今日は、食物繊維としての〝リグニン〟へと話を進めていくことにします。なお、リグニンの生物学的かつ基礎的な話は、先にupしました『「フルボ酸」って何? ~その1:原材料になるリグニンの誕生~』に記していますので、必要に応じてご覧ください。
掲載した図(高画質PDFはこちら)の左上に〝食物繊維〟の、ごく簡単な分類と、リグニンの位置づけを示しておきました。リグニンは水に不溶な植物性の食物繊維で、これに属する主な物質は(栄養学的には)セルロース、ヘミセルロース、リグニンの3種類です。
植物体におけるリグニンの含有比率は、大木になる木の木質部分では非常に高くて、概して言えば20~35%程度になります。一方、木にならない草本植物ではリグニンの含有比率は比較的低く、15~25%程度だとされています。更に、ヒトが食べる野菜になると、その含有率は極端に低くなり、およそ8%以下となります。それは勿論、リグニンの比率が高いと硬くて食べ難くなりますから、自ずとそうなったのだと考えられます。因みに、パンダは硬い竹をも食べますし、鹿は樹皮だけでなく小枝も食べますから、彼らのリグニン摂取量は相当多いと言えます。
セルロースやヘミセルロースは、掲載した図の左側に一般的な化学構造式が書かれていますように、構成単位が〝糖〟になっているところがリグニンとの大きな違いです。構成単位が糖であると、腸内細菌がそれを利用するために、セルロースやヘミセルロースを分解しに行きます。例えば、ルミノコッカス属の細菌は草食動物の腸管内に沢山いるのですが、ヒトでも食物繊維が豊富な食餌を摂る習慣のある場合には多く生息していて、健全な腸環境を作ることに貢献してくれています。
しかし、リグニンをまともに分解できる腸内細菌は、今のところ、たとえ居たとしても、かなり少数派の細菌になります。土の中には何種類かが居るようなのですが、ただ、リグニンを完璧に分解して二酸化炭素と水にまで分解できる細菌は居ないようです。部分的に分解できる、というのが関の山だとされています。一方、完璧と言えるまでにリグニンを分解できるのが、白色腐朽菌です。ただ、先にupした記事に書きましたように、すぐ隣にセルロースやヘミセルロースがあるため、それを分解すれば目的である糖を得ることができますから、白色腐朽菌といえども、リグニンを二酸化炭素と水になるまで分解することは少ないと考えられます。結局、ヒトがリグニンを口から放り込んだ場合、腸管内には白色腐朽菌が居ませんから(胃や腸の中にキノコは生えていませんから)、それは分解されずに排泄されてしまうことになるわけです。
人間は(多くの人間は)欲深いものです。自分が使えない物質は「消化が悪い」などと言って食べません。何を食べるかと言えば「わぁ、おいしそう!!」と思えるものを食べるのです。どこやらの農家さんが「この野菜は形が悪いから訳アリで売るのですが、食べれば美味しいですよ!!」と言って売ってらっしゃいます。本当は、野菜は美味しいから食べるのではなくて、食べなければ健常性を保てないから食べるわけですが、多くの現代人は「美味しくなければ食べない」ことを農家さんは知っているわけです。例えば、「うちの野菜は、○○という成分の含有量が高いですから、ぜひ食べてください」などと宣伝しても、多くの現代人は「なにそれ…」と言って、見向きもしないでしょう。教育が悪いのです。
消化が悪い…、と言えるもののNo.1がリグニンです。これ以上消化の悪いものはありません。言い方を変えるならば、「消化管内で壊れることなく、持ち前の機能を発揮し続けてくれる」ということです。食べ物というのは、栄養素を得るためだけのものではないことを、小学校の家庭科の授業でしっかりと教えなければなりません。この記事のタイトルを「消化しないもの(リグニン)を通すことも大切」というのにした理由は、子どもたちにしっかりと伝われば良いのに…と思っているからです。
