさん含まれていることが判ります。なお、生命信号の最も重要な周波数帯域は80kHz前後であると捉えて結構です。
一方、都市の通時的な屋外の騒音のスペクトルでは、生命信号に当たる周波数帯域は殆ど存在していないことが判ります。これでは、脳幹機能が低下して当然だということになります。日本(つくば)の屋敷林の環境音のスペクトルも示しておきましたが、かなりマシではあるものの、生命信号は充分でないことが判ります。
現代人は、健康を保ったり病気を治したりするために健康診断を受けたり、ワクチンを接種したり、病院に行って薬をもらって飲んだり、健康に良いと思われるものを食べたり、悪いと思うものを避けたり…などをする人が多いでしょう。しかし、そのような対策を行ったとしても、筑波病を避けることは出来ないわけです。また、自殺に追い込まれる時期の体の健康状態は決して良いとは言えないはずですし、そのような不健康な状態を作り出した原因が、生命信号の欠乏だということです。
自殺が減少に転じた頃に彼らを多少とも救ったのは、自然の景観と、それによって作り出されるフィトンチッドのような物質、小鳥や虫の声、水の流れの音などでした。しかし、彼らの能力をもっと引き出すためには、生命信号がたっぷりと含まれた熱帯雨林の環境音を全身で浴びさせることだと考えられます。熱帯雨林にまで行かなくとも、方法は色々ありますので、機会があればご紹介します。
私たちは、現代に生きているようですが、体の中身は原始時代のままです。私たちの健康を維持したり、病気を治したりできるのは、私たちの体を作り上げてきた大自然に他ならない、ということを改めて感じ取っていただければ幸いです。