睡眠時の最も無難な体位は左側臥位

睡眠時の最も無難な体位は左側臥位

 今回は〝睡眠〟を主テーマとした記事の5本目になるわけですが、寝るときの体位について見てみたいと思います。即ち、どのような体勢(姿勢)で寝るのが最も良いのか、ということについてです。

 本題に入る前に、前提となる重要な点を確認しておきたいと思います。それは、寝るための最も良い体位を知ったとしても、そればかりを継続してはならないことです。健康な人が一晩で行う寝返りの回数は、20回から30回ほどになっています。「えぇ~!?そんなに??」と思われる方もいらっしゃることでしょうが、自分では気づいていなくとも、健康な体はそのようにして頻繁に体位を変えることによって、一か所だけが長時間にわたってうっ血状態になることを避けているわけです。ヒトは寝ていても〝動物〟だということです。
 元気な子どもであれば、ベッドから落ちたり、朝起きたら布団から出て部屋の隅に寝ていたリすることがあるでしょう。しかしこれは、「寝相が悪い」のではなく、「頻繁に体位を変えていることの証」だということになります。
 一方、寝返りを打てない場合は悲惨な結果を招くことになります。例えば、怪我などで入院して寝返りを打てない場合、精神的にも非常に苦痛でしょうし、体はそこらじゅうが痛くなってきたり、長引けば関節の可動域が狭まってしまったり、圧迫され続けていた部位に褥瘡を生じたりします。
 或いは、怪我はしていなくても、太り気味の人がずっと仰向けに寝ていて大きないびきをかいたり、時々無呼吸の状態になっていたりする姿が脳裏をよぎります。寝返りを満足に打てない例は身近なところにもありそうです。

 では、寝返りを打つことを前提として、体位を色々と変える中で最も無難な体位はどれなのか…、ということについて見ていきたいと思います。また、あってはならないことなのですが、事故や病気によって意識が喪失し、自力では体を動かせない状態になった場合、第三者が当該者を最も無難な体位にして寝かせる必要が出てくるわけですが、そのような場合にどのような体位で寝かせればよいのか…、ということについて知っておく必要があります。

 私たちの体の器官や組織が同心円状に配置されていて、前も後ろも左も右も無い円筒形の体だとすれば、どこを下にして寝ようが何ら関係無いことになります。しかし、前後左右がハッキリしていて、左右非対称に配置されている器官や組織がある限り、どちらを下に向けるかによって、多かれ少なかれ差が出てきます。健康体であればその差は小さくなるでしょうが、重症であるほど非常に大きな差になってきます。体位を間違ったせいで死なせてしまった…、ということが起こってくることになります。
 一つづつ見ていくことにしましょう。掲載した図(高画質PDFはこちら)の左上に、〝回復体位(Recovery Position;昏睡体位)〟の写真を引用しましたが、最も多くの場面で理想的だと言えるのが、左半身が下になるように寝る〝左側臥位(ひだりそくがい/さそくがい)〟です。
 先ずは図の左下に挙げた「左胸が下方になることによるメリット」を見てみることにします。図中にも書き込みましたが、心機能が正常である場合、静脈環流量が増加することによって心拍数が最も低くなる、ということです。
 これは、心臓の位置が体の中央よりも少し左側に寄っているため、左胸を下にしたほうが心臓の位置が下方になることが一つの理由です。もう一つは、全身を巡ってから心臓に返ってくる大静脈(上大動脈と下大静脈)が心臓の右の方にありますから、左胸を下にして寝ると静脈血が心臓の上から下へと流れる形になります。それらの結果、心室に血液がたっぷりと帰ってきて充填されることになりますので、〝静脈環流量が増加〟することになります。そのため、1回の拍動で多くの血液を駆出することが出来るようになりますので、その分だけ心拍数が減るように自動修正されます。試しに、左側臥位で寝ころんで脈拍を計っていただけば、その時が最も遅くなっているはずです。
 なお、注意事項もあるのですが、心筋梗塞後や狭心症、弁膜症などによって心臓のポンプ機能が充分でない場合は、一度に多量の血液を送り出し難い状況ですので、体位を逆の〝右側臥位〟にする必要があります。