図の中央付近に、リグニンと胆汁酸やコレステロールとの関係を示した図を引用させていただきました。この図が示したい内容の概略は次のようです。即ち、リグニンは腸管内で胆汁酸を吸着して排泄させます。すると、胆汁酸の濃度が低下したことを検知した肝臓は、再びコレステロールを元にして胆汁酸を作ります。その結果、体内におけるコレステロールの消費が進み、血中コレステロール値が低下する、ということです。
或いは、2024年の報告では、左下の図に示されている生理的効果および機序が発見されました。それは、潰瘍性大腸炎が、リグニンの摂取によって改善に向かうというものです。具体的には次のようです。大腸粘膜の細胞が次々と死んでいく原因の一つが〝フェロトーシス(ferroptosis)〟なのですが、この名称は、鉄依存性の細胞死(アポトーシス)であることから付けられました。この場合、抗酸化機能を担っているグルタチオンの抗酸化作用が働かず、多量の活性酸素種によって鉄依存的に過酸化リン脂質が蓄積していき、それによって、やがて細胞死が引き起こされる、という流れになります。また、多量に生じている活性酸素種によって炎症が継続し、悪循環が継続することによって、大腸炎がどんどんと進行していくことになります。
そして、そのような状態のところにリグニンを与えると、鉄の過剰が解消されると共に、グルタチオンの機能が回復し、フェロトーシスが抑制されるということです。また、活性酸素種の発生が抑えられて、炎症も抑制されます。それらの結果、潰瘍性大腸炎が解消に向かう、ということになります。言い換えれば、リグニンを多く含む食事をしている人は、日常的に潰瘍性大腸炎が防がれていることになります。
リグニンをしっかりと補給するためには、どのようなものを食べれば良いのかについて見ていきましょう。図の右の方に2種類の表を引用させていただきました。先ずは、皆さんが普通に食べることのある食材として、お勧めNo.1は〝ゴボウ〟です。ゴボウは明らかに硬いですから、リグニンが多く含まれていることに頷けると思われます。切ってすぐであっても、約7%の含有率を誇っています。もちろん、鹿が食べる木の枝でしたらリグニン含有率は20~30%ほどになるでしょうから比べ物になりませんが、人間様が食べるものとしては充分量であると言えます。
お勧めNo.2は、ニンジンやダイコンなのですが、一般的にリグニンは、ある種の刺激によって合成が進むことが分かっていまして、その刺激とは、切断したり干したりすることです。ニンジンであれば、切断してから2~3日放置すると、リグニンの含有率が高まっていきます。或いは、ダイコンであれば、切り干し大根にすることで、リグニンの含有率が高まっていきます。
上述のゴボウも、切断して放置すると、リグニン含有率が少し高まります。従いまして、料理としましては図中に写真を載せましたように、キンピラゴボウが最もお勧めだということになります。
お勧めNo.3は、おからです。リグニン含有率を示した表は図中の右上にあるのですが、これは大豆製品の主なものを調べた結果になっています。また、併せてセルロースやヘミセルロースの含有率も示されていますので、不溶性食物繊維のおおよその比率が参考になります。
おからは、豆腐を作った残渣になるわけですが、難消化性ペプチドも多く含まれていて、大腸内に届いてから初めて分解されてアルギニンなどのアミノ酸を生じ、腸内細菌がプトレッシンを作ってくれて、それが抗老化に繋がることを『アルギニンは大腸内のポリアミンの原料である』にて紹介しました。
要するに、おからはリグニンなどの難消化性食物繊維だけでなく難消化性ペプチドも含む、大変優れた食材だと言えます。消化に良いものや美味しいものを求めると病気になりますが、機能性を最重視して選べば健康になるということです。
その他、多量に食べるべきものではないのですが、リグニン含有率の高いものを幾つか紹介しておきますと、カカオマスが原料になっているもの(ココア、チョコレートなど)、ピーナッツ、植物を粉砕した粉(粉茶、抹茶、クマザサの粉など)を挙げることができます。他に強いてあげるならば、木を微粉砕してご飯にかけて食べる方法もあるでしょうが、少し工夫が必要かも知れません。