 次ですが、図の真ん中あたりの下段に挙げた「左腹部が下方になることによるメリット」を見てみることにします。これは即ち、胃への入り口(噴門)や出口(幽門)が上になるため、胃の内容物が食道の方に逆流したり、早期に腸管に送られたりすることを防げる、ということになります。
 健常人の場合、逆の方向に寝転んでも(右側臥位でも)大きな弊害は生じないでしょうが、もともと逆流しやすい人であったり、何らかの毒物を飲み込んでしまったため、それを腸管へ速やかに進めたくない場合には、左側臥位にするべきだということになります。
 消化には長ければ3~4時間かかるものもありますので、夜遅く食べるべきではありませんが、つい食べてしまった場合も、先ずは左側臥位で寝ておくことが無難であると言えます。

 次ですが、左右両方の側臥位に言えることです。図の上段中央に「顔が横方向~下方向に向くことによるメリット」を挙げました。それは即ち、舌根沈下を防げること、いびきをかき難くなること、唾液が喉に溜まらないこと、嘔吐物で気道が塞がれないこと、気道や肺が圧迫され難いこと、などであり、全体として呼吸が楽になる、ということです。
 重症で意識が無くなっている場合は、仰臥位で(仰向けで;上向きで)寝かせると、舌の位置を支えている筋肉に指令が行かなくなる場合があり、そうなると舌が喉の方に落ちてしまい、喉が塞がれてしまうことになります。また、上記における他のこともあり、仰臥位で寝かせることは非常に危険ですので、必ず側臥位(特に問題の無い限りは左側臥位)で寝かせる必要があります。また、そのような緊急時には、顎(あご)を少し上げるようにして気道をしっかりと確保することが大切になります。

 次に、図中に挙げた「腕や両脇が締め付けられることによるメリット」についてですが、腋窩や腕に多く分布している神経線維が(体重によって適度に)締め付けられ、交感神経優位になって鼻詰まりが解消されることです。これは、風邪やアレルギーの場合に鼻が詰まってきたときに、大いに役立ちます。

 次が最後なのですが、特に妊婦さんにおいて重要なことになります。お腹の赤ちゃんが大きくなってくると、仰臥位で寝た場合には、お腹の中央部分を走行している大静脈が圧迫されて押しつぶされ気味になります。因みに、大動脈もその左側を走行しているのですが、血管壁が分厚くて血圧も大きく掛かっていますから、静脈よりは押しつぶされ難くなっています。
 これを防ぐためには、静脈が走行している側である右側に、赤ちゃんの重みが掛からないようにする必要があります。そのためには、お母さんは左側臥位で寝ることが最も有効になってきます。もちろん、ずっとその姿勢を続けることは寝返りを打たないことになりますから、真上を向いた完璧な仰臥位だけは避けることにして、時々右側臥位に変更することや、仰臥位であっても腰の右側にクッションを挟んで腰の部分を左に傾けることで、大静脈の圧迫を緩めることが可能になります。
 因みに、妊婦さんの場合の左側臥位は〝シムズ体位〟と呼ばれることがあります。基本的には〝回復体位〟と同様なのですが、右上の図に示されていますように、左腕を体の後方にまで移動させて、全身がやや下向きになる姿勢をとる場合もあります。

 記事が少々長くなってしまいましたが、私たちの器官や組織には前後左右が非対称な部分が沢山ありますので、寝る体位によって多かれ少なかれメリットやデメリットが生じます。その中で、大抵の場合に最も無難だと言えるのが左側臥位です。健常人の場合であっても、少し意識してみると良いと思われます。

 
執筆者
清水隆文

( stnv基礎医学研究室,当サイトの keymaster )
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